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再認識・再始動。オレがオレに戻った日。


 今思えば最初からオレは死んでいた。

 胸に希望を抱かぬよう、心臓を誰かが取り上げた。

 人から決して愛されぬよう、名乗る権利すら剥奪された。

 生きているのに死んでいる。希望がなければ絶望もない。

 壊れることのない瀕死の精神(からだ)

 もうここで死んで(諦めて)もいいと考えながら、心は生を渇望している。

 生は苦痛、死も苦痛。同じであるなら生きていたい。

 もしも生き返ることができるなら、オレは絶対に諦めない。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 世界の終わりは白かった。

 今はそれと同じ白の中にいる。

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 覚醒した意識の中に浮かぶのは美唯子の顔だった。

 美唯子は自分の能力について語らない。

 戦闘をする能力者としてはそれが全面的に正しいだろう。

 誇らしげに能力について語ったとして対策されるのがオチだ。

 オレが逆説王(パラドクス)の能力について認識できているのは、刷り込み能力。これは単純で、認識誤認を意図的に生み出す力だろう。

 時間をループさせていたのがパラドクスかアルルカンかはわからないが、もう一つ、オレは美唯子の能力を認識している。

 それは時間軸に関与しない時間移動、もしくは、異空間、並行世界、異次元への介入行為。

 オレはオレ自身の過去に飛ばされた記憶があるし、少なくとも他者の手が及ばない空間に移動できるのは間違いないだろう。

 そして新たに発覚した能力、恐らく無の生成。

 オレは今、怪物と二人きりで永遠の白の中にいる。

 時間もない変化もない完全なる無の世界。

 怪物は無空間に来たと同時に活動を停止した。

 恐らくはオレを世界から排除することがこの怪物の行動原理。

 任務達成おめでとう。

 オレは死ぬこともなく永遠に無の中で生きていくだろう。

 地獄のような結末だが、そう悲観することもない。

 少なくとも大切な者を守ることができたのだから。

 

「ペル様」


 無の世界で幻聴を聞く。間違いなく美唯子の声だ。

 どうやらオレの中で美唯子という存在に対する想いの比重は中々に大きかったらしい。


「ペル様!」


 誰かに頬を突かれる。そんなはずはない。

 長い時間横たわっていたこともあり、体がすっかりなまっている。手足が重い。気まぐれに運動でもしようかと考える。

 震える膝を叩いておぼつかない足取りでふらふらと歩く。

 これではまるで生まれたての子鹿だ。無様すぎて他人には決して見せられない。


「もーお! ペル様ってばぁ!」

「うわっ!?」


 ドンとした衝撃の後に体全体が柔らかい感触に包まれる。

 オレの胸の中に美唯子が飛び込んできていた。


「ミコ? 何でいるんだよ!」

「だってぇ、ペル様一人だと寂しくないですかー?」


 美唯子の笑顔に心癒される。人肌の温もりも嬉しい。

 などと呑気に言っている場合ではない。


「ここは永遠の無だ。二度と戻れないんだぞ。どうするんだよ」

「ん〜。ペル様と一緒なら別にいいですけど?」


 この明るさと前向きな姿勢に何度も助けられた。

 自らの命を賭してまで永遠の無の世界についてきてくれた美唯子には感謝しかない。


「ところでペル様! 何か違和感はありませんか?」


 そう言いながら美唯子はスカートのポケットを探り、携帯電話を取り出すと、端末を操作し、画面を見せつけてくる。


「────え、オレ……なのか」


 奇妙な声が漏れた。

 不思議な感覚だった。自分の姿を確認して驚嘆している。

 黒い髪に瞳、威圧的で愛想がなく人を寄せ付けないような容姿。

 オレは自分を自分として認識できる事に歓喜に近い感情を抱いていた。


「わかります? 今までペル様って、存在を取り上げられていたみたいでぇ、生徒会長が元に戻してくれたみたいなんです。えい!」


 美唯子がオレの胸に飛び込んで、瞳を見つめながら笑顔を見せる。身体が熱い。胸が高鳴る。間違いなく心臓が高鳴った。


「ほらぁ! ちゃんと心臓も戻ってます! 今まで刹那さんがずっと誰かに盗られたペル様の心を探してくれていたみたいで、ペル様は自分を取り戻したんですよ〜」


 胸に手を当ててみる。心臓の鼓動がトクトクと生命の躍動を奏でていた。確かに今までオレは自分と世界をぼんやりと俯瞰的に見せられていた気がする。それが黒幕達の意思だったのかもしれない。

 今までは同調(シンクロ)能力の暴発や夢かと思っていた出来事が全て現実味を帯びて来た。今までの情報はこれからの戦いに必ず役立つだろう。

 オレは心を取り戻した。原因として思い当たるのは鉄仮面に肩を叩かれた瞬間だろうか。それ以降、世界から感じ取れる感覚が薄れていったのを覚えている。まだ記憶や名前は思い出せないが、少しでも人間に近づくことが出来たようで嬉しかった。


「美唯子はどうしてオレに優しくしてくれるんだ?

 鉄仮面は嘘を言って、オレを試していると言っていた」


「あー。見ようによってはそうなりますねー。

 私の能力が1番に通用するかのテストのつもりでしたぁ。

 やっぱり通用しないんですねぇ」


「それは、つまり?」


「ペル様と二人だけの空間を覗かれるのが嫌なので、初回はお試しで色々と試してみたんです。やっぱり、生徒会長は1番……?

 もしくはそれに準ずる能力があるみたいですねー」


 つまり見られているのを前提に美唯子は嘘を言っていた。

 だとしたら美唯子はオレではなく鉄仮面を試していた事になる。

 少しでも美唯子を疑った自分がバカだったと後悔する。


「じゃあ、オレのことは嫌いじゃないんだな」


 聞くまでもないことを敢えて聞く。

 美唯子(この子)はオレだけの事を考えてくれていると思う。

 オレにとって全幅の信頼を寄せるに値する存在。


「私、最初に会ったときから、ずっとペル様一筋ですけど? 任務は任務でこなしましたけど、ペル様のこと大好きです」


 心を取り戻したからか、美唯子の一挙手一投足が全て愛らしく感じる。これが生の実感というものなのだろう。


「そうか、よかった」


「ふふふ! 私の愛を甘く見ないでくださいね!

 さぁ、今から頑張りましょう〜」


「頑張るって何を」


「もちろん、零の螺旋の進化です!

 終の螺旋があるなら、他にも分岐進化できそうですよね。

 時間はたっぷりあるので、無空間やこの怪物を倒せるくらいに鍛えてみましょう! ペル様パワーアップ大作戦です!」


 美唯子が亡骸となった怪物をペシペシと叩いている。

 確かにオレは自分の力不足を痛感していた。

 強くならなければ守れない。


「ああ、頑張るよ。ありがとな。

 お礼に何かできることはあるか?」


「あー。……1つだけありますけど?」


 ここに来て美唯子が突然に言い淀む。

 余程言いにくいことでもあるのだろうか。


「遠慮するなよ。なんでも言ってくれていい。拒否はしない」


「じゃあ遠慮なく言います。実はぁ……。

 サラさんとアレスティラだけずるいなって、思うんですけど」


「ずるいって何が?」


「私も、ペル様との赤ちゃん……欲しいです、けど?」


 顔を赤らめながら美唯子が言う。

 簡単には答えられない。この世界は狂っている。本当にすぐ子供が現れそうで怖いのだが、その前に確認しておかなければならないことがある。


「さすがに冗談だよな? 本気で言ってないだろ」


「むぅ。女の子にそこまで言わせるのは酷くないですか?

 でも言います。本気です。できたら結婚もしてくださいー。

 生徒会長も言ってましたよね。ここらで黒幕の計画をぶち壊してやりましょー!」


 本当に本気で言っているらしい。

 拒否しないと言った手前、断るという選択肢はないだろうか。

 オレとサラが結ばれるのが黒幕の計算だとして、そこに美唯子が割って入ったらどうなるのだろう。

 鉄仮面の発言意図が美唯子の言う通りに黒幕を一網打尽にするための布石になるのなら願ってもない話なのだが。

 もしかするとオレが美唯子と結婚することによって10番街に潜む黒幕を誘き出す事ができるかもしれない。

 しかしそれでは美唯子が不憫だ。そんな事を基準に結婚を決めるべきではない。

 敵の目的も不明瞭でオレの記憶にも霞がかった部分がある。

 やはり慎重に事を進めるべきだと判断する。


「わかった。じゃあ、とりあえず交際から始めようか」


「やった! やりました! ペル様の彼女です! わーい!!」


 これで世界に一石を投じたことになるかはわからない。

 だが黒幕にとって美唯子の離反も含めてイレギュラーな事態であることなのは間違いないだろう。オレを利用し、世界を操った気になっている奴らにカウンターパンチを打ち込みたい。

 心の中で枯れていた闘志が燃え上がってくるのを感じる。

 世界のために、守るべき者のために、オレは今から少しだけ本気を出してみようと思う。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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