オレと刹那とイタズラ美唯子。今から三人で合体しましょう。
鬱屈した気持ちを切り替えるため、夜風に当たろうと城を出る。
小高い丘の上で深呼吸。肺に新鮮な空気を取り込み世界を見渡す。月は大きく、街は宝石のように煌めいている。
「綺麗な星だ。私の故郷を思い出す」
後方から声が聞こえ、振り返ると刹那が立っていた。
漆黒の髪が夜風に靡いている。現実離れした美しさに思わず息を呑む。
「もう刹那の星だよ。ずっとここで暮らしていこう」
「随分と口説き上手になったものだ。何か心配事でもあるのか」
悟られぬようにしていたつもりだったが、勇者の目は誤魔化すことはできないらしい。
「なぁ、刹那は自分が誰かに操られていると思ったことはないか」
「ない。私の運命を決めるのは私だけだ」
刹那が即答する。意思の強い女性だ、最初から答えはわかっていた。オレはポツポツと今までの出来事を語りだす。
途中、刹那は訝しむように目を細めたり、何か考えるように指を額に当てたりしていたが、オレの話を最後まで黙って聞いていた。
「刹那はどう思う。オレはどうしたらいい」
「聞いた限りだと美唯子が怪しい。だがそれも作為的だ。
全ての要素が美唯子を悪人に仕立てようとしているように感じる。単純なミスリードだよ。黒幕は別にいる」
刹那と同意見だったことに安堵する。
オレも美唯子を陥れるための罠ではないかと考えていた。
美唯子の能力が刷り込みである事を認識させ、強調する事で疑うように仕向ける。世界を操ろうとする者達は狡猾だ。
騙されてはいけない。美唯子を信じたい。世界を救いたい。
そのために出来る事は全てするべきだ。
「刹那、オレのこと好きか? つまり、愛しているかな」
「なっ、ふざけるな。突然何を言うか、バカモノ!」
ゴチンとゲンコツで殴られる。過去を思い出して懐かしい気分に浸る。
「──イッツゥ! オレを殴れる女性は刹那だけだな……」
「鉄仮面の話だな。全てを手に入れろと。だがお前は複数の女性と関係を持つことには抵抗があると言っただろう」
刹那は冷徹に言うが、途中、何度も横目でチラリとオレの様子をうかがうように見ているのに気がついた。
オレの意思が弱かったせいで素零が世界から消え、サラと紫苑が消息不明になった。
鉄仮面の言葉通りに全て手に入れる事で大切なものを守れるなら、自分の意思に反してでも対策を講じるべきだと考えた。
「刹那、真剣なんだ。オレはキミを守りたい。答えてくれ」
「────ッ……。貴様はどうなんだ。つまり、私をどう……」
「オレは最初からずっと気にしてたけど? 刹那は綺麗だし……イッタァ! 痛いって……」
二発目のゲンコツが飛んできた。明らかにさっきより力が込められている。刹那は顔を伏せていた。オレのことをどう思ってくれているのか判断できない。
「刹那、返事をして欲しい。イヤなら諦める」
「私は……既に応えている。
お前を好いているとハッキリ言った。あの時も、お前が強く言っていたら、私は……」
刹那は頬を赤らめながら言って、オレから視線を逸らした。
刹那のこんな表情は初めて見た。伝説の勇者といっても中身は年相応の普通の女の子なのだと認識したとき、オレの心臓は躍動し、身体が一気に熱くなる。
「刹那、抱いてもいいかな」
「断りを入れるな。……好きにしろ。──ッ」
オレはそっと刹那を抱きしめる。
刹那もオレの腰に腕を回して小さく吐息を漏らす。
打算ではない。オレは純粋に刹那を想っていた。
最初は憧れの感情。強者に対する敬意。歪な師弟関係。
世界の悪意からオレが守らなければならない。
「ペル様ぁー!!」
遠くから美唯子の声が聞こえてくる。嫌な予感がした。
「──ッ離れろ! バカモノォッ!」
予感は的中する。刹那はオレを全力でぶん投げた。
勇者の力は凄まじく、数メートルは軽く飛んだと思う。
「ペル様?」
逆さまにひっくり返ったオレを美唯子がキョトンと見下ろしている。刹那は照れと怒りが混ざり合った表情で襟を正していた。
「美唯子、何かあったのか?」
「あっ、はい! ペル様、今から私と合体しませんかぁ?」
瞬間、風が吹き抜けた。闇夜の中を影が駆け抜ける。
「わっ! 刹那さん!? ペル様助けて〜!!」
美唯子が喚いている。視線を向けると刹那が鬼の形相で美唯子の首に黒刀を向けていた。
「貴様、ふざけるのも大概にしろよ。斬り捨てるぞ」
「あ、嫉妬ですかぁ? なら、三人でやりましょうよー!」
美唯子の言葉を聞いた刹那の眉間にさらに皺が寄る。
美唯子の度胸はどうかしている。そこが長所でもあるのだが、この状況では短所でしかない。
「美唯子、合体ってなんだよ。刹那がマジでキレてるから、順序立てて説明してやってくれるか」
美唯子は舌を少しだけ出して悪戯っぽく微笑む。
「ですからぁ! 私とペル様と刹那さん。今から三人で合体するんです。きっとスッキリしますから!」
間違いなく確信犯だ。
刹那の怒りのボルテージが上がっているに違いない。
美唯子は刹那が拳を震わせているのを見てクスクスと笑っている。
「冗談はこれくらいでー! ペル様、同調です。私の能力と絡めれば、多分ですけど真相に近づけますから!」
美唯子は得意気に胸を張る。面白い考えだと素直に思った。
オレは今から三人で合体することを決めた。
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