勇者と侍。漆黒桜花vs荒神大蛇。
──柔らかい。幸福な気持ちで目を開ける。
眠りから覚めたオレの顔を美唯子が覗き込んでいた。
「ペル様、平気ですか?」
「膝枕、ありがとう。刹那は?」
「どういたしまして! 今は國裂くんと戦ってますねー」
カンカキンキン。
美唯子が指差した先で剣線が乱舞している。
ぶつかり弾け、火花を散らす刀と刀。
刹那の剣筋は見惚れるほどに速く、美麗。
対する國裂も負けていない。
縦横無尽に襲いくる剣戟を直立不動で受け流している。
「アイツ、変なヤツだけど強いんだな」
土下座をし、涙目で詫びを入れていた姿が嘘のようだ。
「國裂くんは男子戦闘能力順位で一位ですからねぇ。
能ある鷹は爪を隠す、でしょうか。信長くんとは真逆です」
たった今、完膚なきまでに負けたドラゴンのさらに上。
その男と互角以上に戦っている刹那。
自分の弱さを痛感する。強くならなければならない。
「小競り合いはヤメだ。雌雄を決するぞ、信長」
刹那が後方へ跳躍し、國裂と距離を取る。
「信長は俺の兄さんなんだけどなぁ……」
國裂と刹那が同時に構える。
全霊の一撃で決着をつけるつもりなのだろう。
「漆黒──」
「──國裂武神流奥義」
両者の刀から閃光が迸る。
漆黒の波動と蒼炎の光芒。
解き放てば勝負が決まる。
伝説の勇者と鬼神の血を引く侍の最終決戦。
「桜花」
「荒神大蛇」
刹那の黒刀から放たれた無数の漆黒の桜が世界を覆い、木々や大地、果ては天まで全てを蝕みながら國裂に迫る。
迎え撃つは武神の闘気。
具現化した大蛇が神罰が如き威容と威力で何もかも呑み込んでいく。
「わぁ! すごいですねー」
「美唯子は呑気だな」
などと言っている場合ではない。
漆黒の桜と大蛇が衝突すると、世界は黒と蒼の光に包まれた。
瞬間、刹那と國裂は刀を強く握り、ほぼ同時に飛び出す。
二つの影が交差する。
「──クッ……」
先に着地した刹那が苦悶の表情で崩れ落ち、片膝を付く。
カランと音を立てて黒刀が大地に落ちる。
その様子を仁王立ちで悠然と見つめる國裂。
「ハッ! こんなに強い剣士は、後にも先にも……アンタ……だけ、だっツーの……」
國裂の巨躯がゆらりと揺れる。
その後、数秒もしないうちに大の字で地面に倒れた。
「やった! セッちゃんが勝ちましたー! わーい!」
美唯子が喜びを全身で表現している。
息が詰まるような攻防だった。
刹那の勝利を信じていたが、紙一重だったのも事実。
だが戦闘能力順位の一位と二位を撃破することが出来たのだから、一先ずは安心できるだろう。
「刹那、すごかったな。ご苦労様」
労いの言葉を掛けると刹那は鋭い眼光でオレを見据える。
「気を抜くな。何かくる……とてつもない邪悪だ」
刹那は刀を拾い、すぐさま構える。
直後、空間が引き裂かれた。
暗黒の運河だ。エニグマが中から出てこようとしている。
気配から察するに12番ではない。
周囲の空間が歪んでいく。
今から登場する人物を拒むように風が吹き荒び、鳥たちが一斉に木から飛び立ち、雷鳴が轟く。まるで世界が拒絶反応を示しているようだった。
「刹那、なんかヤバくないか? アレスティラかな」
「いいや、違う。力を感じるだけで頭がおかしくなりそうだ。
場合によっては世界が終わる。覚悟だけはしておけ」
「やっぱり、やばいよな。美唯子はオレの後ろに隠れてろ」
暗黒の運河からゆっくりと人が出てくる。
「……オレさん」
「嘘、だろ」
その正体は意外な人物であった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。