唯ちゃんは少しズレている。初恋で甘々な毎日。
「ただいま〜」
無事に神様業を休むと報告し、マンションへと帰宅する。
唯はやはり丁寧に挨拶をして、スリッパを出してくれた。
「──着替えるけど?」
廊下からリビングへ通じる扉を開いて中に入ると、荷物を置いた唯がオレの目をジッと見つめながら言う。
「ああ、どうぞ?」
「ふぅ。色々あって疲れたね……」
唯はオレに背を向けて躊躇いもなしに服を脱いだ。上も下も全て。
「ちょっと! あの────」
「なんばしょっとー!!??」
注意するよりも前に弾丸のような速度で何かが飛んでくる。
声を張り上げ、身を屈めて高速で突進してきたのは愛生だった。
「──ぐハっ!?」
愛生はオレの腹部に強烈なタックルをかまして、床にぶち倒し、すぐに唯のもとまで駆けていく。
「ゆゆ、唯さん! 男性の前で露出してはいけません!
というか下着は? 何故にスポンスポンなのですか!」
スポンスポンとは何だろうか。
恐らくはすっぽんぽんのことだろう、もしくは愛生語か。
「あー……。一人に慣れていたから忘れてたー。
でも一応、着替えるって言ったけど……。
下着は窮屈だからしない主義」
「ダメです! せっかく大きくて形の良いお胸が垂れてしまいますよ! 明日一緒に下着を買いに行きましょう! いいですね?」
床に倒れて天井を眺めながら二人の会話を聞く。
この空間に男のオレがいるのは間違っていると思う。
部屋を分けるか別室を個別に借りた方が良さそうだ。
痛い目にはあったが、とりあえず唯が愛生と普通に会話できているのが何よりも嬉しい。人見知り克服の第一歩になるだろう。
「──ヒエェエェェェ!?」
着替えをしてソファでくつろいでいると、またしても愛生の叫び声が聞こえた。
元気なのか感情表現が豊かなのか知らないがとにかくウルサイ。
声が聞こえたキッチンの方へ向かうと、愛生は巨大な冷蔵庫の前で驚愕の表情をしながら尻餅をついていた。
「今度は何だよ、騒がしいな」
「あれ、見てください、あれ」
愛生は冷蔵庫の中を指差しながら言う。
見ると上から下までアイスとお菓子がビッシリ詰まっていた。
確かに普通の家庭ではあまり見ないような光景だ。
「どうしたの?」
騒ぎを聞きつけて唯もやってくる。
「あの、ここはお菓子の家か何か?」
「私の主食はお菓子ですけど。年間通して毎食お菓子」
「──ヒエェエェェェ!?」
自分で聞いておいてまた愛生が絶叫する。
本当にウルサイ。
「どうしてそんな滅茶苦茶な食生活でそんなに可愛いのですか!
お胸も大きいし不公平です! 明日からは私が健康的な食事を作りますからね! 食材を買いに行かないと……」
人を避けて自由気ままに生活をしていたためか、唯は少しばかり一般的な考え方からズレているようだ。
別に規則正しい生活を送る事が義務ではないが、健康面のことも考えると、やはり基本に忠実に行動した方が無難だろう。
とりあえずは冷蔵庫に満載のお菓子を処理しなければならないので、しばらくは甘々な日々が続きそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「さぁ! やって参りました! 質問タイムのお時間です!」
愛生が進行をして謎のゲームコーナーが始まった。
椅子に腰掛けて互いに質問をし合うだけでいいらしい。
確かにこれから三人で共同生活を送るわけだし、親睦会は必要かもしれない。
「まず私から質問! スピラノンノってどういう意味ですか?」
愛生がマイクのつもりだろうスプーンの先を唯に向ける。
ウーチューバーとして使用しているハンドルネームが気になったようだ。
「私を地球から連れ出した人の名前。
スピリチュアル・ラバー・ノンメサイア・ノンワールド。
忘れないように名前にした」
唯は淡々と語る。
オレで言うところのアレスティラのような存在だろう。
確かに世界を変えてくれたという意味では特別で大切な人だ。
「なるほど! ではまた質問!
身長、体重、年齢、趣味、何もかも全て私に教えてください!」
「いや、どんだけ唯のファンなんだよ……。唯、大丈夫か?」
愛生のハイテンションについていけないのか、唯は嘆息し、テーブルの下で手を握ってくる。
何とかして欲しいと言う合図かも知れない。
「……身長は148cm。お菓子が好き。
趣味はカードとゲームとアニメとコスプレ……」
年齢と体重をさらっと飛ばしたのは乙女心だろう。
「どぅひゅふふふ……ええでんなぁ……おぜうさん。
可愛いすぎて発狂しそうですがな。初恋はいつですかなぁ?」
愛生が唯にセクハラをしている。
そろそろ本気で止めるべきだろう。
「さっき……」
「はい?」
「初恋はさっきしたばかり」
「それって……」
「はい、終わり。唯への質問は締め切りだ」
愛生が暴走気味だったので、ゲームコーナーは強制終了させた。
すると愛生は立ち上がり、手をパチンと合わせる。
「あ! 忘れてました! 私、神の居城でのお仕事もあるので、平日の昼夕は不在です! 後は若いお二人でごゆっくり!!
……2番さん、くれぐれも紳士的に頼みますよ。
私を含め、唯さんには宇宙中に信者がいますので……」
オレに耳打ちをしてから愛生は仕事に戻っていった。
愛生がいなくなると部屋は一転して静かになる。
ウルサイと思っていたが、いてくれないとやはり寂しい。
「……質問」
「ん?」
椅子に座ってしばらく沈黙していると、唯から声を掛けてくる。
「質問してもいいですか?」
「ああ、さっきの続き? 聞きたいことがあるなら答えるよ」
唯はさっきからずっと手を握ってくれている。
遠慮しているのかと思い、手を握り返すと小さく声を漏らした。
「……ん。あの……美唯子って人は、……恋人?」
意外な質問だった。
アリシアとの会話を聞いていて疑問に思ったのだろうか。
「形式的にはそうかな。でもさっき話した通り、催眠か何かの類で操られていたとしたら、それは愛と言えるのかな?」
「呪縛が消えて、今の素直な気持ちはどうですか?」
「卑怯な言い方かも知れないけど、複雑だな。
彼女はオレだけを見ていてくれた、優しかった。
本当に愛してくれているのだと思っていた。
でも今はただ利用されただけかも知れないと考えている。
オレは好きになるなら相思相愛でいたいから」
自分の気持ちを口にするのは恥ずかしい。
けれども唯は真剣に聞いてくれたみたいだし、オレも真剣に本音で答えた。今の言葉に嘘はない。
美唯子がオレを利用していたとしても、何か事情があったなら、また向き合いたいとも思っている。
「そっかー。困ったな……。セツナクテ、クルシイ」
「苦しい? 医者を呼ぼうか」
「ヘーキですよ。──さっきの配信、楽しかった?」
「生配信のこと? なんか新鮮だったよな。あんな世界があるなんて知らなかったよ」
「もしかしたら、その……。恋人……って思われたかも?」
確かにそのようなコメントがあった気がする。
だとしたら人気配信者の唯を困らせてしまった。
アイドルでいう恋愛スキャンダルのようなものだ。
そのような場合はどう対処するべきなのだろう。
愛生が戻ったら、アドバイスを聞いた方がいいかも知れない。
「ごめんな……。償いはするよ。もうカメラ前には立たないし」
「ううん、いい。むしろ出て欲しい。……二人で」
「え?」
「新しい試みでカップル配信とか匂わせ配信とか、したい……かも」
宇宙一人気のある配信者とそんなことをしたら、信者達に消されてしまうのではないだろうか。
「レオとイチャイチャで甘々な毎日。うん、やってみよう……」
唯は嬉しそうな表情を作り、小さく呟いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。