恋の病。正式な告白。
美唯子の事で頭がいっぱい。何も思考ができなくなった。
オレはカウチに横になり、愛川恋凛のカウンセリングを受けている。
地球にいた頃、映画やなんかでよくみた光景だった。
自分には無縁だと思っていたが、実際やってみるとリラックスした気分で自由に話せるため心が楽になる。
「なるほど、それは一種の自己暗示ですね〜」
椅子に座った恋凛がカルテを眺めながら言う。
「自己暗示?」
「そう。話を聞いた限り、ペル様は今までミコが運命の人だというのを否定していた感じです。ですがそれを受け入れてしまった。
だから今は愛の思い込み状態。好き好きー! になってます。
運命の人だ、可愛い、守ってやらなきゃ! みたいな?」
カッと顔が熱くなる。
心当たりがあったし、実際に言っていたかもしれない。
「それは美唯子にも当てはまるのかな?
つまり、1番に運命と言われて仕方なくオレを思っているとか」
「ん〜。可能性はなくないですねー。
ウチが能力を使えば簡単にわかるんですけど、ミコって案外ガードが固くてぇ。でもちゃんと嫉妬とか独占欲の傾向もありますし、純粋な愛情表現だと判断するのが無難?
ペル様許して? ウチまだプロじゃないんで、答えが曖昧で……」
恋凛は座っている椅子のサイドテーブルにカルテを置いて、ごめんなさいと手を合わせた。
「いや、聞いてくれるだけでもありがたいよ。
もう一ついいかな。オレの弟子に品性がないのをなんとかしたい」
それだけ言うと恋凛は全てを察したようで、苦笑を浮かべる。
仁義は昔からあんな感じだったらしい。
「あー。仁義のバカですか。元々アイツは精神的に幼稚でしたし、彼女がいない分、知的好奇心を抑えられないんですよ。
だから、大らかな気持ちで、ガキがバカ言ってんなぁ、くらいで受け流すのがいいと思いますよー。
そこに目くじら立てて言い返すと器量の小さい人間だと思われて損しかありませんから。大人な対応? でいきましょう」
恋凛のアドバイスは的確でわかりやすかった。
つまり仁義の発言に対してムキになってやり合っていたオレは精神年齢的に男子高校生とそう変わらないのかも知れない。
「そうか、すごくわかりやすい。タメになるよ。
恋凛はカウンセラーに向いてると思う。応援するからな」
「えへへ。必要ならペル様専属になってもいいんですけどね。
できれば永続的に? 一生相談に乗ってあげたいグァッ」
「おっと悪い、邪魔するぜ」
恋凛が突然呻き声を上げて椅子から転げ落ちたので、確認すると背中の上に12番が乗っていた。
12番には敵情視察を頼んでいた。
12番は変身、擬態能力があるので間諜をさせるにはうってつけだったからだ。その帰り道、暗黒の運河の解除地点を見誤って恋凛の頭上から降ってきてしまったのだろう。
「ほんとに邪魔なんですけど……ゴスロリエニグマ……」
「水、偵察ご苦労様。どうだった?」
「最悪でございますです。復活した同胞全員が死後覚醒を果たしていて、零の螺旋に耐性を持っているらしいんだぴょん。
つまり宇宙崩壊の危機。この状況を解決できる奴がいるとしたら、1番くらいだろうな。絶望的すぎて笑えてきますわよ!」
水は恋凛の上から立ち上がり、服にかかった埃を払う。
落ち着き払った態度のように見えるが、顔は引き攣り、声は恐怖に震えている。
零の螺旋が効かないとなると、エニグマ一体倒すことも不可能だ。何か別の手段で対策を講じる必要がある。
「ヤバすぎるな。敵が行動を起こす前に戦力を強化して対策を練らないと絶対に勝てない。何か他に情報はあるか?」
「奴等の標的は美唯子。世界の運命を決めるような存在だとか言ってたな。死に物狂いで奪いにくるぞ。大切なら守ってやれよ。
疲れた。少し休んでくる。いいよな?」
水は心底疲れ切った表情で部屋を出て行った。
単身敵地に乗り込むことには慣れているだろうが、今回の任務は今までのものとは次元が違う。
一歩間違えれば容赦なく殺されていただろう。
12番には感謝してもしきれない。
「恋凛、次のカウンセリングはいつかな」
「ああ、ペル様ならいつでもどうぞ〜。……一応、友達なんで、ウチからもお願いします。ミコを絶対に守ってあげて」
オレは恋凛に感謝を述べて部屋を出た。
廊下を一人で歩いていると、なぜだか無性に美唯子に会いたくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
足が自然と動き、気づけば美唯子の部屋の前まで来ていた。
扉をコンコンと軽くノックする。
「はーい! あっ、ペル様!」
いつも通り、美唯子はオレを笑顔で迎える。
話がしたいと言うと美唯子は快くオレを部屋の中に招き入れ、扉の鍵をかける。
部屋中から美唯子の匂いがする。
甘くて優しくて、心が落ち着く香り。
この時点で心臓が壊れそうなほどに鳴っている。
何を言いに来たのかも忘れてしまいそうになる。
「……ペル様?」
美唯子がキョトンとした顔で首を傾げる。
何から話すべきかと思案する。
色々な言葉が浮かんでは消え、収集がつかない。
まずは曖昧な関係からハッキリとさせたい。
無の空間でオレは美唯子からの告白を妥協するように受け入れた。だから今でも正式に付き合っているのかすらわからない。
運命が壊されてなかったら、オレ達は今頃結ばれていた。
考える必要なんてない、オレには美唯子しかいない。
オレは美唯子だけを守りたい。
告白しよう。男として、ハッキリとしたオレだけの意思で。
「み、ミコ……えっと」
言葉が喉の途中で引っ掛かる。
オレと正式に付き合ってほしいの一言が言えない。
「……頑張って?」
美唯子がそっとオレの手を握る。
悟られているのか、美唯子が優しすぎて頭がクラクラする。
「み、美唯子、あの、オレは今まで……その……」
言っている途中で世界が反転した。
柔らかい感触に身体中が包まれる。
気づけば二人で床に倒れ、美唯子が胸の中にいた。
「覚えていますか? ペル様が望むなら、私も頑張りますから……」
熱のこもった艶やかな声。
オレが不甲斐ないから美唯子が勇気を出してくれたのだろう。
美唯子が運命の人で本当に良かった。
「随分と楽しそうじゃねーか。アタイも混ぜろや!」
今の声はオレでも美唯子でもない。
周囲を見渡すと、いつの間に現れたのか12番がオレ達を見下ろしていた。
「あ、いや、これはだな。なんだよ、疲れたって言っただろ!
お前は大人しく部屋で休んでろよ!!」
別に負い目はないのだが水に逆ギレしてしまった。
「極致模倣さん。さすがに私だって怒りますよ……やましいことはないので出て行ってくださーい!」
美唯子が珍しく怒っている。
クッションやぬいぐるみを手に取り12番に向けて投げつける。
水はエニグマなのだから物理攻撃は意味がない。
ぬいぐるみは水の体をすり抜けて壁に当たって床へと落ちた。
美唯子の怒り顔を見た12番が鼻で笑う。
「やましいことはない? 鍵をかけてヤル気満々だっただろ。
わかった、アタイが証人になってやるからハッキリしろよ」
水がオレに目配せする。「言ってやれ」そう伝えようとしているように感じた。緊張が解けて心が軽くなっている。
もしかすると水はオレを応援しに来てくれたのかも知れない。
「美唯子、今まで悪かった。オレと正式に付き合ってほしい」
驚くほどすんなりと言えた。
例え振られたとしても後悔はない。
「嬉しい……。はい、私こそお願いします! ペル様ぁっ!!」
もう何度目になるかもわからない。
美唯子がオレの胸の中に飛び込んでくる。
12番が見守るその中で、オレは美唯子をしっかりと抱きしめた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。