あの日話した刹那の秘密。共に生きる未来。code救世武啓《りミネる》。
オレは刹那の秘密を知っている。
表向きは伝説の勇者、頼れる存在。
その正体は救世武啓という。
神をも超えた究極の存在。
簡単に言えばオレ達の同類だろうか。
その昔、刹那の祖国は邪悪な神々の侵攻を受けた。
国一番の騎士も賢者も、神の前では赤子も同然だった。
世界が滅亡の危機に瀕した時、天から守護者が現れた。
幼き刹那は国を守るため守護者と契約し、救いとなった。
瞬く間に神を打ち破り、世界を救い、人々に平和をもたらした。
だがその先に待っていたのは地獄。
神を殺す程の存在が暴れたら、止められる者が世界にいない。
祈祷師がそう告げた時、刹那の人生は終わった。
両親を殺され、唯一の肉親を異世界に追放され、刹那は守った者達に裏切られ、人が神となるための実験材料となった。
◇ ◇ ◇ ◇
──終焉軍事拠点第三惑星。
「3番には完全同調は効かないのかな」
目の前で刹那とクラリス姉妹が3番と戦っている。
3番は手を抜いて戦っているように見える。
いかにして人間の小娘に圧倒的な力の差をみせつけ、惨めに無惨に敗北させるかを考えているのだろう。
「腐っても3番だからね。死後覚醒をしているし、対策は出来ているみたいだ。色々と試してみたけど、彼の周囲だけが世界の先、無に最も近い理から外れた場所に作り変えられている。
あれでは手出しできないかな」
やはり3番の位置付けにいるだけに強敵らしい。
突破不可能だと思っていた完全同調が容易く対策されるとは。
「でもあの女勇者の刹那くんは本気を出せていないのだよね?
だったらさ、ボク達で勝たせてあげようか?」
確かに刹那は本気を出していない。いや、出せないが正しい。
あの日、オレに教えてくれた話によると、魔術師や呪術師に肉体の構造を変化させられたせいで、救世武啓としての力を発揮すると内なる力が暴走し世界に悪影響を及ぼしてしまうらしい。刹那は常に力を抑えて戦っている。
素零の終の螺旋やエニグマの死後覚醒の関係に似ている。
エニグマと救世武啓は何か関係性があるのかもしれない。
力無きものが終の螺旋を発動すると宇宙が消滅する。
だが鉄仮面や一部の者達は終の螺旋を支配し使いこなしている。試してみる価値はある。
「オレに異論はないよ、刹那に勝たせてやりたい。
でもどうすればいいのかな」
「簡単なことだよ、キミとボクで刹那の力を制御する。
キミは同調で内側から、ボクが完全同調で外に溢れる力を抑制する。
大丈夫、キミとボクならできるから。やってみよう!」
アリシアの作戦、理論上は可能だとは思うが、戦況が常に変化する戦闘中に上手く力を制御することができるかどうか。
「とりあえずは妹さんから説明しようか。
完全同調でクラリスの意識に介入するよ」
アリシアが完全同調でクラリスの意識に語りかける。
オレも同調を合わせて発動し、ことの経緯を説明した。
『なるほど、やる価値はあるね! 僕も協力するよ!
姉様は裏切られても祖国を愛していた。
その国を消し去った3番を許すわけにはいかない!』
戦闘中のクラリスは器用にこちらを一瞥し、力強く頷く。
『ありがとう。とりあえず刹那とも話したい。
一分でいい、3番の気を引いてくれるか』
『了解した! 姉様のことをお願いするよ。
──白の弾丸』
クラリスが白の弾丸を撃ち放ち、3番のヘイトを集める。
その隙にオレは刹那のそばまで接近する。
「刹那、大丈夫か」
「これは私の戦いだ、手出しするなバカモノ……」
肩で息をしながら声を荒げる。
長い時間戦闘をしていたのであろう、刹那の顔には目に見えて疲労の色が表れていた。
「刹那、オレが支えるから本気を出そう。
信じてくれ。必ず成功させる。一つになろう」
「何を世迷言を……」
「オレはいつも刹那に助けられてばかりだ。
たまにはカッコつけさせろよ。
3番には何度も煮湯を飲まされたよな。
二人で倒そう。今日で終わらせるんだ」
刹那は躊躇っていたようだが、最後には嘆息し肩を落とした。
オレが右手を差し出すと刹那はそれに応じる。
「──同調合体。code救世武啓」
刹那の意識と同調する。
それと同時に刹那が本気を出す。
一瞬にして世界が黒に染まる。
体の内側から得体の知れない力が無限に湧き出してくる。
世界を侵食する黒を必死に抑え込む。
この力を支配できなければ世界は終わりだ。
苦しげな表情で刹那が喘ぐ。力に飲まれそうになっている。
『刹那、あと少しだ。耐えてくれ……』
『すごい力だね。完全同調でも抑え込む。いくよ!』
アリシアも完全同調でオレの同調をサポートする。
全員の力を一つに合わせ、救世武啓を支配する。
瞬間、力の奔流が生まれる。刹那の背には現れる暗黒の翼。
流れ出す闘気と威光。世界が震え、刹那を恐怖しているのがわかる。
──漆黒の闘気が柱となり全てを包んでいく。
「な、なんだね? これはっ!? 小賢しい、死にたまえよ」
異変に気がついた3番が破壊の光球を飛ばすがもう遅い。
救世武啓は完成した。
刹那が黒刀を振ると世界が割れる。
「すごい……姉様……」
天が裂けるのを見たクラリスが感嘆の声を漏らす。
オレ達は世界を斬り取る。
3番の腕が飛び、足が爆ぜ、胴体が融解していく。
「やれやれまたか。再生しないね。この感じ……。
1番を思い出すよ。これが強さだね。刹那くん、オレくん。
今までの無礼を心から詫びよう。キミ達の勝ちだ。
──さようなら。二度とキミ達と出会いませんように……」
首だけになってオレ達に謝罪した3番を、刹那は容赦なく両断した。3番は完成に消滅する。もう二度と会うこともないだろう。
三人で同時に力を解除する。
刹那の背から翼が消え、世界は色を取り戻す。
「今見た通り、私は化け物だ。世界にとっての害悪だ。
今回は上手くいったが次は世界を滅ぼすかもしれない。
私は10番街を去る。妹のことを頼む」
黒刀を鞘に収めた刹那が背を向けて立ち去ろうとする。
このまま本当に刹那が消えてしまうような気がした。
オレは走り、刹那を背後から抱きしめる。
「刹那は刹那だよ。オレの師匠で大切な人だ。
これからもオレの隣にいてくれ。ずっとそばにいてほしい」
オレはずっと刹那に憧れていた。
あの日、秘密を聞いてからも負の感情は抱かなかった。
世界の崩壊よりも今は刹那が消えてしまう方が何倍も怖い。
「……お前とは違う形で出会いたかった。
男と女として、共に生きたかった。
世界でただ一人、お前だけを愛している」
抱きしめている刹那の体が震える。
そんな世界もあるかも知れない。
刹那と共に生きる未来。
「姉様……ご立派です。心から思う、彼と結ばれてほしい……。
愛する人と共に生きる、そんな未来があってほしい……。
辛いだけの人生なんて嘘よ。幸せになってほしい……姉様」
クラリスが泣いている。
オレは何も口に出すことが出来なかった。
今はただ、刹那の温もりを感じていたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。