吹っ切れたオレは最強で。本気を出したら何もかも全てうまくいく。
美唯子を取り戻す。
そのために生まれて初めて本気を出すことにした。
迷わない。退かない。今のオレは無敵だ。
──暗黒の運河。
零奈と零終がケンカをしている。
実力伯仲、次元が揺れるほどの力の激突だ。
世界の陰謀に巻き込まれ、不毛な争いを強いられている。
どんな理由があろうとも、この子達に罪はない。
まずはここから始めよう。
「お前達、ケンカは終わりだ」
「パパ!」
「父さん……」
二人が同時に振り返る。
「零奈、サラはオレが必ず取り戻す。安心しろ。だからそばにいるんだ。いいな」
「本当に? また一緒にいられるの? ママのこと大事?」
零奈が首を傾げると美しい金髪が揺れ、紅の瞳が爛々と輝く。
「ああ、サラは大切だ。オレに必要な人だ。
サラを利用している者に報いを受けさせる。約束する」
零奈は満面の笑みを浮かべる。オレを信じてくれたようだ。
「零終、美唯子が連れていかれた。オレ達で助けにいくぞ」
「……はい! 父さん!」
零終は力強く返事をする。
本当によく似ている。まるで鏡を見ているようだ。
美唯子を大切に思っているのも同じらしい。
「よし、今後ケンカは無し、握手しろ」
零奈と零終は顔を合わせるもすぐに視線を逸らす。
しばらく無言でいると、零終が嘆息し、当惑と諦念の混じった顔をしながら零奈に歩み寄る。
「……さっきは悪かった。オレを許してくれ」
「いいわ。特別に許してあげる。なんてね、ごめんなさい。
よく見るとアナタ、パパに似てとーっても素敵よ!」
二人はしっかりと手を握る。
その直後のことだった。
「ヤッホー! 久しぶり〜!!」
暗黒な運河内に明朗な声が響く。
懐かしい声音、思わず胸が高鳴る。
「よっと、元気にしてた?」
オレの目の前に素零が着地する。
瞬間的に小柄な身体を全力で抱きしめる。
「素零!? 良かった……本当に良かった……。
戻って来てくれたんだな、嬉しいよ」
「うわっ!? どうしたのさ。んふふ……素零に会えてそんなに嬉しいの?」
素零は目を細めて嬉しそうな笑顔をみせる。
その顔を見てまた愛おしくなり、さらに強く抱きしめた。
「ああ、ずっと心配していた。でもどうして……」
「きっと、サラに対する想いを取り戻したからよ。
とーっても、素敵ね。これで何もかも完璧かしら?」
零奈と零終が仲直りし、素零まで帰ってきた。
素零の復活には必ず何か意味がある。それは間違いない。
だが今は考えるよりも幸福を噛み締めるよりも前にまず行動すべきだろう。
「いや、まだだ。零奈、お前のためにもやることがある」
オレ達は次の目的のために移動を開始する。
◇ ◇ ◇ ◇
「アレスティラ」
暗い闇の中にポツンと佇む少女。
零奈の母親。オレの世界を変えてくれた特別な存在。
「……もう二度と会うことはないと思っていました」
アレスティラは悲しげに呟く。
「あの日、オレに何かしたのか。教えてくれ」
「ワタシに対する思いを植え付ける強い呪縛をかけました。他にも色々と悪い事をしました。どうしようもない最低な女です」
後悔の念があるのかアレスティラは伏目がちに話す。
「それだけオレの事を考えてくれたんだろ?
全て水に流そう。そしてまた一から関係をやり直さないか」
アレスティラは伏せていた顔をそっと上げる。
今にも零れ落ちそうになっている涙を指で抜い、華奢な身体を引き寄せる。
「オレも悪かった。無意識にでもキミを傷つけていたのなら謝る。これ以上、一人で悩む必要はない。わかってくれるか?」
「え……でも、ハイ……」
アレスティラが小さく頷く。
まだこれで終わりではない。
ここからが何よりも大切な事。
「アレスティラは自分の考えを変えられた。
零奈も素直になっていいんじゃないか?」
「アレ、スティラ……」
困惑の表情で零奈はアレスティラを見ている。
小さな胸の中で葛藤しているのだろう。
二人の関係を修復してやりたい。
「零奈、本物のママだ、遠慮しないで甘えればいい」
「ワタシにはその資格はありません。嫌われていますから」
アレスティラも困惑している。
お互いに素直になれないのなら、オレが母娘のために後押ししてやれば良いだけのこと。
「そんな事はない。オレがこの子に新しい名前を付けようとした時、言葉にはしないが拒否をした。
アレが付けてくれた名前を気にいっているんだよ。
母親のことが心から嫌いな子供なんていない」
「本当……ですか? おいで、零奈」
アレスティラが両手を広げる。
今までに見たこともない笑顔。母親の表情。
零奈は一瞬戸惑いを見せて、すぐにアレスティラの胸の中に飛び込んだ。
「……ママ。ずっとこうして抱きしめて欲しかったの。
ごめんなさい。酷いことを言ってごめんなさい。
ママ、大好きよ。ママとも仲良くしてあげてね?」
「本当に……優しい子。わかりました。
ワタシが間違っていました。零奈、貴女を愛しています。
やり直しましょう。全てを」
絵に描いたようような幸せな光景。
母娘が絆を取り戻せて本当に良かったと思う
「んふふ。泣けちゃうね。でもこれでようやく三人揃ったね!
世界に見せてやろうか、素零達の本気をさ!」
素零がオレとアレの手を握りながら言う。
誰よりも思い入れのある大切な仲間がまた揃った。
もう怖いものは何もない。どんな困難にも負けはしない。
アレスティラは涙を拭い、そっと微笑む。
「素零、アナタにも謝ります。色々と申し訳ありませんでした」
「いいっていいって。ソレもあの時、君に声をかけられてほんのちょびっとだけ嬉しかったみたいだしさ。チャラにしてあげる!」
今まで生きて来た中で一番心が充実している。
やる気と活力がみなぎってくる。
オレはまだやれる。本気はまだ終わっていない。
「よし、じゃあ次だ」
「次って? いつになくやる気だねー!」
「言っただろ? 今のオレは本気なんだ」
◇ ◇ ◇ ◇
──存在の墓場。
「4番、今話した事は全て事実だ。
敵の親玉は29番の体を乗っ取り、死んだ同胞を甦らせて1番を抹殺しようと企てている。協力して事件を解決しよう」
円卓に座り、これまでの出来事を4番と7番に説明する。
出来れば二人の協力を得たいが、どう転ぶだろうか。
「……貴方が嘘を言うとは思えません。
大変なことになりましたね。一体誰がそんなことを……。
わかりました、全面的に協力しましょう。7番」
「ケッ! これは派手な戦争になりそうだな! 楽しみだ。
まずはメンバーの再編からだな。さて、どうするか」
「それなんだが、素零。ちゃんと謝るんだ」
背後に隠れている素零を4番と7番の前まで押し出す。
素零は以前オイタをしたせいで序列から外されていた。
今の状況なら心からの謝罪で許してもらえるかもしれない。
「悪い事してごめんなさい……許してください」
素零は頭を下げて4番と7番に謝罪する。
普段が生意気な分、素零の本気の謝罪は人の心を揺さぶる力が強いだろう。
「素零……。わかりました、全てを赦しましょう。
オレさん、今回の件で私は貴方の行動力と統率力に感服いたしました。奔放な素零や他者との関わりを嫌う5番がこの場にいる事が今でも信じられないくらいです。
貴方はバラバラになっていた同胞の心を一つにまとめた。
こんなことは今まで一度としてありませんでした。
貴方には私達を束ねる資格と力があります。
新たな2番になっていただけませんか。
出来れば貴方のお子さん達も仲間に迎えたいのですが」
断る理由はない。
オレを信頼してくれるというのなら期待に応えるまでだ。
「わかった、やらせてもらう。
ならばオレも貴女達を正式に仲間として迎えたい。
今後の活動のためにも同胞全てを10番街へ招待したい」
「ケケケケ! 2番様のお言葉なら従うしかないよな4番?」
「そうですね。我々以下、全ての同胞は貴方の意思に従うことにしましょう。全ては世界の平和のために」
「ああ、任せてくれ。後悔はさせない」
今この瞬間、オレは2番となり、同胞の全指揮権を握ることとなった。これで準備は整った。
オレを本気にさせたことを後悔させてやる。
どんな手を使っても、失ったもの全て取り戻す。
──反撃開始だ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。