月面の激戦。唯の実力・希望の残滓《スピラノンノ》。傷男とてるてる坊主。
暗黒の運河を抜けて月面にたどり着いた時、戦闘はすでに始まっていた。
空中で点と線が衝突し、交差し、炸裂する。
視認できないほどの凄まじい速度で動く物体同士がぶつかり、弾け、また再衝突する光景が無限に続いていく。
力と力の衝突により波紋が生まれ、宇宙が歪む。
今戦っている零の器候補達は相当な実力者なのであろう。
声をかけるべきか、戦闘に介入するべきか思案する。
「これでどうなるかな。終の螺旋【唯我】──」
とりあえず攻撃してみることにした。
二つの影が衝突する瞬間の隙間を狙い、終の螺旋を撃ち込む。
光の螺旋が宇宙を駆ける。
最初から命中するなどとは思っていない。
予想通りというか、当然というべきか、二つの影は終の螺旋を軽々と回避し、閃光のような速度でグングンとコチラに近づいてくる。
「お前、なんの真似だ。ぶち殺すぞ」
「我等の戦いを邪魔するとは万死に値する」
二つの影が目の前にゆっくりと着地し、ようやく姿を視認することができた。
一人は全身傷だらけの大男。安直だが傷男と名付ける。
もう一人は人型だが顔がないのっぺらぼうのような感じで、全身をマントで隠している不気味な生命体。こちらはてるてる坊主と呼ぶ事にする。
「オレは月丘レオという。零の器候補らしい。
傷男とてるてる坊主はどうして戦っていたんだ?」
オレが聞くと傷男は腹を抱えて笑い出した。
「グフ、ふひは! てるてる、坊主……?
確かにコイツは……ブフゥ! ブワハハハハハ!」
どうやらオレのネーミングセンスを気に入ってくれたらしい。
「不愉快だ。実に不愉快だ。我はてるてる坊主ではない」
てるてる坊主は気に入ってないらしい。
マントをヒラヒラ揺らして憤慨している様子だ。
「おい坊主! オレはお前が気に入ったぞ!
月面都市を手に入れようとしたが、今日はヤメダ。
こう気分がよくては仕事する気にならん」
傷男は笑顔を浮かべて歩み寄り、オレの頭部をワシャワシャと撫でる。力が異常に強く、熊にでも襲われたかのような衝撃だ。
手を離されてもしばらくは視界がグワングワンと揺れる。
「仕事って何だよ」
「オレはこう見えて大悪党だ。
太陽に作られた極悪人専用の銀河系監獄刑務所を力で支配した。お前と奇天烈な女の家に囚人を送りつけたのもオレだ、許せ。
だがお陰であの女といい仲になれただろう? ブハハハハ!」
傷男は豪快に笑う。
恐らくは唯が配信中にやってきた不法侵入者のことを言っているのだろう。
「別に気にしてないよ。弱かったし」
「おおそうか! だろうな! ブハハハハハ!
それで仕事な、月光院輝夜は知っているな? 器候補だ。
あの女は月に要塞都市を作った。宇宙的に価値がある施設だ。
それをオレ様が奪いに来たって寸法よ!
そこのてるてる坊主に邪魔されたがな! ブワハハハハハ!」
傷男がさらに豪快に笑う。
てるてる坊主は我慢の限界なのかピクピクと震えている。
「そんじゃまオレは帰るぜ。またな、坊主とてるてる坊主!」
傷男はまたしてもオレの頭をガシガシと撫でて、豪快に笑い、手を振り笑顔を見せて飛び去っていった。
「じゃあてるてる坊主は犯罪を止めようとしたんだな?
いい奴なんだな」
「てるてる坊主と呼ぶのではない!」
てるてる坊主は顔を真っ赤にして怒り出した。
その場で宙返りしマントの中から極太のビームを発射する。
ビームはオレの身体をすり抜ける。
エニグマの特性で並の熱光線はダメージにすらならない。
「何すんだよ! 突然ビームを撃つなんて失礼だろ!」
「我をてるてる坊主と呼ぶほうが無礼千万であろうが!」
「……レオ」
不意に背後から声が聞こえた。
振り返ると唯と愛生が立っていた。
「唯、来ちゃダメだろ。愛生!」
約束を守らなかった愛生を叱りつけると、舌を出しながら唯の背後に隠れてしまう。
「申し訳ありません。唯さんがどうしても2番さんと一緒にいたいと聞かなくて……。いいじゃないですか、愛ですよ愛!」
唯を盾にしながら言われたら、これ以上は怒れない。
「わかった、もういいよ。一緒にいよう。
ちなみにこの人、何に見える?」
てるてる坊主を指差して唯と愛生に聞いてみる。
もし二人が別のものに見えているなら素直に非を認めて謝ろうと思う。
「てるてる坊主」
「てるてる坊主ですね」
二人は声を合わせて言う。
やはり誰がみても、てるてる坊主はてるてる坊主なのだ。
「グオォォ! ゆ、許さん! 死ぬがよい……」
てるてる坊主の背後に鏡のような6基の飛翔体が出現する。
どうやら本気で怒ったようだ。やるしかない。
「──雷撃弾」
雷撃弾を飛ばすと同時に大地を蹴って攻撃を仕掛ける。
「──防御鏡壁」
てるてる坊主の呪文によって飛翔体が一斉に動き出す。
雷撃も拳も、てるてる坊主の周囲を回る飛翔体に全て防がれ遮断される。
「これならどうだよ! 終の螺旋【唯我】──!」
終の螺旋ならば飛翔体を存在ごと消滅させることができる。
「──鏡面湾曲」
呪文によって飛翔体は一点に集結し、鏡から放たれた光が空間を捻じ曲げ、終の螺旋は当たる直前で強引に軌道を変えられ、あらぬ方向へと飛んでいく。
「……厄介な能力だな。やはり器候補は強いんだな」
「レオ、私がいるよ。一緒に戦おう?」
「唯、戦えるのか?」
「私の能力も結構強いから。レオと二人なら勝てます」
唯はオレの目を見つめながら言い、手を強く握る。
「ああ、素晴らしい。推しがイチャイチャしてるのは最高ですぜ、でゅふふ……」
不気味に笑っている愛生は無視し、てるてる坊主を見据える。
見た目はふざけているが相当な実力者だ。
攻撃は全て防がれてしまうが唯を信じて戦うしかない。
「終の螺旋【唯我】──!!」
「──鏡面湾曲」
てるてる坊主の空間湾曲能力。威力や特性を無視して直接攻撃を捻じ曲げて空間の果てに飛ばしてしまう。だが空間を曲げたとしても繰り出した攻撃自体が消えるわけではない。
「唯!」
「──希望の残滓──」
唯が能力を発動する。
瞬間、世界が光に包まれる。柔らかく、暖かく、優しい光。
唯自身も光に包まれ、別人のような姿へと変貌する。
純白と桜の輝き、宙舞う無数の鎖、千の軌跡を描く光芒。
まるで光の天使か女神様。思わず見惚れてしまう。
「掌握、連動、操神覇月!」
オレが放った終の螺旋を捕まえ、意のままに操る。
捻じ曲げられた輝線を正しい位置に戻し、再度、攻撃させる。
「小癪な……──鏡面湾曲!」
てるてる坊主は唯が操る終の螺旋をまたしても湾曲させる。
だが無駄なこと。唯は何度でもやり直す。
「掌握、連動、操神覇月!」
「──鏡面! ──しまっ……」
「──終の螺旋【唯我】!」
唯が操る終の螺旋を対処しようとしていた、てるてる坊主に向けて真横から二発目の終の螺旋をぶち当てる。
だが消し去ることはしない。威力を抑え、撃破するだけ。
飛翔体は消え去り、てるてる坊主が大地に倒れる。
「──負けたな。何故、我を殺さない」
「いや、今回のケンカの原因はオレだから。
てるてる坊主って言ってごめん。テルって呼ぶよ」
「ふっ、面白い男だな。ここで殺しておけばよいものを」
「あんた、まだ本気出していないだろ?
それに2体1だったし、完全に勝ちとは言えないよ。
今度はサシで勝てるように頑張るよ。またな」
零の器候補は全員が全員悪人というわけでもなさそうだ。
それがわかっただけでも今回は収穫としよう。
テルが次の言葉を紡ぐより早く、オレ達は月面から立ち去った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。