vs美唯子パラドクス。瞬殺の未来。
安定の美唯子さん。
──調停者軍事拠点、校舎。
レオナルド・オムニ・エンドが生み出した改造人間、新人類の育成のために用意した軍事施設。地球に存在する学校をモチーフとしており、外観は完全に校舎そのものである。
レオナルドが不在のためか、校舎内は閑散としており、蛍光灯がチカチカと怪しく点滅している暗く不気味な廊下をオレと零奈は進んでいく。
「パパ、この先に大きな力が二つある。
一つはパラドクス、もう一つは道化師がいると思う」
不意に立ち止まり、廊下の先を見据えながら零奈が呟く。
前方左には校舎二階へ上がる階段、右側にはドアプレートに理科室と書かれた扉がある。
「よし、じゃあ二手に分かれよう。
オレは二階に行くから、零奈は理科室を頼む」
オレが言うと零奈は不安気な顔をする。
「一人で大丈夫? 相手の能力はまだ判明してないのよね?
幻覚か世界干渉かわからないけど、かなり厄介な力よ」
「ああ。わかってるよ。オレは実際に異常な空間に閉じ込められたんだからな。あの時は美唯子が能力を解除しただけで、攻略したわけではない。だが今回は大丈夫だ。任せてくれ」
オレと素零は過去にパラドクス、アルルカンの二名に苦渋を舐めさせられていた。具体的な能力は不明、対処法もなく、ただただ時間の牢獄に閉じ込められ、弄ばれていた。
その話をオレから聞いていた零奈が疑念の表情を浮かべるのは当然の反応であった。
「パパ、本当に勝ちたいのなら零の螺旋をスグに発動できるように準備していて、能力を発動させる前に倒すのよ。パパに美唯子を殺せる? 仲間だったのよね。パパは優しいから心配なのだけど」
零奈が再度、不安気に尋ねる。
これではどちらが親かわからない。
「だから大丈夫だって。零奈はオレを心配しすぎだ。
オレだってそれなりに場数は踏んでいる。行くからな」
「あっ、パパ……気をつけてね」
オレは階段を駆け上がる。
しばらく進むと視聴覚室と書かれた扉を発見する。
オレが扉に手を掛け、引き戸をスライドさせると驚くほど呆気なく扉は開かれた。
「あっ! ペル様! お久しぶりです〜。会いたかったー!!」
明るい声でオレを迎えるのは新人類の女子高生。
パラドクスを名乗り異空間を支配し、世界の運命をも知ることができる陽神美唯子その人であった。
「久しぶりだな、ミコ。パラドクスはお前なんだってな」
「アハハ……ばれちゃいましたね。
地球では閉じ込めて、ごめんなさい。任務だったんです」
オレが過去に見てきた明朗な少女。
悪意のカケラも感じ取れない昔のままの美唯子を見て、オレは警戒することなく話し続ける。
「気にしてないよ。あれはあれで楽しかったしな。
ところでさ、ミコは誰に味方しているんだ?」
「えっとぉ、それは守秘義務?
ペル様の敵ってことは間違いないと思いますけどぉ……」
罪悪感があるのか美唯子は遠慮がちに言う。
「そうか。なら、またオレの仲間になってくれ。
そろそろオレも本格的に反撃したい。
ミコとは敵対したくないし、メアもミコの帰りを待っている」
「あ〜。なるほど、そう来ますかぁ……。
確かに個人的にはペル様激推しなので、でも、うーん……。
私、勝ち馬に乗るのが得意でぇ、ペル様は私の雇い主に勝てないと思うんですよねぇ……。規格外の強さだし、そうですねぇ」
迷っているのか美唯子は視線を泳がせている。
「ならさ、オレと勝負しないか?」
「勝負ですか? 多分、ペル様は私の能力に勝てませんよ。
普通の催眠や幻覚の類いではなく、かなり特殊な能力なのはわかってますよね? 零の螺旋も撃つ前に対処できますし、勝ち目がなくないですか?」
美唯子が念入りにクドイ程にオレに尋ねる。
それだけ自身の能力に自信があるのだろう。
「そうだな。前回は完全にやられた。
だが今回は勝つ自信がある。不安なら1番に聞いてもいいぞ」
「……すっごい自信ですね。絶対に何かありますよね……。
あのー、ほんとに1stコンタクトを発動してもいいですか?」
1stコンタクト。一日一回、どんな質問でも必ず正解の回答を知ることができる禁じ手に近い能力である。
美唯子はオレがあまりに自信満々に言うので不安に感じたのか、余裕の態度を崩していた。
「ああ、いいよ。その間に不意打ちするような事もしない」
「では、お言葉に甘えますねー!
1番さん1番さん、教えてください。ペル様は私に勝ちますか?」
美唯子は両手を合わせ、空を仰いで天啓を得ている。
オレが過去に何度も見ていた光景であった。
「それで、どうだった?」
「私、死にます。瞬殺らしいです。どうして? 謎すぎます!」
青ざめた表情で美唯子は語る。
能力者本人である美唯子自身が一番わかっているだろう。1番の答えは絶対であり、オレと戦えば美唯子は100%死ぬ運命にあることを。
「納得いかないのか。でも1番の予言は絶対なんだよな?」
「はい。ですよ……ね。そっかぁ、私、死んじゃうのかぁ……」
美唯子が腕を組んで唸り出す。
オレはそんな美唯子に助け舟を出すために口を開いた。
「ミコ、ならさ。別の形で決着をつけるか。
お得意の予言だよ。勝者予想クイズだ」
「わー! なんだか面白そうですね! やりますやります!」
「よし、ならやろうか。
今、一階でオレの娘が道化師と戦っている。
ズバリ、勝つのはどっちだ? ミコが勝負に負けたらオレに永遠の忠誠を誓う。オレが負けたら好きにしてくれ。いいか?」
オレの提案を受け入れたのか、美唯子はパッと明るい笑顔を見せる。
「わぁ! 面白いですね! でも待ってください、ペル様に娘!? エぇっ! どうなっているんですか!!?」
「まぁ、色々あったんだよ。ミコだってパラドクスだっただろ。
ふ、やっぱり、ミコと話すのは楽しいな。場が明るくなる」
コロコロと表情を変える美唯子を見て、オレは思わず笑みをこぼしていた。
「はぁ……まぁ、娘さんがいても不思議ではないですよねー。
ペル様イケメンだしー、まぁ、私は妾でもいいかなぁ……」
「それで、どうする? オレは当然、娘の勝ちに賭ける」
「ふっふっふ! ペル様、残念でした!
アルルカンも相当に強いです。エニグマを軽く倒せる程の力を持っているんですよ? 彼の異時干管理能力は──」
美唯子が得意気に語っている途中、ガラガラと視聴覚室の扉が開かれる。満面の笑みを浮かべて部屋の中へと入ってきたのは零奈であった。
「パパっ! 道化師を殺してきたわ! 褒めて褒めて? パパァ!」
零奈はオレに飛びつき抱きつき、ご褒美をねだる。
オレが頭を撫でると零奈はクシャリと破顔する。
「ミェェエーッッ!?? み、み、ミニミニアレスティラ!?
アルルカンを……殺した? そんなことって………」
零奈を見て美唯子が謎の奇声を上げる。
軽くパニック状態に陥っているようだ。
「なによあなた、信じられないの? ならこれを見なさい」
零奈は懐から笑い袋を取り出し、美唯子の足元に投げつける。
『キェハハハ! 俺は死んだ! キェハハハ! 俺は死んだ!』
恐らくは道化師のジョークグッズであろう。
それを見た美唯子の顔色がみるみる青ざめていく。
「これで信用したかしら?
あたし、とーっても、強いのよ? あなたも死んじゃうの?
ちなみに、能力を発動させたらその場で殺すから。いいわね?」
「ひっ、ヒィッ! お、お助けください、ミニスティラ様ァ!
ペル様、助けてー!!!!」
美唯子はオレに縋り付きながらガクガクと震えていた。
「零奈、美唯子はオレの仲間にする。能力も強いし、情報も聞き出せるから。いいな?」
「パパがいいなら別にいいけど? でもすごくバカそうな女ね」
「ムッ! 生意気なお子様ですね? 素零と同じ匂いがします」
反論はするが美唯子は観念したのか戦意は解いていた。
「ミコ、まずお前の能力はなんだ。教えてくれ」
「あー……それは無理ですねー。私の能力は対策されたら終わりなので、誰にも口外してないんです。それ以外ならなんでも答えますけどぉ。どーしてもと言うなら、そうですねぇ。
真実を事実にする能力ですかねー。分かりませんよねぇ?」
「あたし、なんとなくわかったわ。なんだ、簡単ね。
もしパパが閉じ込められたら、一瞬で助けてあげるね」
零奈は自信があるのか美唯子の耳元で小さく囁いている。
「すごい! 正解です。天才美少女、さすがペル様の娘さん!
誰にも言わないでくださいね? ちなみに貴女の能力は? どうやって道化師を倒したんですか?」
能力を簡単に言い当てられた美唯子は目を見開いて零奈を賞賛していた。
「そうね。あなた流に言うなら、人ではなく図を消したのよ。
アハ! あなたには難しいかもね? 頑張って?」
「ぐぬぬ、ペル様、この子、すごくムカつきますけど!」
「まぁ、慣れてくれ。まだ子供なんだ。
それより本題だ。ミコは誰に従っていたんだ」
「はいー。告白します。その代わり私を守ってくださいね?
裏切り者は粛清されてしまうので!」
「約束する。ミコには絶対に手出しさせない」
静まり返った教室でオレは固唾を呑む。
今まで裏で密かに暗躍し、世界を操ってきた人物の正体が明かされようとしているのだ。オレは緊張のあまり拳を強く握り込む。
「──私を雇っているのは、10番街の神様です。間違いありません」
美唯子の言葉にオレは絶句する。
10番街の神はオレだからである。
「え、待ってくれ、10番街の神はオレだぞ。先代の10番は死んでいるし、何がどうなっているんだ」
「パパ、多分、もう一人いるのよ。10番街の神様が」
零奈が冷静に言葉を放ったとき、視聴覚室の窓ガラスが衝撃音と共に砕け散った。
オレが慌てて窓へと近づくと、グラウンドに男が一人、佇んでいた。
「鉄仮面……」
「あれー? 生徒会長ですね? まだ避難してなかったんだー」
学生服、顔には無機質な鉄仮面。
グラウンドから石を投擲し、窓ガラスを割った男がオレを誘うように手招きをしている。
「パパ、知っている人?」
「ああ。あの鉄仮面は、オレだ。何か話があるらしい」
「一緒にいくわ。パパはあたしが守るから」
「いや、一騎打ちを望んでいるのだろう。
オレ一人で行く。ミコ、零奈を頼む」
「はーい! 今日から私はペル様のモノなので! 任せてくださーい!」
オレは視聴覚室を飛び出し、鉄仮面のもとへ向かった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。