真実が逃げていく。負けられない。
──10番街、神の居城、星の中枢。
「と、いうわけでオレは神をやめる」
オレ達が現れるのを待ち構えていた10番に要件だけを述べる。
「何が、と、いうわけなのかな?」
10番は怒りをあらわにするでもなく、訝しむでもなく、冷静な口調で人として当然の反応を示した。
別に揶揄ったわけではない。
彼ならばわかっている。そう考えたからこそ主語のない台詞を選んだ。
「10番は完全同調が使えるから話さなくても伝わると思ったけどな」
完全同調。世界の一部となり支配する能力。
その気になれば10番街住民全員の思考まで読み取れるだろう。
だからこそ言葉は不用だと考えた。
「確かに理屈は合っているけど、さすがに断りもなしに仲間の心を覗いたりしないよ? キミの口から、ちゃんと聞きたいな」
「わかった。オレの心を救ってくれた唯を守りたいし、本物の美唯子と直接会って話したいし、零の器候補とかいうふざけた連中も黙らせたい。そのためには神様をしている暇がないんだよ」
オレの意見を可能な限り手短に伝える。
神として仲間に逐一指示を出していたら小回りが効かない。
どうしても単独で動く必要があった。
唯を守り、敵の正体を探り、なおかつ自分についても理解しなければならない。
命の取り合いをするとなれば、リスクの高い群ではなく個の方が色々とやりやすいのは間違いのない事実なのだから。
「なるほどね。でもね、はいそうですか、とは言えないよ。
キミを神に選んだ責任もあるし、住民を裏切ることになる。
……そうだな、確かにキミは振り回されて戦ってばかりだったし、特別休暇、というのはどうだろうか?
二ヶ月後に例の武闘大会を開催できそうだから、それまではキミの好きに行動していいよ。ボクが神様代理をやっておくからさ」
10番は瞬時にこの状況の最適解を提案してくる。
こちらだけが一方的に意見を言うわけにもいかないし、折れるしかないだろう。オレが二ヶ月以内に方をつければいい話だ。
「わかった。ではとりあえず二ヶ月は好きにさせてもらうよ。
迷惑をかけてすまない。本当に感謝しているよ」
心からの謝辞を述べるとアリシアは満足そうに笑みを零した。
「キミの後ろにいる唯くんは有能らしいね。
運命の呪縛から解き放たれた気分はどうだい?」
アリシアはオレの背後に隠れている唯を見つめながら言う。
突然注目されて驚いたのだろう、唯の体がピクンと跳ねたのがわかる。
「正直言ってスッキリしたかな。不思議なのは終の螺旋が使えるようになった事だ。悩みが消えると人は強くなれるのだろうか。
それとも他に何か原因があるのか、とにかく良かったよ」
「いや、別の見方も考えられるよ。キミは最初から強かった。
元から使えていたものが何者かの力によって封じられていて、また使えるようになった、が正しいのかも知れないよ?」
アリシアの言葉に身体中に電撃が走ったような衝撃を受けた。
確かにオレは名前や記憶を封じられている。
もしかしたら零の器やエニグマの正体も知っていて、ただ忘れてしまっているだけなのかも知れない。
「10番様、9番を連れて参りました」
思考を回していると星の中枢に二人の護衛に付き添われて9番がやってくる。
アリシアが気を利かせて呼んでくれたのだろう。
「あー! 久しぶりー! 元気にしてた?」
「ノノ、約束を覚えているか? オレの正体を知っているんだよな?」
「えーっと、何の話かな?」
オレの質問に9番は首を傾げた。
「4月4日だ、過去で話したよな? オレは約束を守った。
キミを助けたら教えてくれると言わなかったかな?
正確に言えば助けたのは鉄仮面だけど、キミは無事に戻れた」
どれだけ言葉をぶつけても、ノノはキョトンとした目を向けるだけ。
心がざわつく。ようやく手にした宝が手元から離れていくような不安と焦燥感に駆られてしまう。
「彼女、本当にわからないみたいだよ。
この場合、考えられる可能性はいくつあるか、わかるかい?」
アリシアから出された質問の答えを懸命に考える。
「二つかな。知っているが知らないフリをしている。
もしくは、本当に忘れてしまったかだろ」
「惜しいね。もう1パターンある。
彼女は最初から4月4日の事件に関与していなかった。
キミは美唯子の力で過去に戻ったと言ったね?」
アリシアは焦らすように言葉を紡ぐ。
気持ちが急いて、うまく思考が働かない。
「アア、そうだよ。確か時間軸に関与しないとかなんとか。
だからアレスティラに裁かれずに済むと言っていたな」
「だとしたら、前提から間違っているよ。
時空断裂が生じないタイムトラベルなど存在しない」
一気に話が小難しくなってしまった。
「悪いけど、SFの知識は乏しいんだ。
もう少しわかりやすく説明してくれよ」
「キミが見た過去の真実は美唯子が作った幻想。
偽りの過去で見た光景はキミ達の脳内にしか存在しない」
つまり、オレはまたしても利用されたということだろうか。
呪縛という心の枷だけでなく、細部まで完璧に演出して美唯子が運命の人で愛すべき対象だと入念に思い込まされた。
「要するに美唯子に嘘の記憶を植え付けられたって事か。
オレに運命だと思い込ませ、告白させる要因を作った。
だとしたらオレはピエロだ。泣いて怒って、バカみたいだな」
「そう考えるのが妥当かな。
もしくはそれとは違う思考の抜け穴が存在するのか。
恐ろしい女性だね。一体どこからが彼女の計画なのか」
本当にオレは騙されたのだろうか。
悲しみに沈んでいく気持ちと、それでも美唯子を信じたいという思いが混在している。
「今10番街にいる美唯子はやっぱり偽物かな?」
「そうだろうね。とても同一人物だとは思えない。
彼女については任せて欲しい。
万が一暴れたら完全同調で止めるから」
心のどこかではわかっていたが、やはり今の美唯子は別人らしい。真実がどんどん離れていく気がする。
「わかった、ありがとう。とりあえず帰るよ。10番街を頼む」
「護衛は16番だけで大丈夫かい?
不安なら、あと何人か連れて行くといいよ」
「……いや、唯が怖がるから、これ以上はいらない」
アリシアが無言で頷く。
「唯、終わったよ。帰ろうか。愛生が待ってる」
「平気? 私は味方だから、一緒に頑張ろう?」
オレが気落ちしているのを悟ったのか、唯が優しく手を握ってくれる。
「帰ったらたくさん遊ぼうね? 美味しいご飯も食べようね?」
ひたすらにオレを気遣ってくれる唯の優しさが心に沁みる。
「唯、ありがとう。頑張ろうな」
「うん!」
唯のためにも、美唯子に真実を問うためにも、オレは負けられない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。