ルールを壊す死後覚醒。母娘の修羅場。
──銀河基地、惑務軌道戦隊課、隊員居住区。
10番街の治安維持と侵略行為に対する防衛の要として建造された軍事施設内にあるレッドの私室へとオレと零奈はやってきていた。
「で? どうして神様が銀河基地にいるんだ。
家族で出かけると言っていただろう」
「どうしてって、レオナルドの調査報告を聞きにきたんだ」
「違うわ。パパはママに怒られるのが怖くて逃げてきたのよ」
オレの隣にいた零奈が間髪入れずに言う。
オレが苦笑いをすると、レッドは作り笑いを浮かべる。
「まぁ、色々あるよな。その子が例の娘さんか。すごく美人だな。こんな綺麗な子、生まれて初めて見たよ」
レッドが零奈をまじまじと見つめながら言う。
「ここにくるまでに何十人も男から声をかけられていた。
男を惹きつける魅力があるらしい。将来が心配だよ」
「心配しないで。あたしはパパしか興味ないから」
「冗談だと思うだろ? 本気なんだよ。笑えないだろ」
オレが軽い口調で言う。
レッドは顎に手を当てながら首を傾げていた。
「幼いのにしっかりしているな。いや、しすぎていないか?」
「この子は双子なんだが、妹と分けるはずだったアレスティラとオレの能力をほぼ全て一人で受け継いでしまったらしい。
つまり、強さも知性も何もかも最初から兼ね備えている。
妹の紫苑は年相応の可愛らしい普通の女の子なんだけどな」
「なるほどな。生まれながらに完璧ってわけか。
神様、君の娘というのは間違いのない事実なんだな?
失礼だが、複製人間だとか、紛い物でなく」
「……ああ。証拠を見た限り、間違いないと思う」
「パパ、やめて。あたしはサラの娘なの。
アレスティラはパパに酷い事をして、紫苑を出来損ないと言った。大っ嫌い。あんなのは母親じゃない」
零奈が冷徹な瞳で吐き捨てるようにして言った。
「酷い事に証拠? 穏やかじゃないな。何があったんだ」
「本当に聞きたいか?
世の中には知らない方が幸せなこともあると思うけどな」
「……やめとくよ。聞いたら人の道に戻れなくなりそうだ」
レッドは怖気付いたのか、両手を小さく振りながら後退する。
「零奈、オレも聞きたい事がある。どうして君はオレ達のことを知っているんだ。会ったのも今日が初めてだし、不自然だよな」
「あたしは紫苑と感覚を共有してるから。
アレスティラの記憶も多少なら継いでいるし。
今までの事も、離れた場所から全て見ていたの。
一人で暗い闇の中にいた紫苑を助けてくれたのも見ていた。
あの時、抱きしめてくれた感触は永遠に忘れない」
「感覚共有か。それならば納得できるな。
では妹さんが破壊の力を使ったのも何か関係があるのかな。
人々を消し去るのは君の能力なのかい?」
「そうよ。あたしの能力を無意識に紫苑が使ってしまったの。
あたしの能力は死後覚醒を果たした2番の力がベースよ。
能力の内容は言わない。貴方が敵になるかもしれないから」
死後覚醒とはエニグマが本来の力を発揮できないようにする予防措置。宇宙を破壊できるだけの力を持っているエニグマが間違いを起こさないように1番が設けたルールである。
エニグマは本来、死ぬことはない。それが死んだものは生き返らないというルールと組み合わさることで、エニグマは絶対に本来の実力を発揮できないよう調整されていた。
しかし、零の螺旋と素零の登場によって、不死が死ぬという矛盾が発生し、ルール自体が根底から覆ったのである。
死後覚醒の力は凄まじく、炎支配の能力を無限の熱量による宇宙消滅クラスの力まで昇華させた事例もある。
順位が上がるほどに強くなるエニグマの2番が持つ能力が、死後覚醒によってどれほどまでに強化されたかは想像に及ばないが、限りなく最強に近い能力であることに間違いはない。
「なるほど、つまり、君が宇宙最強なわけだ」
「いいえ。1番が存在する限り最強なんて有り得ないわ。
それにこの宇宙には理論を超えた能力が複数存在する。
零の螺旋はその事を証明する判断材料の一つなのよ」
【惑務軌道戦隊、天川大吾。作戦室まで急行せよ】
レッドが次の質問をしようと口を開きかけた矢先、胸元に付いている小型の通信機がキラリと光り、野太い声で伝令が飛ぶ。
「お仕事かな。俺は行くけど、神様はゆっくりしていてくれ」
レッドはオレにニ指の敬礼を送り、踵を返して部屋から出て行った。
「ねぇ、パパ?」
「どうした」
零奈はレッドが出ていくと途端に甘い声を出してオレに抱きつく。先程までの塩対応が嘘のような変貌ぶりであった。
「パパはどうしてアレスティラに酷いことをされたのに、あたしを引き取ってくれたの? あのまま置いてきてもよかったのに」
「キミがオレの娘だからだ。他に理由なんて必要ない」
オレが即答すると零奈は嬉しそうにはにかむ。
「……パパ、さっきね?
人が死んでも何も感じないとか、感情が希薄になってきているとか言っていたでしょ? あたし、原因がわかるかも知れない」
「本当か? 教えてほしいな」
「心臓がないからよ。パパは今、別の力で生きているでしょう?
だから、人間味が薄れて何も感じなくなってきてるし、家族を作って必死に心の隙間を埋めようとしているんじゃないかしら」
オレは沈黙し、黙考する。
零奈の言葉に説得力と心覚えがあったからだ。
「そうか、だから急に人恋しくなって家族を求めたのか。
零奈は賢いな。だとしたら、オレの心はどこにいったんだろうな」
「思い当たる節はない?」
「オレの心臓は刹那に潰されて消えてしまったと思っていた」
「刹那、アレスティラが契約している女勇者ね。
何か事情を知っているのかも。一緒に会いに行ってみる?」
零奈はオレの手を取って聖母のように微笑む。
「どうして零奈はオレのためにそこまでしてくれるんだ?」
「パパが大好きだからよ。他に理由なんてない。それだけ」
オレが苦笑すると零奈が微笑みを返す。
二人の距離が自然と近くなる。
視線が重なり、互いを求め合うように親子の抱擁を交わした。
「あー、神様。緊急事態なんだが、心の準備はできているかな」
二人だけの空気をぶち壊すようにドンドンと扉が叩かれた。
先程出て行ってレッドが鬼気迫ったような声を出している。
「なんだよ、また子供が増えたとかはやめてくれよ?」
「それよりもっと酷いかもな。あっ、あの……」
扉越しの会話を遮るように、扉が開かれ、神妙な面持ちをしたサラが室内へと入ってくる。
「ママ!」
「サラ……」
零奈は歓喜の、オレは悲痛な声を同時に漏らした。
「どうして突然いなくなってしまったんですか。
そこにいる子供は……アレ、スティラ?」
「えーと、その、なんというか……」
サラは零奈を訝しむように見ている。
「ママ、あたしは紫苑の双子の姉よ。パパとママの娘なの」
「サラ、正直に話すよ。この子はオレとアレスティラの娘だ」
オレと零奈の言葉を同時に聞いたサラが目を白黒させている。
どう対処したらいいのかわからないのか、オレと零奈の顔を交互に見ていた。
「違うのママ、あたしのママはサラだけなの。
だから、パパを怒らないで? 何も悪いことはしてないの」
パン!
乾いた音が室内に響く。
サラが平手でオレの頬を叩いていた。
「サラさん! 気持ちはわかるけど、暴力はよくない」
レッドが制止に入るが、サラは意に介さない。
「関係ない人は黙っていて。私だってわかっています。
アレスティラに利用されただけ、わかってる……。
でも、悔しくて……。私への当てつけのために子供を……」
「ママ、大好きよ。あたし、宇宙で一番パパとママが好きなの」
悲痛な表情を浮かべるサラの身体に零奈が抱きつく。
サラは零奈の身体を無言で引き離す。
「……ごめんなさい。貴女には紫苑のように接することが出来ません。あまりにも、アレスティラの面影が強すぎて」
「ママ、あたしが嫌い?」
「好きとか嫌いとか……いえ、はっきり言います。
オレさんのそばに貴女がいて欲しくない。
本当にアレスティラが母親だというのなら、すぐに帰って」
それは明確な拒絶の言葉であった。
零奈は目に涙を浮かべてガックリと肩を落とした。
「サラ、そんな言い方はないだろ。
零奈は紫苑と同じなんだ。何も気にする必要はない」
「気になります! 顔から何から全て同じではないですか。
貴方がアレスティラを今でも愛しているのを知っています。
なのに、そんな、そんなの、絶対に無理……」
「……わかった、ママ。あたしが出ていくから。
嫌な思いをさせてごめんなさい。ママのことずっと大好きよ。
──さようなら、パパ」
顔を伏せたまま、零奈が扉を出ていく。
オレはレッドにサラのことを頼み、即座に部屋を出る。
「待て、行くな」
「ダメよパパ。どうしてついてきたの」
振り返った零奈の瞳から、一筋の雫が溢れる。
「どうしてって……」
「ママを置いてあたしを選んだら、アレスティラに未練があることを証明するようなものなのよ。ママがかわいそうだわ」
「いや、でもオレは……」
「パパは自分の意思でママを選んだのでしょう?
だったら最後まで貫き通さないとダメよ」
「……お前はそれでいいのか。一人きりになっても、本当にオレのそばを離れてもいいんだな?」
「……イヤよ。パパと一緒にいられないなら、死んだ方がマシ」
「なら離れる必要はない。言っただろ。オレが一生守ってやる」
「でも、ママはどうするの?」
「サラ……どうしたらいいか、わからないんだ」
情けない声を出すオレを見て、零奈は涙を拭って微笑みを作る。
「もう……パパは恋愛の事になるとまるでダメね。
あたしが守ってあげる。まずは素零を探しに行きましょう」
「素零を?」
「パパとママの子供かもしれないのよね?
家族で話し合うなら、絶対に必要な人物じゃないかしら」
「でも、居場所がわからない」
「知っているわ。逆説王を探しに出かけたのよ。
あたしなら美唯子を殺せる。そしたら芋づる式に黒幕もわかるかもね? パパとママを利用する奴等はあたしが全員殺すから」
「なるほど。さすがはアレスティラの娘だな。
とても賢いし、頼りになる。でも殺しはよくない」
「本当に優しいのね。パパ、大好きよ」
「ああ。オレも愛しているよ。娘としてな」
オレと零奈は素零奪還のため、暗黒の運河へ飛び込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。