彼女と部屋で二人きり。今だけは甘えていたい。
「何ジロジロ見てんのよ。そんなにミィが可愛い? ……はぁ」
医者から美唯子が意識を取り戻したとの連絡を受けて駆けつけると、美唯子は別人のようになっていた。
まるで意味がわからない。
オレの知っている美唯子はペル様ペル様とどこにでも付いてきて、常に笑顔を絶やさず、心優しい女の子だった。
ましてや悪態を吐くなんて一度としてなかった。
「なによ、なんとかいいなさいよね。
さっきからずっと私の胸、見てたでしょ? ……ヘンタイ」
絶対に何かがおかしい。
まず胸を見ていたというのは自意識過剰だ。
オレは会話するときに女性の胸元など見ない。
むしろ言われて初めて誘導されるようにして見てしまった。
「すまない。キミに言われたから思わず胸元を見てしまった。
そこは謝る。ミコ、オレの事がわからないか?」
見た目は美唯子そのものだ。
髪を腰の辺りまで伸ばしていたり、かなり際どいミニスカートをはいていたり、色々と成長して魅力的になっているのは間違いないが、美唯子だとは思う。
「ま、ミィの魅力に惹かれたんなら仕方ないことよね。
あんた、マッサージとかできる? 疲れているから、あんたがしたいって言うならしてもいいわよ」
そう言って美唯子は医務室のベッドにうつ伏せになり、横目でオレを見やる。
段々と腹が立ってきた。
オレの知っている美唯子はこんな横柄な物言いはしない。
「マッサージしてほしいなら、して下さいって言えよ」
「はぁ? こんなに可愛い子に触れるのよ?
感謝はされてもお説教される筋合いはないんだけど!」
美唯子モドキは勢いよく怒鳴り、目を閉じてソッポを向く。
「もういい、知らん。オレは行くからな」
これ以上は付き合っていられない。
あの子は美唯子に似ている別の誰かだ。
ドアをわかりやすいほどに強く開けて医務室を出る。
医者が言うには一時的な記憶の混乱か、精神的ショックによるストレス障害かも知れないとのことだった。
だとしても性格やスタイルが変わる事はあり得ない。
この異常事態を誰に相談するべきか思案する。
女心について詳しい恋凛か、常識のあるアリシアか。
「ちょっと、待ちなさいよね! あんた何様のつもりよ!」
美唯子モドキが後を付いてきた。ご立腹の様子だ。
それはこちらの台詞だと言ってやりたいがグッと堪える。
返事をせずに歩き続けると、美唯子はわざわざオレの前まで回り込んでくる。
「待ってってば! ミィのこと嫌いなわけ?
可愛くない? 返事……してよ」
気を引きたいかのように何度も何度も話しかけてくる。
可愛くないわけがない。
オレは美唯子を運命の人だと意識してしまっているのだから。
「自分でもわかってんだろ。お前は可愛いよ」
「えっ……!? と、当然よね!」
戸惑いの後に見せた自信に満ちた天使のような笑顔。
あぁ、クソ。可愛いと思ってしまった。オレの負けだ。
「あっ! 師匠! おわっ!? 激マブ! 誰っすか?」
廊下の先から走ってきた仁義が美唯子を見て仰天している。
この二人は同級生。美唯子だと認識できてないということは、やはり別人なのだろう。
「美唯子だと……思う。確証は持てないけどな」
「陽神っすか? いや、それにしては色気が……ヤバ。細身なのに胸が爆裂で……お前、いつの間にそんな成長したんだよ」
「うっさい、ジロジロみんな、スケベ、キモいんだよバカ!」
美唯子が仁義を殴り倒した。
思わず拍手したくなるような綺麗な右ストレートだった。
今回は喧嘩両成敗としよう。仁義の言葉にも品がなかった。
「ちょっと、どこいくのよ!」
「……部屋に帰る。なんか疲れた」
「一緒に行ってあげてもいいけど」
「オレの部屋にか? 用事なんてないだろ」
「わかった、いい。信じらんない。鈍感バカ……バカ!」
一方的に話しかけてきて一方的に機嫌が悪くなる。
何を考えているのかわからない。
この場合は何というのが正解なのだろうか。
「つまり、お前はオレの部屋に来たいんだな?」
「……そう、だけど。あんたは来てほしくないんだ?」
「…………一緒に部屋、行くか? いや、来てほしい」
「ふ、ふーん? 別にいいけど。ちゃんとエスコートしなさいよね」
イチイチ会話が面倒くさい。
だがいいチャンスだ。オレの部屋で二人きりで腹を割って、膝を突き合わせて、向き合ってみるのもいいかもしれない。
「適当に休んでろよ。オレは今度開く大会の書類に目を通さないといけないから」
美唯子は部屋に入るなりソワソワしているような感じだ。
羽織っていた上着を脱いで、部屋のあちこちを見渡している。
「書類より、ミィを構うべきなんじゃないの?」
オレの部屋はそこまで広くない。互いの声は小声だとしてもそれなりに聞こえる。
「……わかった。こいよ、構ってやるから」
「え、いや違うから! あんたは書類を構ってなさいよ!」
自分から誘っておきながら顔を真っ赤にして慌てている。
「ああ、そうか。じゃあいいんだな」
「あんたは構ってほしいの? 子供みたいに甘えたい?」
この美唯子は対応がとにかく難しい。
以前の素直な性格な頃はわかりやすかった。
とりあえず、相手が望んでいるような答えを模索してみる。
「ああ。色々な事があり過ぎて辛い。癒してほしい」
これで正解かはわからないが美唯子は沈黙している。
しばらくするとベッドに腰掛けて両手を広げる。
「もぅ……しょうがないわね。ほら、こっち来なさい」
誘われるがまま美唯子の腕の中に入る。
胸元に顔を埋めると、頭を優しく撫でられる。
心が落ち着く。今オレは本当に癒されている。
「美唯子……」
「何よ」
「昔みたいにペル様って呼んでくれないか……」
「うぇっ!? 何よそれ、あんたおかしいんじゃないの?!」
「そうか……」
「わ、わかったから元気だしなさいよ。泣きそうな声出すな!
ぺ、ペル様? これでいいの? 満足した?」
「ああ……会いたかった……」
「か、かわい……じゃなくて……。顔、あげなさいよ。
もっと元気になるおまじないをしてあげる」
今だけは何もかも忘れてしまってもいいだろうか。
美唯子のことだけを考えて甘えてしまっても。
オレの大切な人に心を許して。今だけはただ甘えていたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。