私達で宇宙を支配しちゃいましょう。二人の美唯子に愛される。
「美唯子の能力の真髄は刷り込みだ」
vs水戦。今までのエニグマとの戦闘経験から、いくつかわかっていることがある。まず完全に殺す方法は今のところ零の螺旋しかない。そして物理、遠隔攻撃共に基本は無意味だが例外はある。
原理は不明だが対峙しているモノの戦闘技量に応じて、ダメージを通す事ができる場合があるのだ。
それも両者の戦闘能力の差が激しい程、その効果は顕著に現れる。15番と戦った刹那、3番と戦った29番の戦いがまさにそれだ。
しかしダメージを通せても結果的に倒すことはできないのだから余り意味のない考察かもしれない。
今回の場合、最短攻略を狙うなら零の螺旋一択だろう。
しかし水は美唯子の命の恩人だ。
できるだけ穏便に丁重にぶっ倒したい。
12番は強いだろうが6番であるオレの方が戦闘力は上。
つまり肉体的ダメージを与えることは十分に可能。
ならば全霊の力による瞬殺の一撃でカタをつける。
「テメェに面白いモンを見せてやるよ!
私の目をちゃ──オガッ……」
能力発動の間を与えない速度で飛び出し、何か良からぬ策を企てていた水の腹部に深々と拳を突き刺した。
水は腹を抱えて泡を吹きながら崩れ落ちる。
一撃で意識を刈り取る事に成功した。完全勝利だ。
「ペル様? 勝ちましたか?」
まだ元気のない美唯子はそれでもオレを心配している。
涙の膜が張った黒色の瞳。美唯子の目はオレしか捉えていない。
頭を優しく撫でてやると、ふにゃっとした笑顔を見せる。
可愛いと思ってしまう。健全な男女として当然の反応かもしれないが、恥ずかしいので絶対に口に出して言えない。
「ミコ。お腹すいてないか? 今一番何が欲しい?」
「……ペル様にぎゅってして欲しい……です」
オレの服の袖を握りながら懇願するように美唯子は言った。
一瞬で理性が消し飛びそうになる。再度女の子の強さを実感する。
「あー、ベタベタうぜぇ。見せつけウゼェ。爆ぜて消えろや」
不意に冷酷な声音が届く。
倒したはずの水がオレ達を冷徹な視線で眺めていた。
脅威の回復力に驚嘆する前にオレは立ち上がり、構えを取る。
すると水は苦々しい表情で舌打ちし、両手を挙げる。
「あ゛ー降参だよ。ウチじゃ勝てねぇ。
お前の旦那、強すぎじゃね? なぁ、逆説王」
水の視線は美唯子に向いている。
美唯子がパラドクスだと知っている。だとしたらお仲間の可能性が高い。
「ペル様は宇宙最強ですからぁ! ねぇ? 極致模倣さん?」
極致模倣とは人形使いだと言っていた。
他人に化け、人を騙し、世界を操る黒幕の手先らしい。
「お前、アレスティラに化けていたな。目的はなんだ」
「……あんだ? どーでもいいことはすぐに忘れる。アタイの頭は壊れてんだよ。それに、あたいは言われた事を言われた通りにこなしただけだ。多分、お前に対する個人的な恨みはない」
水は本当に何も覚えていないらしい。
追求するか許すべきか。かなり重要な選択になりそうだ。
「ペル様、極致模倣は他人を演じすぎて心が壊れています。
記憶も直ぐに消えるので、仕事をさせるにはうってつけです。
敵にするより手元に置いた方がいいと思うので味方にしませんか? 水ちゃ、ペル様に力を見せて能力説明をしてあげてー」
「あ? あぁ。見てろよ」
水の全身が紙粘土のようにグニャリと溶ける。
そして次の瞬間には美唯子になっていた。
「ほら、すごくないですかぁ?」
「ペル様ぁ、愛しています。大好きです! 結婚して?」
二人の美唯子に抱きつかれる。
姿形、声、匂い、何もかも完璧に同じだ。見分けがつかない。
「アタイの力は他人の姿、能力、全てを完璧に真似できる。
そしてもう一つ、重要な能力がある。
それは無の支配だ。世界の隙間には無の空間が点在している。この場所もそうだし、存在の墓場なんかもあたしが管理している。
本来なら1番と私以外は認知すらできない完全なる不可介虚無空間だ。この場所を知っていればカナリ悪いこともできるぜ?」
水は不敵で邪悪な笑みを浮かべる。
視認も介入も出来ないのなら、拠点を作れば完璧な要塞になるだろうか。他者に責められないのなら、イザというときの避難場所としてもうってつけだ。
「ついでに聞きたい。剃刀の刑ってのはなんだったんだ?」
「お、気になるか? お前もイカれてんな。なら教えてやるよ」
「ダメ、ダメですー! 言葉にしただけでも痛くなるので本気でやめて。あれを見たとき一週間は食事ができなくなったんですよ」
美唯子が強く水を止める。
名前からして嫌な予感しかしない。能力を使われる前に倒す事ができて運がよかったのかも知れない。
「ペル様、そろそろ反撃の時ですよー!
邪魔者は全員倒しちゃってぇ……。
私達で宇宙を支配しちゃいましょう!!」
宇宙を支配。
確かに今まで騙され利用され散々な目にあってきた。
黒幕、悪人、蛮行を働くもの、世界の理不尽、全てを駆逐し理想の世界を作るのも面白いかもしれない。
「よし、決めたぞ。やろうか。水はそれでいいのか」
「あ゛ー。今の雇い主は賢ぶったクズ野朗だし、貴様の中には15番もいるしな。断る理由はないでございますですわですよ。ただし、条件が一つあるでございですます」
様々な人格がゴッタになっているのか、水の口調は安定しない。口癖のようなものだと割り切って受け入れる。
「条件ってなんだよ」
「アタイを愛してくれ。心がイカれてんだよ。隙間だらけだ。
15番のことは諦めた。今日からお前がアタイのオモチャだ」
「嫌です! 私、普通に嫉妬しますしー。ダメー!!!」
美唯子が指でバツ印を作り水に突きつけている。
子供のような仕草が微笑ましく、愛らしい。
「そうかよ。じゃあ、コレなら問題ないだろうがよ!」
水は能力を発動したのか、再び美唯子の姿に変わる。
「あー……そうきますか。でもぉ……ペル様ぁ?」
本物の美唯子が涙目で見つめてくる。
どうしたらいいのかわからなくなってしまったようだ。
「オラ、いい女が二人だぞ早くしろよ。クソ雑魚メンタルかよ」
水が体をすり寄せてくる。それを見た美唯子も負けじとオレに密着してくる。二人の美唯子のさらさらとした髪が顔に触れ、もどかしい。
「ミコ、平気なのか。無理するなよ」
大切な瞬間が、このような雰囲気もクソもないような場で終わっていいわけがない。
「私……ペル様なら、どんな場所でも、いい、かも?」
美唯子は目をキュッと閉じ、オレの頬に唇を当てる。
「ありがとう。オレもミコならいいかな」
「ふふ……えへへ。幸せすぎると、笑みが勝手に……ペル様ぁ!」
蕩けた表情の美唯子が飛びついてくる。
反射的に抱きしめると美唯子の身体がビクンと震える。
「完全に二人だけの世界を作りやがって……アタイもいるんだぞ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。