不可能が死んだ日
真緑色の朝焼けが徐々に広がっていく敵陣のど真ん中をオレは直走る。
「人が住んでいたのか……それとも人の真似事をしていたのか」
気がつけば周囲には遺跡ような光景が広がっている。
寂れたビルのようなものがあちらこちらにあり、倒壊した建造物の瓦礫が道を塞いでいる。
半壊状態のビル群の隙間を縫うようにして進み続けるも、道の先は袋小路となっており、オレは完全に足を止める。
「……ろせ」
「はい?」
「いい加減に降ろせ、馬鹿者!」
腕に抱えている刹那にオレは殴られた。
元勇者として、お姫様抱っこをされるのはプライドが許さなかったようだ。
「ってーなー! 殴ることないだろ!」
オレが言うと自らの足で大地に立った刹那はどこか拗ねた表情を見せる。
「何度も言ったのに聞かないからだ。謝罪はしない」
「……もう大丈夫なのか? 力になれなくて、ごめんな」
「もういい。私こそ、愚かだった。過去と向き合わず、不正な力で事実を捻じ曲げようとした。当然の報いを受けただけだ。
──戻ってきたか、想定より随分と早いな……」
刹那が視線を前方に向け、腰に携えた刀に手を伸ばす。
オレも何事かと視線を前へと向ける。
前方からふらふらと人影が歩いてくるのが見えた。
憎々しげに刹那が見つめるのは白衣の男だった。
白衣の男は、おぼつかない足取りでゆっくりと前進し、二人の姿を確認すると、両手を天高く突き上げ、降伏の意思表示をする。
「油断するなよ、何をするかわからないような奴だ」
「あぁ、気をつける」
「お前、2番なんだろ? 絶対にそうだよな!? 答えろォッ!」
近づいてきた白衣の男がオレの肩を掴み、剥き出しの感情で問い詰めてくる。
突然の出来事にオレは硬直する。
質問に対する回答もみつからず、呆然として立ち尽くすことしか出来ない。
「アンタが死んでから世界はメチャクチャだ。
おい、黙ってないで出てこい、永遠が終わっちまうんだぞ……助けて、くれよ……」
男は更に感情を強め、掴んでいるオレの肩をガクガクと振り、返答を待たずに言葉を続ける。
「俺はあんたに憧れていた、追いかけて、追いかけて、アンタだけを目指して今まで生きてきたのに……」
「いや、だから……オレは……」
ようやく口を開く事ができたオレは返す言葉を懸命に探す。
答えは見つからない。
何かを必死に訴えようとしているのはわかる。
しかしそれは自分であって自分ではない他の誰かに向けての言葉だということは理解していた。
「……黙っていろ、最後まで聞いてやれ」
何かを察したのか刹那が諭すよう言う。
オレは次の言葉を探す努力を止めることにした。
「何勝手に死んでんだよ! 全てを投げ出して、全てを残したまま勝手に死んでんじゃねーよ、バカヤローッ! 俺がいまま──」
◇ ◇ ◇ ◇
「 ホー! に た?」
『現れ 、 零!』
「死 よ、 ィラ」
『…………』
◆ ◆ ◆ ◆
「えっ……」
瞬間、何かが起こった。
白衣の男の胸にポッカリと風穴が空いている。
白衣の男は情けない声を出した後、自身の体に空いた穴を信じられないといった表情で見つめている。
「何がどうなっているんだ」
「二つの強大な力が瞬間的に現れて一瞬で消えた。
私にもよくわからない」
刹那とオレが言葉を交わすと白衣の男は何かを悟ったような顔をして、恐怖に震えた声を出す。
「時を止めたんだ。不可能殺しの噂は……事実、だったの、か」
男はそのまま地面に倒れ込み、虚な目つきで空を見つめる。
駆け寄ってきたオレの腕を掴み、白衣の男は言葉を続ける。
「オレと……言ったな、お前に俺の力を全部やる。もう俺には必要ない。聞きたいことはあるなら早くしろ、俺には時間がない」
男に掴まれた腕から紫電が走り、オレの体に流れ込む。
雷撃が身体中を駆け巡り、オレの体の奥底へと沈んでいった。
「本当に死ぬのか? オレ達が何をしても死ななかったお前が? お前らは何者だ、お前を殺した犯人に心当たりはあるのか?」
オレが聞くと白衣の男は沈黙した後、ゆっくりと口を開く。
「……俺達は強さ順に数字で序列を決めている、特異な存在。
俺達は無数にいるが、今まで誰一人として死んだ者はいなかった。最近になって、不可能殺しという存在が、そいつが、グォ」
白衣の男が苦悶の表情を浮かべ、段々と声に力がなくなる。
男の足先から、徐々に光が広がっていく。
刹那はその様子をじっくりと観察していた。
「アレってわかるか? 今オレや刹那と契約している女性だ。何番か分かるなら教えてくれ。星を消す力があるか確証を得たい」
「アレ…… ◇√∇‰⇔のことか。
アイツは五番だ。優等生のクソったれで、俺もソレも奴が大嫌いだった。奴は星を……消せる。手を握ってくれ。目も見えなくなってきた」
救いを求めるように差し出された手は小刻みに震えている。
オレはしっかりと手を握った。
「弱くてごめんな、強くなくてごめんな。どんだけイキっても、どれだけ強がっても、アンタみたいには、なれなかったよ……」
オレに向けられた言葉ではない。
白衣の男の独白に近いだろう。
しかしその言葉をオレは受け止め、手を握る力を強める。
「死ぬ前に……アンタにぶん殴られて、よかった。昔に戻ったみたいで、幸せだった。…………じゃあな、兄貴」
白衣の男の肉体も精神も男の体を構成していた全ての要素が、光となって虚空に消えていった。
「お前、泣いている……のか」
消えていった光の残滓を慈しむようにして眺めて、オレは目から涙を流していた。
「あ……あぁ、なんか、悲しくて。涙が、止まらない……」
どこからか押し寄せる感情の波を支配できず、嗚咽し、噎び、終いには大声をあげてオレは泣いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。