ウチと秘密の関係に。愛川恋凛は奪いたい。
「あちゃ〜。こうなるのか〜」
見覚えのある白の空間。間違いなく無の世界だ。
目の前には見覚えのない女の子がいる。
恐らくは新人類。オレに何らかの能力をかけた人物だろう。
「あの〜? これってマズイ状況ですか? 何かわかります?
あっ、ちなみにウチは恋凛って言います。ミコの友達です」
恋凛と名乗った少女はオレの機嫌を伺うように話しかけてくる。
「……ここは無の空間。世界の隙間だ。脱出は不可能。
多分、オレが無理矢理キミの能力を破ろうとしたから、世界に不具合が生じたんだと思う」
「なんか、ごめんなさい。ウチの能力はまだ発展途上でして」
「どんな能力なのか教えてくれると助かる」
恋凛の能力について説明を受ける。
対象を一人決めて独自の世界を作り上げ、状況や環境を自在に操ることができるらしい。使い方によっては戦闘でも有用だ。
年齢操作や精神支配は素の戦闘能力に関係なく作用するため、磨けば光る逸材かもしれない。
「なるほど、面白い能力だな。オレの記憶を探る手がかりになるかもしれない。もしよかったら仲間になってくれないかな」
「それは全然構わないですけど、ウチら脱出できないんですよね」
本来ならば無の空間からの脱出方法は存在しない。
だが今は無の空間を管理、支配している12番が仲間にいる。脱出は容易だろう。
「いや、脱出できる。普通の人間なら詰んでたけどな。
キミがオレの仲間になるなら脱出させてあげるよ」
「──あっ……お兄さん、よく見るとイケメンですね……。
ミコが選ぶだけのことはあるなぁ……。モロタイプ……。
奪いたい……ダメダメ! 友達の彼氏だし……」
恋凛がジロジロとこちらを見てくる。
心なしか辛そうな表情で、何か葛藤しているようにも見えた。
「あの、一つお願いしてもいいですか?」
「ん? 何かな」
「ミコとデートしてあげて欲しいんですけど?
できればまた高校生に戻っていただいて」
「は?」
「あ、あのですね、運命の恋人同士のサンプル調査というか、叛逆者さんとミコは性格的に相性完璧なんですよ。
ですが高校生の時のアナタはミコに苦手意識を持っています。
なので、どういう科学変化、感情の推移を辿って好き合っていくのか、個人的にとても興味があるんですよね」
「いや、多分無理じゃないかな。若い頃のオレは相当捻くれてるし。……まぁいいか。だがオレにも条件がある。
9番の居場所と新人類の情報が欲しい。いいかな」
今回の一件で新人類の能力は十分に脅威だとわかった。
一人一人相手にしていたらキリがない。
やはり情報を得て直接9番のもとへ向かうのが得策だろう。
「……わかりました! でも条件はやっぱり変えていいですか?」
「別にオレはなんでもいいけど」
「お兄さん、ウチと今からデートしません?
考えてみれば、自分が本気の恋愛をしたことないのに人のカウンセリングするなんて説得力ないですよね?
お兄さんがミコと付き合ってるのは知ってますけど……。
恋愛のフリ! フリだけでいいので練習させてください!」
「能力を使うんだろ? オレの記憶には残らないし、意思も反映されないみたいだから、好きにしていいよ。フリだけなら演技するみたいなものだろうし、昔のオレに任せることにするから」
「やった! じゃあ能力使いますねー!
設定はやっぱり同級生、お兄さんは奥手みたいだから……。
公園、映画、遊園地……ウチの魅力を引き出せそうなのは……」
将来のための模擬練習に付き合うくらいは何も問題ない。
問題があるとすれば高校時代の自分が失礼をしないか、それだけが心配だった。
◇ ◇ ◇ ◇
7月中旬。茹だるような暑さの中を生暖かい風が吹いていき、不快な気分をさらに増長させる。
「最悪だ……どうしてこうなった……」
陽神美唯子と一緒に食事をした愛川恋凛と縁日に出かけることになってしまった。考えてみれば女性と二人で遊びに出かけたことなどない。しかも相手はギャルで苦手なタイプ。
早めに切り上げて家に帰ろう。リア充の真似はオレには無理だ。
「あっ! いたいたー! お待たせーッ!」
浴衣姿の恋凛が手を振りながら駆けてくる。
どうして陽キャは人前で平気に大声を出せるのだろうか。
最初から羞恥心という概念が存在しないのかも知れない。
「別に待ってないし、オレは帰りたい」
「またぁ、照れないでー! それよりどう? 浴衣似合うかな」
恋凛はその場でクルリと回り、オレをからかうような笑顔を見せる。
普段の姿からは想像もできない行動に、不覚にも胸がときめく。
「……うん。よく似合っていると思う」
「良かったぁ! さ、行こう?」
手を差し出して屈託のない笑顔を見せる恋凛。
オレに手を握れということなのだろうか。
当然ながら拒否をする。クラスメイトにでも見つかれば嘲笑の的になるだけだ。
黙って歩くオレの後を、恋凛は静かについてくる。
背後からカランコロンと下駄の鳴る音が聞こえて心地いい。
「ねー? 何か食べない? あ、金魚すくいとか楽しそー!」
さっきから恋凛がやたら声を掛けてくる。
普段ボッチのオレにはどう対処していいのかわからない。
しばらく無言で歩いていると恋凛の声が聞こえなくなった。
呆れて帰ってしまったのかもしれない。
これでいいと思う。一人のほうが気が楽だ。
歩みを止めて、星空を眺めていると服の袖を引っ張られた。
ふっと後ろに振り返る。
「ほら、リンゴ飴買ってきた。一緒にたべよ?」
手にリンゴ飴を二つ持った愛川恋凛が微笑む。
優しい。オレを見捨てなかった。何が目的だ。──嬉しい。
「ありがとう……」
「うん、よろしい。もっと素直になれよなー」
神社の石段に座り、二人でリンゴ飴を食べる。
カップルとかデートとか色恋に興味なかった。他人が話しているのを聞いて馬鹿にしていた。
今は少しだけ気持ちがわかる。心が満たされている。
「どうしてオレなんだよ。教室でも空気みたいだろ」
「一目惚れかもね? あはは、冗談だよ。キミは寂しいんだよね。人と接したいけど上手く交流できなくて、虚しさだけが募っていく。ウチが守ってあげたいな。不器用なキミを、素敵なキミを」
心を見透かされているような気分だった。
的確に感情を揺さぶられ、泣きそうになる。
「今まで、こんなに優しくされたことはなかった。でも……」
「急には変われない? わかるなぁ……キミの気持ち。
ならさ、ウチと秘密の関係にならない?
公言しなくてもいい、ウチとキミだけの秘密……ね?」
──口、リンゴ飴、ついてる」
恋凛が顔を寄せてくる。
唇と唇が触れようとしている。
普段のオレなら咄嗟に顔を背けるだろう。
だが今は魔法にでもかけられたように身体が動かない。
「ペル様ぁ! あ、ラブリン偶然だねぇ!? 遊びに来てたんだ!」
明るい声音の陽神美唯子。
意識が朦朧とする。考えることが億劫になっていく。
「……ミコ。へぇ、ウチの許可なく干渉できるんだ。やるなぁ」
「ペル様、これは悪い夢ですよ。偽りの感情に流されてはいけません。さ、9番さんの救出に戻りましょう!」
オレの手を取り美唯子が言う。
オレは美唯子が。美唯子はオレの。
「ミコ、話がある。女同士の真剣な話だよ。思考OFF」
《思考OFF》
「ペル様はオモチャじゃないから、感情を弄るのはやめて」
「悪いけど、この記憶は消さない。彼の中で今日の出来事は大切な真実の思い出になる。ウチもペル様に惚れたから、彼の一番になりたくなったの。運命なんて関係ないよ」
「ご自由にどうぞ? 元からライバルは多いなって、思っていたから。今更何人増えても変わらない」
「ふーん? へー? ミコはさすがに運命の人だね、余裕あるなぁ。でも必ずウチが奪ってみせる。これからはライバルだね?」
「ペル様は私の運命の人。絶対に譲らないし負ける気はない。
──これもペル様の正体に関係している能力だよね……。
ラブリンが友達思いの優しい子だって知ってるから。きっとペル様の魅力に飲まれてしまった。私が頑張らないと」
最後まで読んでいただきありがとうございました。