神様やめるよ。一緒に暮らそう。
「2番さん! 神ともあろうお方が何をしているのですか!」
生配信終了から数分後、従者の愛生がお説教しに現れた。
唯の大ファンだと言っていたし、放送を見ていたのだろう。
エニグマ専用転移空間、暗黒の運河が存在するせいで居場所さえわかれば世界の果てまでやってくる。
どこに逃げようがオレにはプライバシーというものはないらしい。
「愛生、心配して来てくれたのか」
「そりゃあそうです! 私は2番さんの従者ですし?」
愛生と話していると背中をちょんちょんと突かれる。振り返ると唯が困惑の表情を浮かべていた。
元から人見知りなのもあるのだろうが、どうやら過去のトラウマから女性に対して恐怖心があるらしい。
「唯、この子はオレの従者で敵じゃない。
キミのファンらしいけど、紹介しても平気かな」
唯はコクリと首を縦に振る。
「愛生、コチラはスピ……じゃなくて月岡唯さん」
「キャー!!! 生スピ可愛い〜! 写真を……いや、その前にサイン……いやいや先にお布施させてくださーい!!!」
愛生は唯を見るなり財布を取り出し札束を手渡そうとしている。
「落ち着け、放送中は演技で頑張っているだけで、普段は大人しい子なんだ」
「なるほどぉ! それは失礼しました! でも可愛い〜!!
ところで2番さん? なんだか雰囲気が変わりました?」
エニグマとしての直感か、または放送中に終の螺旋を使っていた事を見ていたためか、愛生が探りを入れるようにして聞いてくる。
「オレは感情や言動、行動を一部操作されていたようだ。
ある人の事を思い続けるように、忘れられないようにされた。
唯が呪縛から解放してくれたら、心が楽になったよ。
オレは自由になれた。誰がやったかはわかるよな?」
「美唯子さんですね。あの晩も不審な動きをしていましたし。
だから私が扉の外で一晩中、貴方を守っていたのです。
あの日、貴方は間違いなく何もしませんでした。保証します」
愛生は即答した。
やはり誰が見ても美唯子は怪しく見えるのだろう。
だが本当のところは何もわからない。
どこからどこまでが本意で、計画で、何を考えているのか。
オレの心を弄び、美唯子を愛するよう仕向けた意図はなんなのか、善意からなのか悪意なのか。
その答えがわかるまで安易に結論を出すべきではないだろう。
「愛生、ありがとう。美唯子の事も気になるが、今回の一件も何かおかしいな。タイミングが良すぎる」
「はい。掲示板も大盛り上がりでしたから。
零の器候補が二人、同じ場所に揃っていたので、他の候補者が牽制のために刺客を放ったのではないか、という情報があります」
愛生は頭部に乗せているゴーグルを指差しながら言う。
既に零の器候補達による戦いが始まっているのだろう。
だとすれば早急に情報を仕入れなければならない。
「なるほど。唯を殺して、あわよくばオレの命も取ろうとしたわけか。となると唯を一人にするのは危険だな……」
「まずは零の器について鉄仮面に聞いてみるのはどうですか?」
愛生も同じ考えのようだ。
情報を知っていそうな鉄仮面か9番に話を聞くのが最善の策だろう。
「そうだな。それがいいと思う。
唯、オレと一緒に神の居城にこないか?
仲間も多いし、安心できると思うけど」
唯は落ち着いた表情で首を横に振る。
「私、集団行動、無理ですから。
たくさん人がいる場所が怖いし、人間が苦手なんです。
大丈夫、今までも一人でやってきたから。心配しないで?
攻撃能力はないけど、サポートと逃げる事は得意だし」
唯には恩がある。
心の枷となっていた呪縛を解き放ち、オレを自由にしてくれた。
美唯子に対する異常なまでの執念や運命という幻想に近い思い込みを掻き消し、フラットな視点で物事を見れるようにしてくれた。
だからこそ、命を危険に晒すような事はさせたくない。
今のままではまた敵の刺客に襲われ、命を狙われてしまう。
なんとかして守ってやりたい。何か方法はないかと思案する。
「愛生、唯は掲示板ではどんな評価をされているんだ」
「はい。私が見た限りでは零の器の最有力候補が鉄仮面。
2番さんはまだ様子見されているような立ち位置です。
唯さんは戦闘能力の低さから最低評価、即脱落だと予想されてるみたいですね。
今回のように真っ先に狙われて殺されてしまうでしょう」
今回はたまたまオレが居合わせたから助かった。
恐らく唯に次はないだろう。
零の器候補者の戦闘能力は計り知れない。
終の螺旋を使用し、死亡したエニグマまで複製した。
そんな奴等がまだ何人もいて互いに潰しあっている。
やはりこのまま見捨てるわけにはいかない。
「唯、やっぱりオレと一緒に来てくれないかな?
キミの事が心配なんだ。仲間として助けてやりたい」
「……ごめんなさい。私は一人の方が気が楽だから」
「わかった。じゃあ、オレがココに住むよ。一緒に暮らそう。
オレがキミの攻撃能力になってやる。それならいいかな?」
「……え、えぇっ!? でも……うん。いいよ。
お兄さんなら大丈夫かな。……よろしくお願いします」
唯は一瞬だけ驚いて見せるも、最後にはオレの提案を了承してくれた。やはり彼女からは何か感じるモノがある。
運命という言葉では測りきれない、形容し難い何かがある。
「ちょちょちょ、ちょー!? 2番さん?!
何を言っとるのかね! 戯けた事いうのも大概にせーよ!?」
愛生がわかりやすく慌てているが、もう決めたことだ。
オレが守らなければ唯は死んでしまう。
「愛生、オレ、神様やめるよ。
今から10番と話してくる。
唯もついてくるか? 離れている間に襲われたら困るだろ?」
「落ち着きなされ! 神をやめることぁないでしょーよ!
なしてそげなことゆーと? 全部わやになってまうがね!」
「落ち着くのは愛生だろ。神をやめる理由は後で言うよ。
唯、どうする。少しの間、待ってられるか?」
「たくさん人、いない?」
「ああ、オレが本当に信用している人と話すだけだ」
「……うん。なら、一緒に行く。レオのそばにいたいから」
オレと唯のやり取りを見ていた愛生は観念したのか、それともただ呆れただけなのか、大きくため息をついた後、開き直ったような笑顔を見せた。
「わかりましたよーだ! もう勝手にしてくださいな!
2番さん、スピノンに好かれるなんて宇宙一の幸せ者ですね!
羨ましいぞ〜! このこの! てやんでぇ!」
言いながら肘で小突いてくる。
その直後、愛生は何を思ったのか顔から血の気が一瞬で引き、今度は泣き笑いのような顔になっていた。
「あれ? となると私は無職になるのでは??
それは困ります!! 私の存在理由がぁぁ!!
神様はやめても私は2番さんの従者なのでずっとお世話はしたいですけど、いいですよね!? 私を見捨てないでー!!!」
オレの膝に縋り付き、着物を振り乱して愛生が叫ぶ。
そのあまりの乱心ぶりに思わず笑ってしまうが、愛生を見捨てるつもりなど最初からなかった。
唯の様子が気になり視線を向けると、愛生の奇行がおかしかったのか静かに笑っている。
愛生なら唯の女性不信を治せるかも知れない。
そんな気がしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。