オレと刹那と魔法と死闘
オレは空の空間遺跡の中を疲れた様子で歩いている。
「どうしたというのだ、白衣の男化け物が死んでから様子がおかしいぞ」
厳しさと優しさの色が混じる表情で刹那が聞く。
オレは胸の辺りを摩りながら刹那の顔を見つめた。
「自分でもよくわからない。
心にポッカリ穴が空いたような感覚を拭えないのがキツイ。
今もまた泣きそうになってる」
「精神的負荷ショックで錯乱しているのか。
そんな時は体を動かして何もかも忘れてしまえ。力をやると化け物が言っていたな、丁度いい、試してみよう」
「試すって、どうやって? オレは魔法なんて使えないぞ」
「いや、あの男の力を受け取った後、お前に雷の属性が付与されるのを私は感じた。私の世界では五大元素、火・水・風・雷・地の力を行使するのは戦闘の基本だ。教えてやるから心して聞け」
「わかった。もうお荷物は嫌だしな。教えてくれ、頼む」
オレが一字一句聞き逃すまいとする真剣な表情を浮かべると、刹那は魔力を集中し掌の上に小さな黒炎を生み出した。
「まず自らの体に流れる内なる力を探れ、そして引き出すのだ。
心の引き出しから必要なエネルギーを選択し、手の先でも指先でもいい、このように一カ所に集めて放出するのだ」
オレは刹那に倣い、掌を突き出し集中する。
「簡単に言うなよ……そんなことがすぐに…………ォワアッ!?」
オレの腕全体から凄まじいまでのエネルギーが放出される。
オレの腕はまるで荒れ狂う暴風のようになっていた。
魔力の放出が止まらない。
腕から飛び出した雷が、行き場を求めるように天まで上昇していく。しばらくすると空に蓄積された雷のエネルギーが龍の形を形成し暴れ回っていた。
「どうやって止めるんだよこれは!! 刹那、止めてくれ!!」
「これだけの時間魔力を放出しているというのに、魔力が枯渇する様子がない。素晴らしい、やはり化け物の力か……これで下級の存在だというのだから、笑えないな」
刹那は感心した様子でオレの腕と頭上で暴れ回る光龍を交互に見て、次の瞬間には高く飛び上がり黒刀で龍の首を切断した。
耳を劈くような雄叫びを上げながら龍が消滅すると、オレの腕から放出されている雷もピタリと止まる。
「よし、力の発現には成功したな。では第二段階だ。
今から私がお前を撃つ。お前は力を瞬時に引き出し相殺しろ」
「いや、そんな……いきなりは無理だって」
「泣き言は聞かん。私の魔法は五大元素に含まれない闇と炎の混合だ、当たれば痛いぞ。──黒の弾丸」
撃ち放たれた弾丸を止めようにも、オレは雷の放出を上手くコントロールできない。
突き出した腕から流れ出る電撃は先程のように暴れ回ることはなかったが、今度は分散し、散り散りとなり即座に消えていく。
闇の弾丸が次々と被弾するが、刹那が威力を手加減してくれているからか被弾したオレの表情を苦痛に歪める程度で済んだ。
「実戦なら既に死んでいるぞ、次は本来の力で撃つ。死ぬ気でやれ。雷を恐れず、意のままに支配しろ。お前の力だ、臆するな」
魔力の弾丸が真っ直ぐに飛んでくる。
オレは刹那を真似て右手を前方に突き出し、指先に魔力を集中する。
「──雷撃弾! やったぞ! 成功だ!」
オレの指先から雷の弾丸が飛び出した。
雷撃弾は刹那が放った魔弾とぶつかり相殺する。
「よし、いいぞ。次だ。この棒切れを雷の力で包み込め。力の応用だ。別の物資に雷を纏わせ維持しろ」
オレは言われるがままに木の棒全体に雷を這わせていく。
雷を纏った棒切れはバチバチと閃光を放ち、周囲の空気を捻じ曲げるほどの熱量を帯びている。
「そのまま振り下ろせ、この岩石を斬ってみろ」
オレが巨大な岩石に向けて雷の棒切れを振り下ろすと、まるで包丁で豆腐を切るかのような滑らかさで岩の塊を両断する。
「雷の力は柔軟性に優れている。攻撃だけでなく、危険察知、人体活性、様々な用途に応用可能だ。それ故に扱う者のセンスが問われる。私の教えはこれで終わりだ。後は実戦で学ぶといい」
短い時間に力を放出し続けたオレは、その場にヘタリ込み謝辞を述べると、刹那は黙ったまま微笑みで返した。
「……師弟愛には見る者を感動させる魅力があるな。美しい」
オレと刹那が同時に声がした方へと視線を向ける。
そこには黒のスーツを見に纏い、サングラスをかけた白髪の男が佇んでいた。
「お前は刹那が住んでいた世界を消した男だな」
「イカにも。過去で会ったばかりだね。
こんな野外ではなんだ、場所を変えようかね」
男が指を鳴らすとオレと刹那の体が重量を無視して浮き上がる
猛烈な勢いで空へと上昇していく途中でオレの意識は途絶た。
◇ ◇ ◇ ◇
オレの意識が戻ると、いつの間にやらベッドに寝かされ見知らぬ天井を眺めていた。
目の前に見えた扉を開いて外へと出ると、隣室から同時に飛び出してきた刹那と目が合う。
部屋を出た先は吹き抜けになっており、どこまでも高い天井にガラス貼りの屋根、螺旋階段が目に入り、各階には無数の扉が並んでいる。
オレは超高層ビルの中にでも連れてこられたのだと考える。
「乱暴にしてしまい申し訳ないね。この場所は空の空間の中枢。君達がソレを救出するために到達すべき最終目的地だよ。ソレは最上階にいるよ。たどりつければの話だがね」
オレと刹那を連れてきた男がゆっくりと階段を降りてくる。
「侵入者をわざわざ引き込むとはいい度胸だな。目的は何だ」
「自己紹介から始めよう。私は■◇◇◇】。
君達にも理解できるようにエド・ワン・ドリーと名乗る事にしよう。本来は3番と呼ばれているがね。
主な役割は破壊と創造。以後お見知り置きを」
階段を降り切った男が手近にあった椅子に腰掛ける。
エドと名乗った男を見た刹那が怒りの表情で刀に手を掛ける。
「名前など、どうでもいい。今度こそ貴様を斬る」
「やめろ刹那。今のオレ達じゃ絶対にアイツには勝てない。冷静にいこう」
オレが刹那を制止するのを見て、エドが嗤いながら拍手をする。
「実に懸命な判断だ。やはり君は見込みがあるよ。君は面白い存在だし、そうだな三つほど質問に答えてあげようか」
男は指で三と提示し二人を交互にみる。
「なぜ世界を破壊する。お前達の目的はなんだ」
「破壊破壊とそこだけ強調すると、私が悪者のようになってしまうではないかね。むしろ私は世界を救っているのだよ?
目的は君達人間には理解できないだろうから言わないよ。
次からはもっと意味のある質問をしたまえ」
エドが言い終わるより早く、オレを押し退け、刹那が一歩前に出る。
「貴様、生き物でも事象でも概念でもないな。今この場で正体をハッキリと明かせ。必ず殺す方法を見つけてやる」
怒りに震える声で刹那が言う。
エドはめんどくさそうに嘆息した。
「私が名前を名乗ったとき、君達には聞き取れたかね?
全く程度の低い存在というのは実にタチが悪い。
では特別サービスだ。我々は君達がよく知っている存在だよ。
水や空気よりも馴染みが深いだろうね。
我々は存在しているがこの世に存在していない。
だからといって、時間や魂や幽霊のような単純なモノではない。
モガキ、クルシミ、チエを絞りたまえ。さすれば答えはでる」
エドが挑発でもするかのように捲し立てる。
この男はまともに返答をするつもりがないのだとオレは判断した。
「オレ達はソレを助けてこの世界を去りたい。
最後の質問はオレ達を通す気はあるのかだ」
オレが言うとエドはサングラス越しに笑顔を見せる。
サングラス越しにもわかる下卑たいやらしい笑みだった。
「私は少々退屈していてね。最後の質問の答えは君達の誠意しだいになるだろうね」
「わかった。何をすればいい」
「よろしい! 実によろしい!!
聞き分けの良い子は私は好きだよ。では本題に入ろうか!!
私は退屈だ。退屈で退屈で仕方がない。
何をしても私の心は満たされない。
私は世界を巡り、命も世界も、数えきれないほどに消した。
与えられた任務を忠実にこなせば何かが埋まると思っていた。
何かが芽生えると思っていた。しかし現実は違った。
嗜虐心すら満たされることはなかった。
そして気がついた。私の心は完全なる【無】なのだとね」
エドは椅子から立ち上がり、二人の周囲を回りながら、演説でもするかのような軽妙な語り口で言葉を紡ぐ。
「貴様の胸糞悪い自己分析など聞きたくはない。結論から話せ」
吐き捨てるように刹那が言うが、エドは表情一つ変えずない。
「君達の師弟愛、非常に興味深い。
最初は対立し合っていた者同士が奇妙な因果で巡り合い、いつしか心を育んでいる。美しいではないか、妬ましいではないか。
だから私は君達が大切に育んだ心が散る様を目の前でみたい。
育んだ心の散り際に咲くのは、果たして怒りか悲しみか。
もしくは希望、絶望? その究極ともいえる真理を知ったとき、私の心は満たされるのだと確信している。
さぁ、殺し合ってくれ。今、この場で」
エドは大手を広げてオレと刹那を見つめる。
オレは反発の表情でエドの顔を睨みつけた。
「完全に狂っている。お断りだ、殺し合いなんて絶対にしない」
「何を勘違いしているのかね。君達に拒否権は無い。
私の申し出を断るなら、その瞬間に二人共消してしまうからね。中途半端は駄目だよ? どちらかの命が潰えるまで、完璧にやってくれたまえ。生き残った一人を最上階まで連れて行ってあげよう」
軽い沈黙を挟んで刹那が動く。刀に手を掛け、オレを真っ直ぐに見つめ、戦闘態勢を取る。
「……仕方がない。やるぞ、死合だ」
「刹那!? 冗談だよな?」
刹那の目が本気だと告げていた。
「私は常に本気で生きている」
刹那が黒刀を抜き、上段に構えて勢い良く振り下ろす。
オレは咄嗟に両腕全体を雷でコーティングし交差する事で斬撃を受け止めた。
受けられることを想定していたのか、刹那はオレの腹部を魔力で補強した足で蹴り上げる。
オレの体は高く舞い上がるが空中で静止する。
「上手くいった、飛べるぞ。思っていたより便利だ。雷の力は」
空中に浮遊しているオレを刹那が見上げ、軽い動作で跳躍すると風に舞う羽のように軽やかに飛び上がり、一瞬で目前まで迫る。
刹那は空中で横回転し、魔力を足へと集中させ回し蹴りを放った。オレの体は勢いよく飛んでいき、壁に激突する。
時間差で壁にヒビが入り、直後に砕け、大穴が開く。
オレは超高層ビルの側面近くを落下していく。
地面まではまだ遠いが、それでも落下速度を考慮すると地面に到達するまでの時間は僅かしかない。
オレが思考を巡らせているとビルに開いた大穴から刹那が飛び出してきた。
刹那自身は落下しながら拳に魔力を収束、圧縮していく。
上空に黒く耀く魔力が唸りを上げ、逆巻く奔流となり、今にも解き放たれようとしている。オレも刹那に倣い、自身の全てのエネルギーを雷に変換し、拳の中に収束させていく。
「──刹那ァァアアッ!」
「黒滅波動ッ!──」
白と黒の光が同時に解き放たれ、衝突する。
雷の波動と闇の波動が接触した瞬間、激しい衝撃と閃光が周囲に飛び散った。
必死に歯を食いしばり出力を限界まで上げるオレの表情も、髪を靡かせ魔力を繰る刹那の威光も、光の中に飲み込まれていく。
光の余りの激しさに相手の姿も見えない中、互いに最後の力を振り絞り放たれた魔力の激突による反動と衝撃で、両者の体は弾じかれたように吹き飛ばされた。
いつしか空の空間に雨が降ってきていた。
オレは生きていた。
致命傷はない。しかし魔力と生気が枯渇し、まともに身動き出来ず、戦闘不能状態になっている。
力無い瞳で天を見つめ、大粒の雨を一身に受けているオレのもとに刹那が歩み寄る。
「付け焼き刃にしては見事な戦いぶりだった」
「オレは負けたのか……。ソレのこと頼むよ」
最後の力でオレは言葉を発する。
段々と瞼が重くなってくる。全身から力が抜けていき、抗うことのできない眠気が襲ってくる。
「……今だけは本音で話そう。私はお前を殺したくない。
今まで行動を共にしてきた中で愛着すら湧いてきている。
だから私は賭けに出ることにした」
言葉を返す気力も体力もなく、オレは黒刀を抜く刹那を黙って見つめることしかできない。
「もしこの賭けに負けたら、私もすぐに自害する。
お前を一人で逝かせはしない。私は私を信じる。許せ……」
刹那は倒れているオレの心臓目掛けて黒刀を深々と突き立てた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。