恋と友情とシンパシー。必然的に二人は出会った。
──10番街、中央都市。
少女の後についてやってきたのは、様々な種族が存在する10番街の中でも限られた権力者や富裕層のみが住んでいる高級住宅街の中で、更に立地が良い場所にある高層マンション。
一月の家賃だけでも、平均的な収入を得ている家庭が一年間は楽に暮らせるような金額だ。こんな場所に少女が一人で暮らしているとは考えにくいが、事実は事実だ。
生体認証、パスワード等の厳重な警備を抜け、エレベーターで気が遠くなるほど風景を眺め、ようやく最上階に辿り着く。
「いや、どんだけ金持ち? もしかして、すごいお嬢様?」
「そんなことないかな。さ、入ろう?」
少女がカードキーでロックを解除し、中へ入るよう促す。
扉の上部にはご丁寧に監視カメラまでついている。
普通ならまずここまで辿り着くことすら不可能だろう。
「ただいま〜」
薄暗い部屋に入り、他には誰もいないのに少女は律儀に挨拶をしている。
玄関で脱いだ靴をオレの分まで綺麗に並べ、スリッパを二人分出してくれる。
「じゃあ、早速遊びましょうか?」
部屋の電気を点け、居間の机に座ると同時に少女は言った。
「あの、その前に名前とか言った方がいいんじゃ?」
そう言うと少女はハッと目を見開いた。
いつも眠そうな顔をしている分、本気を出した彼女の表情は本当に綺麗で見惚れてしまう。
「そうでしたねぇ。盲点だったなぁ。
私は月丘唯。地球人で、うーちゅーばーのスピラノンノをやっていて、零の器候補の一人? 唯かスピラって呼んでください」
とんでもない事を唯は当たり前のように言い放った。
地球人というだけでも驚きなのに、その上、零の器候補。
まだ詳細な情報はわからないが、それが事実なら敵同士ということになる。
「あの、オレの事はどれくらいわかってる?」
「カードショップで会ったお兄さん?」
唯は本当に何も知らないようで小首を傾げている。
だとしたらオレも正体を明かすべきだろう。
彼女は本気でオレの人柄だけを信じて友達になろうとしてくれたらしい。
「オレも地球人で、10番街の神で、零の器候補……らしい。名前は消されてしまったからオレと名乗っている」
そう言ってから数秒ほどして、唯の体がビクッと震えた。
「えっと……これはぐーぜん? とりあえずカードします?」
現実逃避だろうか、それとも困惑しているのだろうか、唯はテーブルの上のカードが入ったビニル袋を手でわしゃわしゃとしている。
「お互いの境遇を話してみないか?
少しはこの世界の秘密についてわかるかも知れない」
唯はゆっくりと頷く。
まずはオレから今までの経緯を話す。
孤独な毎日を過ごし、人生が嫌になった時、突然地球から隔離され、気がつけばエニグマという不死身の化け物になっていた事、今は10番街の神となりエニグマを従えている事。
話が終わるまで唯は口を一切挟まず、オレの顔を真剣な表情で一心に見つめていた。
話が終わると唯の表情に陰が差す。
口に出すことを躊躇っているのか、視線を泳がせ、最後には小さく深呼吸する。
「似てるなぁ……ものすっごく。こんなの偶然とは思えないよ」
唯はポツポツと語り出した。
内気な性格だったため昔から友達がいなかったこと、容姿はそれなりに良かったため下心のある男子に何度も言い寄られ、それを快く思わない女子グループから妬まれ疎まれ、執拗に攻撃を受けるようになったこと。
そこから自然と引き篭もりがちになり、世界から消えたいと願った時、地球から隔離され、何者かに特殊な力を与えられ、お前は零の器だと言われたそうだ。
孤独のまま宇宙を放浪し、気まぐれに始めた動画配信サイト、うーちゅーぶのライブ配信や動画投稿で天下を取り、巨万の富と絶大な支持層を得た後、全ての種族を受け入れると聞き10番街にやってきて現在に至る。
「大変だったんだな」
「お兄さんもだよ。だからあの時、惹かれたのかも……」
「惹かれたって、カードショップで?」
「うん。孤独で寂しくて、何を信じたらいいかわからないって顔してたから。捨てられた子犬みたいで、放って置けなかった」
唯の目にはそんな風に映っていたのかと思い苦笑する。
話が終わっても唯はチラチラとこちらの様子を伺っていた。
オレ達はある種のシンパシーを感じとって、惹きつけ合うようにして出会ったのかも知れない。
そうだとしたら運命ではなく必然の出会いだ。
「お兄さん、結婚とか恋人とか……」
唯が言葉の途中で口を噤む。
余計な事を言ってしまったと後悔の表情を浮かべていた。
「よくわからない。オレは振り回され体質みたいでね。
利用されてばかりなんだ。本当に心から誰かを好きになった事があるかどうかも疑わしい。愛か誠か、哲学みたいだな」
机の上に投げ出した手に唯がそっと手を重ねる。
「確かめてもいい? 貴方の気持ち、ハッキリするかも。
私は人の魂、心に巣食う邪悪を滅することができるから」
それは能力を使ってもいいですか? ということを暗に示していた。この際どうにでもなれと首を縦に振ると唯が能力を発動する。
「──ん……強い力が3つ。
これは想いというよりは呪縛。……私は貴方の運命の人。
強烈な自己暗示、想いの刷り込み。……ある時突然、口が自然と動いたり、頭の中を支配される感じはなかった?」
何もかも覚えがあった。
頭の中がある人の事でいっぱいになり、想いを告げるとその人は消えた。今でもその想いを追い続けている。
「──ああ。あるよ。今でもたまに泣きそうになる」
「その気持ちは本物? 呪縛を解き放ってみてもいい?」
「……呪縛が消えてもその人を思っていたら真実の愛?」
「それはお兄さん次第。何も変わらないかも知れないし、気持ちが大きく変わるかもしれない。でも変わることが人だから……」
偽りの感情に支配されて生きたくはない。
唯の目を見つめて手を重ねる。
それで全て伝わった。心の枷を取り払う時が来た。
「大丈夫だよ。真実を知っても強い気持ちがあれば生きていける。私は一人でも生きてこれたから。お兄さんも頑張ろ?」
「ああ、頼むよ。終わったら……カードで遊ぼうか?」
「そうだね〜。決闘友達になろ〜!」
心の中の蟠りが音を立てて崩れていく。
心の平穏を手に入れた時、人は真に自由になれる。
嘘偽りのない本当の自分と向き合う時が来た。
オレはもう、大丈夫だ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。