満員電車で抱き合うなバカップル。いいぞ!もっとやれ。
──10番街、惑星列車、車内。
唯専属のプロデューサーとなっての初仕事、テレビ局での番組撮影と打ち合わせに向かうため満員電車に揺られている。
唯をバイクに乗せていけば電車に乗る必要などはなかった。
高性能な最新型なので目的地まで10分もあれば辿り着ける。
では何故電車に乗っているかというと、原因は全て愛生にある。
オレがプロデューサーになったと聞くや否や、彼女は頼まれてもいないのに唯のマネージャーになると自ら志願したのだ。
当然現場にも同行すると息巻いていたので、二人乗りしかできないバイク移動は諦めて庶民の足である電車移動に切り替えた。
通勤ラッシュと重なり、車内は超満員。
なんとか唯を壁際まで押し込み、周囲の人間と接触しないように完全ガードする。
愛生は人の波に飲まれて一瞬で行方不明になった。
「腕、きつくない?」
心配してくれたのか唯に話しかけられる。
正直に言うとキツい。
唯が人と接触しないように両腕を伸ばして、壁ドンのような状態で守っているが、四方から常に圧力がかかるため腕が痺れてきている。
「無理しなくていいよ。私的にはレオが辛そうにしているのを見る方が嫌だから。顔、近いね?」
確かに互いの息がかかるほどの距離まで接近している。
唯の顔を至近距離で見て思う。やはり可愛らしい。
宇宙一の人気配信者なのも納得できる美貌だ。
スピラノンノになっている唯も綺麗なのだが、個人的には素の状態でいる時の方が無理をしていないし人間らしく、より一層愛らしいと思える。
「むにぃ……」
しばらく二人で見つめ合っていると、唯が自身の両頬を手で引っ張り変顔を披露した。
「唯、なんだその顔……ぷっ、ははっ!」
気まずさからか、照れ隠しなのかはわからないが、突然の不意打ちに気が緩み声を出して笑ってしまう。
その一瞬の隙に唯はオレの身体を引き寄せた。
むにんと柔らかい感触に包まれる。
人目を憚らず電車内で抱き合う形になっている。
引き離そうとしても唯はオレの腰に手を回してシッカリとホールドしていた。
「唯?」
「これなら疲れないでしょう?」
「疲れないけど、色々当たっている。唯のは特に大きいから」
「……えっち」
「唯が引っ張ったからだろ! オレはちゃんと当たらないように計算してガードしてたんだけどな?」
「もう遅いよ。隙間、埋まっちゃったし、レオはイヤ?」
「イヤじゃないけど恥ずかしい。あと三駅はあるのに」
「レオ、背、高いね」
「唯が小さいんだよ。腕の中にピッタリおさまるし」
唯に力強く抱きしめられる。
とは言っても少女のか弱い力なので、たたがしれているが。
「チッ……電車内で抱き合うなよバカップル」
声を抑えて話していたつもりだったが、聞こえていたのだろう、周囲から舌打ちが飛んでくる。
それだけではない、夥しい数の殺意の視線を向けられている。
「バーロー! 怯むな! いいぞ! もっとやれ!」
今のは愛生の声だ。
もっとやれと言われてやるはずがない。
アイツは一体何を考えているのだろうか。
「唯、キツくないか」
「平気。レオの心臓の音が聞こえて落ち着くから」
「心臓な。少し前まではなかったんだけどな」
「…………?」
「色々あったんだよ。今度じっくり教えるから」
「私も色々あったよ。私の過去も知りたい?」
「そうだな。気になるかも知れない」
会話を始めてすぐにまた舌打ちが飛んでくる。
これはもう会話はせずに大人しくしていた方がいいだろう。
「己等ぁぁ! 私の至福を奪う気かぁ! オラァッ!」
「なっ、なんだこの女……グヘアッ!」
どこかで愛生が暴れているらしいな。
触らぬ神に祟りなし。関わらないでおこう。
その後、唯と抱き合ったままの状態で周囲からの殺意の視線をやりすごし、無事に目的の駅まで辿り着くことができた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。