学園ラブコメは日常系の中で①。最近やたら告白されるのだが何かがおかしい。
高校一年生になってから数ヶ月が経った。
見知らぬ他人がクラスメイトとなり、あるいは気の合う友となり、学級内での序列もなんとなく決まった頃。
オレ────は学園のアイドルである零華に突然呼び出されていた。
アレスティラ・ミスティアレ・零華。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。
それに加えて性格も良く、周囲への気配りも欠かさない。
老若男女問わずに零華は人気だ。
零華に言い寄る男は星の数ほどいる。
放課後の校門前は思いを告げるために男達が毎日列をなす。
告白する権利は誰にでもある。玉砕覚悟で特攻する輩が後を絶たないのも男として理解できる。
告白される度に零華は「興味ない」の一言で男達を屠っているらしい。結果としてついたアダ名は星屑殺し、鉄壁の戦乙女、殺戮の女神様など、キリがないほどにある。
そんな零華とは対照的にオレはずっとクラスカースト最底辺。地味で印象に残らないけど多分いい人、という印象だろう。
他人とつるむのも好きじゃなく、授業が終わればすぐ直帰。
放課後は基本的に家で過ごして、習い事の時だけ外に出る。
そんなことを続けていれば絵に描いたようなボッチになるのは当然だった。
待ち合わせ場所の廊下には既に人だかりが出来ていた。
零華の周囲には信じらないほどの数の男達が群がっている。
まるで人の洪水だ。男達の荒波を掻き分けるようにして前進し、零華の前に歩み出る。
「──やっと来てくれましたね。待っていました」
時間に遅れてやってきたオレを零華は優しく迎えてくれる。
世界を照らすような眩い金髪、宝石のように煌めく紅色の瞳が零華の美しさを一層際立たせている。
男を自然と惹きつける美貌。空から天使が降って来たのかと錯覚しそうになる。
「零華さん。なんでこんな冴えない男を呼び出したんですか」
群れの中の男一人が信じられないといった表情で零華に話しかける。零華が冷徹な声で「黙って」と言うと、男は沈黙した。
金魚のフンのようについてくる男達に辟易としているのか、零華の機嫌は悪いようだ。だがそれでも零華に返事をされた男は口角を上げ、ニヤニヤと微笑んでいた。
「あの、オレを呼び出した理由は何ですか」
「単刀直入に言います。
ずっとアナタが好きでした。ワタシと付き合ってください」
一瞬の静寂。
その後、男達のざわめきが広がっていく。
頭の中が真っ白になる。学園のアイドルに告白された。
何かの冗談かと思い、ふっと零華に目を向ける。
零華はお淑やかな笑顔でこちらを見つめていた。
オレには荷が重い。正直な感想だ。
学園一のアイドルの相手を凡夫のオレにできるわけがない。
嫉妬心に駆られた取り巻きの男達に夜道で襲撃され、アイスピックで背中を刺されるのがオチだろう。
「零華さん、ごめん。オレにキミの相手は務まらない。
オレはそんな立場じゃないんだ。付き合うことはできない」
オレは零華の申し出をヤンワリと拒絶する。
再び訪れる静寂。
廊下は水を打ったように静まり返る。
「そ、そう……。そうですか。ワタシが最初なのに……。立場なんて、関係ない……のに」
涙ぐみ、震える声で零華は言う。
それから数秒もすると廊下はパニック状態となった。
ジュースの空き缶や上靴が次々と飛んでくる。
「テメェ! ふざけんなよ!!」
「零華さんの申し出を断るとは、いい度胸じゃねーか!?」
「我慢ならねー! 叩き潰してやる!!」
取り巻きの男が拳を握り込んで襲いかかってくる。
「こんの──クソ野朗が、はぇっ!?」
迫り来る拳を捌いて腕を取り、一本背負いで投げ捨てる。
男の身体が宙を舞う。
地面に倒れ込み、ガックリと項垂れる仲間を見て他の男達も奇声を上げながら襲いかかってきた。
鳩尾を殴りつけ、掌底を顔面に打ち込む。
ローキックで挙動を止め右側頭部にハイキックを叩き込む。
迫り来る男達を数人あしらうと誰もかかってこなくなった。
身体が自然と動いていた。
凡人のオレにこんな事が出来るわけがない。
何故だか急に怖くなり、オレは逃げるようにその場を離れた。
◇ ◇ ◇ ◇
階段を一気に駆け上がり、屋上へと出る。
呼吸を整え、気持ちを鎮めるために空を見上げる。
「どうした? 何か大変な目にあったのか」
声の主を一目見て、ハッと息を呑む。
──黒崎刹那。
一学年上の17歳。女子剣道部主将。
流れるように美しい漆黒の長髪。
キレ長の目、整った顔立ち。
スラリと伸びた手足、身長が高くスタイルも抜群。
凛とした態度、透き通った声音。
大和撫子、剣術小町、黒の剣姫などと呼ばれている。
男子生徒の人気もすごいが、女子生徒からの支持が圧倒的だ。
「先輩!? いや、あのなんだかよくわからなくて。
まるで悪い夢でも見ているような……」
「……そうか。なら、私が目覚めさせてやろう。
──黒の弾丸」
先輩の指先から漆黒の弾丸が飛び出した。
まるで漫画だ。オレの身体がまた自然と反応する。
「刹那!? クッ、──雷撃弾!」
オレの指先から紫電の弾丸が飛び出した。
白と黒の弾丸が衝突し、相殺する。
懐かしい気持ちになる。何かを思い出せそうだった。
《秩序が乱れます。やり直してください》
「先輩!? いや、あのなんだかよくわからなくて。
まるで悪い夢でも見ているような……」
「やはりダメか。能力者を探し出す必要があるようだ。
……その、なんだ。お前は今、交際している相手はいるのか」
視線を彷徨わせていると、不意に先輩と目が合う。
何事にも動じることはないと思っていた先輩の強さを象徴するような綺麗な黒い瞳が、今は躊躇いを隠せないように揺れ動いている。
「いや、多分、今はいない……? と思います」
「そうか。私はお前を好いている。
パートナーになってはくれないだろうか」
ドクンと心臓が跳ねる。
また告白された。しかも憧れの刹那先輩に。
世界が静寂に包まれる。先輩と二人だけの時が流れる。
「あの……オレは──」
言いかけた時、オレの言葉を遮るようにバタンと大きな音が聞こえ、世界の静寂を打ち破られる。
「ちょっと待ったぁ! 私を忘れてもらったら困りますー!」
屋上へ出るための扉を開けて大声を出していたのは同級生の陽神美唯子だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。