愛生さんは超強い。愛し見守るのがファンでしょう。
──宇宙次元テレビ、通称宇次テレビ・出演者控え室。
「スピラノンノさん、無事にスタジオ入られました!
撮影が終わるまでこちらでお待ちください」
「ありがとうございま〜す! 2番さん、VIP待遇ですね!
さすがは宇宙一の人気ストリーマーです!」
感じのいい番組制作スタッフに通された個室の控え室は、まるでホテルのスイートルームのような豪華さだった。
愛生がリモコンを操作してモニターの電源を入れると、番組収録中のスタジオの様子が映し出される。
唯は天性のアイドル気質があるのか、非常に弁が立つ大物司会者相手にも引けを取らずに立ち回っていた。
それはあくまでスピラノンノとしての事なのだが。
本来は人見知りな女の子が自分を偽る仮面をつけて健気に頑張っているのだと考えると心から応援したい気持ちになる。
「うわっ! この紅茶美味しいですよ!!
お茶菓子も最高です! いやぁ! 役得ですねー!」
それに比べて愛生はデリカシーがない。
いかにも高級そうな外国産の紅茶をカップでグビグビと飲み干し、遠慮もなしに和菓子や洋菓子をムシャムシャ食べている。
「前から気になっていたんだが、愛生はどうしてオレと唯にこだわるんだ?」
「はひ? そへふぁへふね、ああ、美味」
こちらが質問しているのにさらに茶菓子にパクリと喰らいつく。
幸福そうな顔で十分すぎるほど咀嚼し、紅茶で流し込んでいる。
「ふぅ。それはですね、例えば可愛い子猫が目の前でじゃれていたら、眼福ですし、幸せな気持ちになりませんか?」
つまりはオレと唯を子猫のように捉えているのだろうか。
「よくわからないが、愛生はそれで幸せなのか?」
そう聞くと愛生はスッと真剣な表情を浮かべた。
「はい。私は愛する者が幸せなら、それだけで生きていけます」
普段がおちゃらけている分、真面目に語る愛生の言葉には説得力があった。だったらいいか、などと考えもなしに受け止めてしまいそうになる。
「失礼します」
声と共にコンコンとノックが二回。
唯はまだ撮影中だし、スタッフが何か伝え忘れたことでもあるのかと思い、扉を開ける。
そこには首から社員証をぶら下げた男性が一人立っていた。
「はい?」
「アナタ、月丘レオさんですよね……」
陰湿な声で言い、ジッとオレの顔を見据えている。
目が血走っていて、鬼気迫るものを感じる。
「そうですけど、何か」
「……死ね」
男は懐から刃物を取り出し、なんの躊躇いもなしにオレの腹部に突き刺した。痛みはない、ダメージもない。オレは不死身の化け物だから。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死んじまえよ……クソったれ……」
男から怨念にも憎悪にも似た感情が汲み取れる。
オレの腹から刃物を引き抜き、床に押し倒し、何度も何度も突き立てる。完全に目が据わっている。男は機械のように同じ行動を繰り返す。
「……落ち着け、何すんだよ。──愛生」
オレの合図で愛生が身を翻し、男の頭部を蹴り飛ばす。
男の身体はボールのように飛んでいき、控え室外の壁にめり込んだ。
「この男……ネタではなかったのですね。なんと愚かな」
「何か知っているのか」
「はい。スピラノンノを応援するスレの古参民です。
ライブや握手会の様子を実況したり、写真をあげていました。
2番さんの殺害予告をしていたのですが、まさか実行するとは」
床に崩れ落ちた男を見下ろしながら愛生が呟く。
オレに対する個人的な恨みによる犯行らしい。
この狂気が唯に向かわなくて良かったと内心安堵する。
「うっ……ばああアアああ! 何でだよ、どうじてなんだ、どうじで俺じゃないんだよっ、こんなにもおるは愛してるのにぃぃ」
男は立ち上がり突然泣き出した。
鼻水と血液が混じった体液を撒き散らし、床に落ちた刃物めがけて一心不乱に駆けていく。
「総宇回帰」
愛生が右の拳を握り呪文を紡ぐと世界から刃物が消滅した。
「あ゛っあ゛あ、あ……」
刃物が目の前で消え去るのを見た男は取り乱し、髪を掻きむしり、懐から携帯端末を取り出す。
「もうやめろよ。オレを刺したことは許してやるから。
少しばかり虫の居所が悪かったんだよな? 気にすんなよ」
本来なら殺傷事件になってもおかしくはないのだが、オレからしてみれば虫に刺された程度のことだし、並の人間相手に目くじら立てるほど狭量でもない。
唯のことを本気で思っていたとして、それがある日突然、得体の知れない男が現れて親しくしているのを目撃してしまったら、嫉妬してしまう気持ちも男としてわかる。
こんな事で人生を台無しにする必要もない。
オレが許すことで全てが良しとなるなら、そうしよう。
オレも過去から学んだ。無駄に争う必要はない。
「お前は何もわかっていない。彼女はゼなんだよ。
それを俺から奪ったお前はアだ。許すわけがない。
この建物の至る所に爆薬を仕掛けた。俺はサになる」
何を言っているかはわからないが、男が手にした端末を操作しだした。起爆装置か何かだろう。
「愛生、頼めるか」
「はいな! ──大地愛生闢摠因子!」
愛生が能力を発動する。
フォン。表現するならそんな音。
世界を愛が駆け抜ける。
愛生の能力はエニグマ中位層によく見られる属性支配の土。
それともう一つ、大きな力がある。
先代の2番によって引き出された能力、愛の統治である。
世界を循環する未知的エネルギーの愛を操り、物事の本質を変えてしまう。今頃は爆薬もただの土塊にでもなっているだろう。
これで全てが終わった。
「何故だぁ……何故爆発しないィぃぃィ?」
「アナタ、スピラノンノがほんとに好きなんですか?」
泣きじゃくる男に愛生が話しかけている。
「言うまでもないだろ、俺はゼのためにこうして……。
お前も同志なんだろ? アを許すな、アを抹消せよ」
男はまだワケのわからない事を言っている。
愛生は腰に手を当てて小さく嘆息し、少しだけ間を開けてからビシッと男を指差した。
「違いますね。アナタが好きなのは自分だけ。
本当にスピラノンノを想っているなら、彼女の幸せを願うはずです。少しでも気に食わないこと、思い通りにならない事があると自棄になったり手のひらを返すのはファンとは言えませんよ?
どんな事があっても、愛し見守るのがファンでしょう?」
「違う、俺は彼女のために、彼女の幸せのために……」
「だ・か・ら! 違いますってば!
月丘レオを排除して嬉しいのはアナタだけです。
彼が死んだら、スピラノンノが悲しむとは思いませんか?」
「……俺は間違っていたのか?
ならば俺はゼのためにアを応援すれば、彼女が喜ぶ?」
「はい! アとゼが一緒にいるときの笑顔はどうでした?」
「……今までのどの瞬間よりも、輝いていた。
あの笑顔は脳内フォルダに強く焼き付いている。
もっと見ていたい。あの時の笑顔が忘れられない……」
「ふふ! これでアナタもようやく真の同志となりましたね!
ならばアとゼのイチャイチャを全力で楽しみましょう!」
「あぁ……あぁ……ありがとう。本当に、ありがとう」
愛生とスピラノンノ信者はガッシリと固い握手を交わしている。恐らくは心が通じたのだろう。
何を話していたかは全く理解できなかったが、一人の男性が道を踏み外すことがなくて本当に良かったと思う。
「レオさん、すまなかった。心から謝ります。
俺の分まで幸せになってください、応援しています。
これからも永遠にイチャつき、末永く爆発してください」
男は急に態度を変え、オレを励まし、握手まで求めてきた。
その後も何度も頭を下げてから男は帰っていった。
「これで良かったの……か?」
「はい! 今まで通り唯さんを愛でてあげてください!
これで皆んなが幸せになりますから! ……でゅふふ」
とりあえず事件は解決した、と思う。
最後まで読んでいただきありがとうございました。