鉄仮面の神様的恋愛講座。極限の零・仕組まれた世界。
夜のグラウンドは複数のスポットライトの強烈な光に照らされて真昼のように明るかった。
グラウンド中央に佇む鉄仮面は軽く手を上げ、オレを迎える。
「よぅ。久しぶりだな。元気にしていたか?」
「おかげさまでな。助けてくれた事は感謝している」
オレはすぐにでも鉄仮面の正体を知りたかった。
しかし少しでも多く情報を引き出すために努めて平静を装う。
「随分と素直だな。気分がいいから面白い事を教えてやろう。
──美唯子は嘘をついている」
「なんだと? お前は何を言っているんだ」
オレが身を乗り出すようにして尋ねる。
鉄仮面のたった一言で簡単に心乱されていた。
「よくもまぁ、ついさっきまで敵だった女の情報を鵜呑みにできるよな。……あの女がお前さんに気があるのは事実だろう。
だがこの世界は嘘と裏切りにまみれている。目先の情報に飛びつくのは危険だ。でもまぁ、女の嘘を許すのが男の甲斐性だしな。
本当に手放したくないならよく躾けておけよ」
「オレは美唯子を信じる。お前が言っている事こそ嘘だ」
「残念ながら、オレには嘘をつく理由がない。
オレは全てを知っている。2番の能力は世界の管理なんて単純なものではないし、オレの親友だ。そしてもう忘れたのか?
美唯子の能力の真髄は刷り込みだ。まんまと騙されたんだよ、お前さんは。また利用されるぞ」
鉄仮面は全てを見抜いているような口振りで言葉を並べる。
誰にも干渉されないはずの世界で美唯子と交わした話の内容を言い当てられた。全てを知っているといのは嘘ではないのだろう。
拳を握り込み、殺気を孕んだ視線でオレは鉄仮面を睨みつける。
「お前、何なんだよ。お前はオレなんだろ?」
「いいや、違うさ」
鉄仮面は短く返した。
「目的はなんだ。オレと戦闘がしたいのか?」
「……戦ってもいいが、お前さんはオレに勝てない。絶対にな」
「なら試してみるか」
「やる気なら最初から全力で来い。そうだな、零の螺旋を撃て」
鉄仮面は右手をクイクイと動かし、かかってこいと挑発する。
「そうかよ。もう腹の探り合いはうんざりだ。
自分自身を見ているようで気味が悪い。消えろ」
宇宙の頂点、1番が生み出した究極の攻撃手段。
オレは右腕に白光を収束させ、零の螺旋を撃ち放った。
迫り来る光の螺旋を鉄仮面は悠然と見据えている。
「──終の螺旋【零式】……」
言葉と共に鉄仮面の右腕から世界を覆う程の光が迸る。
光は収束し、無数の光条と共に光閃となって撃ち放たれた。
撃ち放たれた光は螺旋を描いて宙を舞い、オレが撃ち出した零の螺旋を掻き消し、それでも勢いが死ぬことはなく闇夜の世界を駆け抜ける。オレは終の螺旋の軌道を読んで横っ飛びに回避する。
零の螺旋を破られたオレは呆然と立ち尽くす。
終の螺旋は世界を壊す。その事実をオレは知っていた。
そして終の螺旋を使える人物がこの世でただ一人だけというのも知っていた。
「言っただろ? お前さんはオレに勝てない。なんなら──」
鉄仮面の言葉を遮り、走り寄ったオレが、がっしりと抱きつく。
「素零! お前、素零だよな!? 終の螺旋を使えるのは素零だけだもんな! 力をコントロールできるようになったんだな、凄いぞ素零。それに大きくなったなぁ、オレは嬉しいよ」
オレは歓喜を身体全体で表現しながら鉄仮面の身体を持ち上げてブンブンと振り回していた。
「おい、よなさいか、放せってば! 全く、人懐っこい奴だな。
オレが誰かなんてどうでもいい。真面目に話をしよう」
鉄仮面は身をよじり、オレのホールドを振り払い、ゆっくりと大地に着地する。
「ああ、いいよ。素零になら何でも話すから。何が聞きたい?」
オレが微笑みかけると鉄仮面は呆れたように肩を竦める。
「ふぅ、やれやれ。調子が狂うな。まぁいい、真剣な話だ。
お前さん、アレスティラのことを愛しているんだろ」
「そう……だな、オレはアレスティラを想っている」
「ならばどうしてサラを選んだ! このゲス野朗ッ!!」
鉄仮面が怒声を上げながら激昂した。
突然の事態にオレが硬直していると、鉄仮面は咳払いをする。
「……なんてな。誰もお前さんを責められんさ。
サラと結ばれるのも、アレスティラと別れるのも、最初から全てが仕組まれた事。お前さんはただ踊らされていただけだ」
「どういうことだよ」
「この世界を支配しようとしているのはオレ達だ。
鉄仮面とお前とあと数人。神をも超えた極限の零。
オレ達が相入れる事はない。最後の一人になるまで潰し合う。
そのためならどんな手段でも使う。お前さんの記憶がないのも
名前を消された事実も、今までの全てが予定調和だ。
自由なんてどこにもない。誰も答えには抗えない。
……運命なんてそんなものさ」
鉄仮面は嘆くように小さく嘆息する。
「わからない。まるで意味が理解できない。
オレ達が世界を賭けて戦っている? バカバカしい。
一体何が目的だ。オレの人生を弄んで、なんの意味がある」
オレが今までの鬱憤を吐き出すように発言すると、鉄仮面はゆっくりと首を左右に振る。
否定というよりオレを憐んでいるかのような反応であった。
「今はまだ、わからなくてもいい。人は一度に多くを理解できるようには出来ていない。徐々にゆっくりと全貌を知る方が健全だ。
でもな、お前さんの性格にも難がある。流され過ぎで意思がない。カッコつけてもその場だけ。もっと戦う気骨と闘志を抱け。
それとあと一つ、お前さんにアドバイスしてもいいか?」
「好き勝手言うな。必要ない」
「まぁ聞けよ。敵だらけの世界だが、オレはお前を救いたい。
オレのように善意だけを向けてくれる奴はそういないだろ?
全員がお前さんを騙し、利用し、蹴落とそうとしている」
「だから、何が言いたいんだよ」
段々とオレの語気が強くなる。
鉄仮面の発言が要領を得ず、苛立ちが募っていた。
「今までの問題の大半はお前さんの責任だ。
鈍感な性格なのはわかるが、もっと自分に正直になれ。
お前さんが周りの女を大切に愛してやれば全て解決するんだ」
「はぁ? なんだそれは」
鉄仮面の突飛な発言にオレは目を丸くする。
「言葉通りだよ。刹那もアレスティラも、サラも美唯子も、お前さんが好きだからそばにいたいのに、ウジウジウジウジしているから離れていくんだ。何を考える必要がある? 全て手に入れろ。
男らしさを見せつけて、離れられないようにすればいい」
「いや、極論すぎるだろ。お前、真剣な話と言っただろ。
真剣ってのは恋愛のアドバイスのことか? ふざけるな」
オレが鉄仮面の胸ぐらを掴むと、鉄仮面はオレの手を軽く振り払う。そして落ち着かせるようにポンポンと肩を叩いた。
「落ち着けよ。本当に大事な話なんだ。
お前さんが考え方を変えないと未来がなくなるんだ。
まだ硬いか。とりあえず兄弟と、そう呼んでもでいいか?」
「お前は素零なのに変な奴だな。好きにしろよ」
「よし兄弟、まずお前は自分の素質に気づいていない。
零奈が男を惹きつけるのはお前譲りだ。
お前に人を惹きつける魅力があるんだよ。
手始めに屋上にいる刹那を口説け。あの女は強い」
鉄仮面が校舎屋上を指差しながら言う。
「だから、なんでだよ! 刹那にも考えがあるみたいだし、その意見を大切にしたいんだ。オレにはオレのやり方がある」
「それがダメなんだよ! まだわからないのかよ、兄弟。
多少強引でもいいから押してみろ。必ずお前についてくる。
それと、スキンシップは絶対だ、女性は愛してやらないと応えない。恥を捨てろ、世界のためだ。お前が変われば宇宙も変わる」
「なんの話だよ。オレは黒幕の情報とかが知りたいんだけどな」
「そんなものは二の次だ。まだ戦力も足りてないだろう?
言い方は悪いが、今の兄弟相手なら軽く捻ることができる。
まずは実力をつけて戦力を整えろ。話はそれからだ。
あと二年。レオナルドが仕掛けた戦争が原因で世界が終わる。
時間がないんだ。わかったなら、さぁ、行け!」
「お前、クールな奴だと思っていたのに滅茶苦茶だな。
行くってどこにだよ」
「刹那だ! 素直に気持ちを伝えろ。お前が必要だと言ってやれ。
多少は拒まれるかもしれんがただのポーズだ。
あいつにもお前さんが必要だ。一言で全てが終わる。
全く……出来の悪い兄弟を持つと始末に負えない。
神としての自覚と自信を持て、しっかりしろ! いいな?」
「あ、ああ……やってみるよ。オレも一つ聞きたい。
美唯子はオレが嫌いなのか? オレはどうすればいい」
「なんだ、ずっと気になっていたのか。
いいや。お前のことが死ぬ程好きだろうな。
でもな、女性は現実的で、切り替えの天才だ。
兄弟と雇い主、どちらにつくか、試しているのだろう。
曖昧はダメだ。ハッキリと示せ。頭もいいし、いい女だろ」
「でもさ、恋愛は一人に対して愛を注ぐモノだとオレは思うし」
「それは地球のルールに縛られた兄弟の価値観だろ?
綺麗事では済まないこともある。お前がやらなければ、敵に取られ、殺し合うことになる。実際にそうだったよな」
「……わかった。考えはするけど、実行するかは保証しないぞ」
「よし! わかったなら行け。迷うな、恐れるな。お前は強い。
サラを大切にしろよ。他の仲間もだ。お前は希望なのだから」
鉄仮面の剣幕に押されて、オレは渋々校舎の中へ入っていく。
◇ ◇ ◇ ◇
黒髪の少女が空を見上げ、星を眺めている。
「刹那」
オレが声を掛けると、夜風に髪を靡かせ刹那が振り返る。
「……久しいな。何をしに来た」
「妹のクラリスに会ったよ。刹那に会いたがっている」
「……昔の話だ。そんなことは忘れた。用が済んだのなら帰れ」
「刹那、オレと一緒に10番街で暮らさないか」
「世迷言を言うな」
「刹那の髪は黒くて綺麗だな。星空みたいだ。オレは本気だよ」
「──ッ、人が変わったのか、私の事はもう忘れてしまえ」
「断る。オレには刹那が必要だ。オレの力になってほしい」
「私にはやらなければならない使命がある。無理だ」
「ならオレが一緒に使命を果たす。刹那、キミが必要なんだ」
「全く、お前にはクサイ台詞が似合わないな。
……本当に私でいいのか。私は女を捨てたのだぞ」
「ああ、もっと早く言うべきだった。オレのそばにいてほしい」
「遅すぎだ……バカモノ」
満天の星が世界を祝福するように眩く瞬く。
オレが差し出した手を刹那は逡巡もせずに握る。
最後まで読んでいただきありがとうございました。