オレが神であるために。死なば諸共。
力がなければ何もできない。
叛逆の意思がなければ利用されて終わるだけ。
オレは何もしたくない。何もしなければ守れない。
矛盾した意思の中に湧き上がった感情は厭世的なモノだった。
普通に生きているだけで良かった。
神になる必要なんてなかった。
ただ漠然と時を過ごしているだけで良かったのに。
オレには大切なものが出来てしまった。
戦う理由が出来てしまった。
もう何も失いたくない。誰も手放すつもりはない。
春風に舞う花びらが自分の意思の象徴だろうか。
飛ばされ流され散っていくだけ。
自己憐憫しても仕方ない。
オレのことを待っている人がいるから。
今回は少しだけ頑張ってみようと思う。
◇ ◇ ◇ ◇
「──坡亞亞亞亞哦亞亞」
怪物の咆哮が大地を揺るがす。
あまりの威圧感と重圧、圧倒的な恐怖を前に、存在しないはずの心臓が限界を超えて鳴っているようだった。
オレ達を狙う怪物は目に付くモノ全てを薙ぎ払いながらどこまでも追ってくる。
怪物は天を引き裂き、突如として目の前に現れた。
偽りの神の存在に気付いた神を処分するための刺客だろう。
応戦は無意味。こちらからの攻撃は一切通用しない。
零の螺旋が弾かれた瞬間にオレは逃げろと叫んでいた。
周りにいた仲間達は渋々撤退を開始する。
勇者姉妹の刹那とクラリスは怪物を見るなりノータイムで白と黒の弾丸を打ち込み、次の瞬間には斬りかかったのだが、黒刀が怪物の首を斬り落とした瞬間に再生するのを見て後退を決意したようだ。伊達に伝説の勇者を名乗っていない。
流石といえる判断力と行動力を兼ね備えている。
「パパ、マズいかも。あたしの力も効かないわ」
オレの腕の中で零奈が困惑の表情を浮かべている。
当然想定の範囲内だ。零の螺旋が通じない時点で予見はしていたが、零奈の特殊能力も無意味なことが無事に判明した。
「パパ、どうするの? ──パパッ! 大丈夫!?」
怪物の爪先が掠っただけで意識が飛びそうになる。
痛い。久しぶりの痛覚に精神が驚いている。
最悪の事態だった。怪物はエニグマを傷つけることができる。
こうなればオレもタダの人だ。
大鉈のような爪で獲物を仕留めきれなかった怪物は目標を変更して正反対の位置にいるサラ目掛けて突進していく。
「──雷撃弾」
無駄だとは分かっているがやるしかなかった。
雷は怪物の皮膚すら焦がせずに霧散する。
「刹那、クラリス!」
勇者二人がオレの叫びに即座に反応する。
「──黒の弾丸」
「──白の弾丸」
姉妹による同時攻撃が怪物の眼球に集中する。怪物の頭部は原型を留めないほどに破壊されていくが、腕を薙ぎ、尻尾を鞭のように振り回し暴れ狂う。
「零奈、お前はサラと逃げろ。──雷命延尽」
全身に稲妻を纏い、両手脚に零の螺旋を収束させる。
可能な限りの身体強化を施す。だがあの怪物相手では即死はしない程度の気休めしにしかならないだろう。
怪物の頭部が再生しない間に勝負を決める。
決意を固めて大地を蹴った。
速さには自信がある。世界から消えるくらいの芸当もできる。だが今まで零の螺旋に頼りきりだったため決定打に欠ける。
怪物のふくらはぎを蹴ってみる。──硬い。
まるで鉄板のようだ。こちらの脚が先にイカれてしまう。
怪物の頭部が修復されていく。遊んでいる時間はない。
「──ッ……」
打撃を数発打ち込んで距離を取る。
拳が破壊されている。骨が砕け、血が噴き出る。
エニグマの特性で拳は回復するものの、万策尽きる。
(勝てないな。死なば諸共……か)
右の拳に全てのエネルギーを結集し、怪物の腹部を貫く。
臓物と血液の生暖かい感触が伝わり気色が悪い。
だが怪物の身動きを封じるには十分だった。
怪物は咆哮を上げながら悶絶している。
今までのお返しにと腕を軽く捻ってやる。
耳を劈くような獣の咆哮が世界にコダマする。
突き貫いた部分の肉が修復を始め、異物であるオレの腕を押し出そうと暴れている。
覚悟は決めた。微笑を浮かべて美唯子に目配せをする。
賢い美唯子はそれで全てを悟ったようだ。
美唯子の屈託のない笑顔を瞼に焼き付ける。
そして世界が反転する。
最後まで読んでいただきありがとうございました。