神様家出する②。カードショップに行ってみる。
朝からシャワーを浴びたのか、サラはバスローブを着てドレッサーの椅子に座り、ドライヤーで髪を乾かしている。
その姿を素零はポケーっと眺めていた。
子供というのは母親の女性らしい一面を無意識ながらに見て育つ。こういうちょっとした事でも印象に強く残ったりする。
「もしかして緊張してるのか? あの素零が?」
「えっ? そんなわけないだろ! ただ、綺麗だなって……」
先程まで雑魚と呼んでいたのに、今はもう完全に母親を見る目になっている。
本人としても何かしっくりくるものがあったのかもしれない。
「お待たせしましたー。何かご用がありましたか?」
サラが椅子から立ち上がり歩いてくる。
素零はオレの背後にサッと隠れてしまった。
「サラ、初代10番から話は聞いたのか?」
「はい。色々と……」
「なら素零のことも?」
「……はい。でも頭では理解できても心が……」
気持ちの整理がついていないのだろう。サラは俯いてしまう。
「あれこれ考えるより、行動した方がいい場合もある」
肩に手を置くと、サラはゆっくりと顔を上げる。
背後に隠れている素零をサラの前に差し出す。
サラと素零は互いに見つめ合ったまま沈黙している。
改めて見ると目元が似ているし、雰囲気もそっくりだ。
サラに目配せをする。萎縮している素零にはサラから声をかけるべきだろう。
「素零くん? 私が誰だかわかりますか?」
「わか……るけど、突然すぎるし、恥ずかしいし、わかんない」
素零はサラから目を逸らし子供らしい反応を示す。
「サラ、抱いてやればいい」
サラは緊張の面持ちで、ゆっくりと素零の頭に触れる。
そのまま床に膝をつき、しっかりと素零を抱きしめる。
「……んふふ。ああ、なんか……幸せ、かも……」
「素零くん。これからは私とずっと一緒にいませんか?」
「……うん。素零が29番を守ってあげるよ」
幸せな光景だ。これで素零も多少は落ち着くだろう。
胸がいっぱいで何もする気になれない。この後の会議はパスしよう。
サラと素零を部屋に二人残して、オレは家出の続きをすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
神の居城を出てアテもなく街をふらつく。
地球でも休日は大体家で過ごしていたから新鮮な気持ちになる。
思い起こせばオレは学生時代も社会人になってからも友達がいなかった気がする。記憶がないので明言はできないが、きっとそんな感じだったという根拠のない自信がある。
繁華街でふっと【カードショップ】の看板が目に映った。
10番街に戻ってからもレッドとヨセルが毎日楽しそうにカードで遊んでいる姿を見せ付けられていた。
もしかしたらオレにもカード友達が出来るかもしれない。
それだけじゃない、今度オレが主催する武術大会にレッドとヨセルが参加した場合の対抗手段にもなる。
前回はほぼ太刀打ち出来なかった。
カードにはカード。刹那の言葉が頭に浮かぶ。
ここらで極秘特訓をしておいて、レッドを驚かせるのも面白いのかも知れない。
気がつけばオレは誘われるようにカードショップに足を踏み入れていた。
当たり前だが店中カードだらけ。
ベタベタとアニメのポスターが貼ってあったり、長机に座り真剣な表情でカード勝負をしている人達がいたり、独特な雰囲気だ。
「やっぱり場違いだよな。レッドに勝つためにカードを覚えたいわけだから、ヨセルに聞くわけにもいかないし、地球にいた頃と同じ完全ボッチになってしまった。……帰ろう」
「……わかります。
私も友達がいなくて困ってるんですよねー……ボッチです。
というわけでお兄さん、決闘友達になりませんか?」
隣にいた少女に声をかけられる。
目を向けるとパーカーのついた服とスカートをはいた普通の女の子だ。オレに直接話しかけているわけではなく、ショーケースの中のカードを見つめながら呟くようにして喋っている。
「いや、友達以前にオレは完全初心者だけど?
ルールとかカードの種類もわからないレベルで」
オレもそれに倣ってカードを見つめながら話す。
側から見たら異様な光景だろう。
「でも、決闘はやってみたいと?」
「まぁ、そうだね」
「私で良かったら完全サポートしますけど?
ボランティアですのでお代は一切いただきませーん……なんて」
「じゃあ、お願いするよ」
その瞬間、ようやく二人して顔を見合わせる。
ドピンク色のボブカット。クール系可愛い美人。
身長150くらい。胸は今の美唯子に負けていないか、それ以上にある。瞳は大きいが常に半目がちなため魅力が薄れている。
この容姿で本当にボッチなのだろうか。
アイドル顔負けで男が放っておくとは到底思えない。
「じゃあまずはデッキからですよねー。
コンセプトはどうします? 趣味で楽しむなら私は見た目重視にしますけど、蠱惑的なのとか、ドルチェ的なのとかー?
ガチガチにやりたいならドアベルは3枚買った方がいいですし」
カードの話になった瞬間に早口になる。
もう少しお手柔らかにしていただきたい。
「何を言っているかサッパリわからない」
「なんだい、兄さん初心者かい?
なら最初はストラクでも買っていきなよ」
ショップの店員が気さくに声をかけてくれた。
最初からこの人に聞いておけば良かったのかも知れない。
「ああ、そうなの? ──おわ!」
少女はものすごい力でオレの腕を引いて店の奥まで連れていく。壁に押し付けられ、息がかかりそうな距離まで顔が寄る。
「あれは罠です! ストラクなんてかなり古めの再録以外不要ですし、私が古いのは全部持っているので、単品買い一択ですよ。私に任せたのなら全てを委ねてください。後悔はさせませんから……」
「……はい。よろしくお願いします」
少女の言われるがままに、あれやこれやを買い結構な散財になってしまった。
趣味は何をするにしても初期投資が大切だと力説され、反論も出来なかった。
「さてと、買い物も済みましたし、お兄さんの家にでも行きましょうか」
少女がとんでもない事を言いだす。
まだ名前すら知らないのに異性の家に行くのに抵抗はないのだろうか。
「オレの家? 初対面の男に簡単について行ったらダメだ」
「……私、これでも見る目ありますし。
半年以上あの店で誠実で優しそうな人を探していたので。
お兄さんは下心から私の誘いを受けたのですか?」
上手い事を言われてしまう。
そうだと言ったら下心がある事になるし、違うと言えば結局家にいく事になってしまうかもしれない。
「いや、下心じゃなくて、単純に友達も欲しいし、カードが強くなってレッドに勝ちたいだけで……」
「レッド? もしかしてキングオブキングのことですか?
おー。素晴らしい志ですね、余計に気に入りました。
それでは私の家に行きましょう。今日から特訓です」
「キミの家? ご両親は?」
「マンションで一人暮らしですけど?」
ただの暇つぶしにカードショップに行っただけなのに、初対面の女の子の家に遊びに行く事になってしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。