それまではサヨナラ
アレスティラが姿を現してから空気が一変した。
エドが放つ異様な雰囲気など比較にならないほどの恐怖と瘴気が場を支配している。
刹那が内なる恐怖を噛み殺すように努力した後、畏怖の念に竦む気持ちを表情に出さないようにして、アレスティラを一心に見つめて対話を試みる。
「どこからだ、どこまでがお前の策略なのだ」
『全てです。貴女と契約したのも、ソレによって消された黒刀を復元し、オレの中の2番を完全に目覚めさるように手を加えて貴女に手渡したのもワタシの計画です。
貴女がオレの心臓を貫くことまで、ワタシは想定、いえ、そうなるように仕向けました。お陰で計算通りに滞りなく事が運びました。感謝していますよ』
「計算通り? 笑わせるな。ではこの黒刀がソレに破壊されていなければどうしていたのだ」
刹那は黒刀を腰のベルトから外し、アレスティラに向かって投げつけた。
刀を受け取ったアレスティラは、つまらなそうな表情で鞘から刀身を出し、刃の上に指をスッと這わせる。
『……頭が切れる割には、くだらない質問をするのですね。
その場合は契約時のドサクサにまぎれて刀に力を送るだけで済みます。この刀はワタシと貴女の友情の記念に差し上げます』
アレスティラが投げ返した刀を受け取った刹那は、密かにほくそ笑む。
「じゃあ不可能殺しはアレなんだね。2番を殺したのも、僕から幸せを奪いとったのも……貴様が全ての元凶だったのかッ!」
激昂したソレが怒鳴りつけるが、アレスティラは眉一つ動かさず平然とした様子で受け止めている。
『逆です。ワタシは2番を再びこの世に呼び戻してあげたのですよ。むしろ感謝すべきではないですか?』
「計画計画といい加減にしろ。また人間には理解できないと逃げるのか、化け物め。この際だ、ハッキリと言うがいい。
どんな与太話を吹いても理解してやる」
刹那は口調を強め相手の神経を逆撫でするようにして話す。
『そんな見え空いた口車にアタシが乗るとでも?
ここでベラベラと喋り出すのは三流以下の小物がすることです。弁えなさい。ニンゲンの分際で』
「王よ、口出しすることをお許し願いたい。
どうにも私は我慢するのが苦手な小物のようでね。
我々の崇高な計画を知ったとき、ニンゲンがどのような反応をするのか知りたくて堪らないのだよ」
エドが身勝手に語り出したのをアレスティラは不服そうな表情でみつめていた。
「宇宙が消えたらどうなると思うかね?
ありえない? 無だけが残る?
どちらも不正解だ。我々はその先にいくのさ。
どうかね? これでも理解でき……おや?」
アレスティラは我慢の限度に達したのか、エドの足元に光の刃を飛ばし愚者を蔑むような目つきをして言葉を強制的に遮った。
『そこまでにしておきなさい。貴方も消しますよ』
アレスティラに一喝されたエドの顔が僅かに強張る。
緊張した面持ちのまま後退しアレスティラの前に跪いた。
「申し訳ございません、アレスティラ様。
出過ぎた真似をいたしました」
『それから刹那、アナタも口を慎みなさい。
ニンゲンの分際で我々と対等にでもなったつもりですか』
アレスティラが腕を振るうと刹那の体が宙を舞う。
空中で静止している刹那に向けて、エドが光弾を撃ち込んだ。
刹那の身体は凄まじい勢いで回転しながら飛んでいき、受け身をとることも衝撃を殺すこともできず、弾丸のような勢いで壁に激突した。
立ち上がろうとす刹那の額にエドが追撃の光弾を撃ち込んだ。
抵抗する間もなく、刹那の意識はそこで途絶えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……オレを呼び戻しただと……一体何を言ってやがる。
大体オレのことを殺したのは ──っおい! 嘘だよな!? アレは悪人なんかじゃないだろ! 嘘だと言ってくれよ!」
一連の流れを静観していたオレが拳を震わせながら、小さく呟き、言葉途中で豹変する。
声や雰囲気、表情までもがガラリと変わり、オレの人格を支配していた人物を押し退け、必死の声で肉体の本来の持ち主であるオレが叫んでいた。
『…………オレ。残念ながら全てワタシの意思です。アナタはもう用済みですので消えてください。今までご苦労様でした』
「なんでだよ! 今まで何だかんだ上手くやってきただろ?
今の発言も敵を欺くための嘘だよな? 絶対そうに決まってる」
『オレ、アナタは自分の本名を名乗れますか? 過去の記憶が鮮明に残っていますか? あるいは両親の名前は?』
「…………」
アレスティラに言われてオレは押し黙る。
自分の名前がわからない。記憶の海の中を必死に探しても見当たらない見つからない。それどころか自分が今までどう生きてきたのかも、何もかもがわからなくなっていた。
『わかりませんよね、仕方ないことです。
アナタはソレの中から二番の力を移し、再び甦らせるために利用しただけ。より具体的に言えばアナタは私が創り出した意思を持った器、空の人形。人間ですらないのです』
オレは必死になって思案する。
アレスティラの言葉を反芻し、自身が人間であることを立証するための証拠を脳内で探すが、結局口から出たのは陳腐な言い訳にしか聞こえないような言葉ばかりだった。
「違う! オレにはちゃんと名前も記憶もある、待ってくれ、今思い出す。忘れているだけなんだ、信じてくれ」
『思い出したとしても無意味です。アナタの記憶も感情も、全てワタシが作り上げたでっちあげなのですから。
アナタの全てがあの日から始まったのです。さぁ、考えることをやめなさい。全てを捨てて、肉体から精神を解き放つのです』
段々とアレスティラの言葉を否定するのが困難になっていく。
追い詰められたオレは思考が停止し、沈黙を返すしかなかった。
「惑わされるな! お前は心を持った立派な人間だ。
アレスティラは嘘を吐いている。お前の存在を消し去り、完全に中身を書き換えるつもりだ。意思をしっかりと持て、自分を信じるのだ」
満身創痍の刹那が立ち上がり、オレに向かって叫んでいた。
闇に飲まれそうになっていた心に光が戻る。
ほんの小さな希望ではあったが、今のオレにとって十分すぎるほどの活力となっていた。
「アタシも同感だね。世界を消してしまうような連中だ、記憶を改竄するなんてワケもないだろ。ほら、あんたも何か言ってやんな」
刹那の意見に賛同の声を上げたのはミカだった。
扉を開き突如現れたミカに向けて、その場にいた全員の視線が集まる。
ミカはその状況を嫌ったのか、照れ隠しのためか、お姫様のように抱き抱えていたノノを雑に放り投げた。
「イッターい! もう……もっと優しくしてよね!
……でも、ミッちゃんなら虐められても嬉しい……かも?」
張り詰めていた空気が急激に弛緩した。
「なんだアイツらは、道化か。夫婦漫才なら他所でやれ」
「うるせーよ! 文句あるか! パートナーを大切に扱うのは当然だろ。それにな、仕方……なかったんだよ」
刹那の皮肉を聞いたミカは顔を赤くしながら反論している。
「あたし、パートナー? ミッちゃん……好きぃ! 抱いてー!?」
「おわっ! 何しやがる!? 状況を考えろ!」
感極まったノノがミカに飛びつき、二人して地面に倒れた。
ノノはゆっくりと起き上がり、満足気な顔をしながらオレのもとへと歩いてくる。
「ちょっとごめんねー。……うわ、記憶も人格も全部グチャグチャに弄られてる。かわいそう。でも安心して? 君は普通の人間だよ。ノノの属性分析は完璧だから間違いなし!」
ノノの発言にオレは胸を撫で下ろす。
闇の中に沈みかけていた心は完全に立ち直り、決意を秘めた瞳でアレスティラを見つめる。
『大人しく自我を放棄すればよかったものを……。
興が覚めてしまいました。強硬手段をとりましょう』
アレスティラがオレの胸の中へと手を押し込んだ。
痛みも出血もないが、言いようのない嫌悪感に体が支配され抵抗すらできない。
アレスティラは手を動かし、弄り、目当ての物を掴んだのか薄い笑みを浮かべると一気に手を引き抜いた。
アレスティラの手には赤い蒸気を噴き出しながら、妖しく煌めく鉱石のような物が握られていた。
『これが2番の本質ですか。なんと気高く逞しいのでしょう』
アレスティラは取り出した鉱石をエドに手渡し、オレを無表情で突き飛ばす。
『……■◇◇◇】計画の第一段階は達成しました。これから先の計画に支障がでぬよう、邪魔者を隔離し、封印しなさい』
「承知致しました、我が王よ。さて、どんな世界がお望みかな?
フウむ……そうだな、君達も今まで努力してきたわけだし、心配事のない平和で退屈な世界で生きていただこうか!
そこで我々の計画が完遂するのを指をくわえながら眺めていたまえ!!」
エドが指を鳴らすと漆黒の球体が現れ、強烈な力で何もかもを吸い込んでゆく。
刹那もミカもなす術なく球体の中へと吸い込まれて消えた。
オレは懸命に走りアレスティラの手を掴む。
手と手が触れた瞬間、アレスティラの瞳に光が差したのがわかった。
「アレ! いや、アレスティラ……オレは信じてる、お前は悪い奴じゃない。オレは絶対に諦めない。オレとアレの勝負はまだ終わっていない。必ず戻ってくるから、その時はまた、オレと真剣に向き合え!」
オレが必死になって掴んだ手をアレスティラは冷たく振りほどく。
『残念ながら、その時が訪れることはありません。サヨウナラ』
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