神様の子育て日誌②。衝撃の告白・歪んでいても愛。
子は親に似る。
新年からドロドロしていてすみません。
10番街、セウル。風光明媚な田舎町。
オレとサラと紫苑は三人ではじめてのおでかけをしていた。
栄えているわけではないが、人と自然が調和し、人の温かみや自然の豊かさを感じ取れる子育てにはうってつけの場所であった。
「神様! おはようございます!」
「あっ、神様! かわいいお子さんですね!」
「サラさん! 先代の神様にはお世話になりまして」
町の住民達はオレとサラを見ると全員が立ち止まり、朗らかに微笑みながら挨拶をする。
特にサラの人気は凄まじく、先代の神である10番に仕えていたこともあり、住民からも絶大な信頼を寄せられていた。
「あら、お嬢ちゃん! お名前は?」
一人の婦人が紫苑に名を尋ねる。
「しおーん!」
紫苑は手を上げながら元気よく答えた。
「まぁ、偉いわねぇ。お名前上手に言えるのねぇ! 偉いわぁ。
シオンちゃんは素敵なパパとママがいて幸せですね〜」
婦人は感心した様子で紫苑の頭を撫で、ハンドバッグから飴玉を取り出し、手渡すとオレとサラに頭を下げて去っていった。
「ねぇ、オレー! サラー!」
「ん? どうしたのかな」
紫苑はオレの袖口を引きながら、疑問符でいっぱいの表情を浮かべている。
「オレとサラはオレとサラなのに、パパとママっていうのは、なぜ?」
「あー。えっと、サラ、なんていえばいいのかな」
突然の質問にオレは困惑の表情を浮かべるしかない。
オレが救いを求めるように隣にいるサラに聞くと、サラはしゃがみこんで紫苑と目線を合わせる。
「私達は紫苑の家族だからです。貴女は大事な私の娘。オレさんはパパで、私はママ。大切な人をそう呼ぶんですよ」
「シオンはムスメ? オレはパパ、サラはママ!」
「ふふ。本当にかわいいですね。私達の娘は素直ないい子ですね、パパ?」
「サラ、いきなりパパは恥ずかしいって。でも、まぁ、うん」
「パパ〜? おかお、赤いね、なぜ?」
三人は手を繋いで町の中をゆっくりと歩いていく。
紫苑がミーミョンと打ち解けて以降、破壊の力が世界に影響を与えることはなくなっていた。
自然と家族として過ごす時間が増えていた。
楽しい時間だけが過ぎていく。幸福に包まれながらもオレは一抹の不安を抱えていた。先日見た不気味な悪夢、アレスティラの言動。得体の知れない存在の暗躍、世界の動向。
何もかも杞憂で終わればいい。オレはそんなことを考えていた。
──昼も過ぎ、昼食を取ってすぐの事。
「龍騎兵だー! 警鐘を鳴らせ、警鐘を鳴らせー!!」
幸せな時間は突如として崩壊する。
物見櫓から危険を知らせる鐘の音が響く。
町のあちらこちらから火の手が上がり、パニック状態の村人が一斉に家から飛び出してくる。
長閑な田舎町は一転して騒然となっていた。
「なんだ? 龍騎兵?」
オレンジ色に染まっていく町並みを見渡しオレが呟く。
「龍を駆り、各地を荒らしまわっている盗賊です。
町を焼き、暴虐を働き、また次の町へと移る悪党。
こんな小さな町まで襲うなんて許せない……」
サラは言いながら唇を噛む。
「そうか、悪人退治も神の役目だよな。
サラは消火と村人の先導を頼む。オレは賊を片付ける」
「はい! 紫苑はママのそばにいて。離れたらダメですよ」
「はーい!」
オレは跳躍し家屋の屋根を飛び継いで龍騎兵を捜索する。
小さな町なので捜索は容易に終わった。
町の外れ、小型の龍に跨り、重装備で身を固めた大軍勢が村に向けて次々と火矢を放っている。
「見つけたッ」
空を飛び大地に着地するとオレの登場に龍騎兵の一団は狼狽する。
「こいつ、この星の神だろ」
「やばいな、逃げるか?」
「いや、数ならこちらが上だ。囲んでやっちまおうぜ」
龍騎兵はオレと一戦交えることを決意したようだ。
「せっかく家族水入らずで楽しんでいたのに、お前らのせいで台無しだ。今ならまだ許してやるけどな?」
「ホザけ、若僧が! お前を殺して俺らが神になってやる」
「テメェラ、気張れよ! 神殺しだ!」
軍勢が一斉に槍を掲げて雄叫びを上げる。
先頭の賊が槍を振り下ろすと、二足歩行の龍が地を蹴り、オレ目掛けて突撃を開始する。
大地を覆い尽くす程の軍勢が地響きを上げて迫り来る。
「──くっ!? なんだ、胸が……うっ……無念」
「なんだ、皆んな死んでいく……突撃中止ー! ぐぁっ!?」
オレは何もしていない。だというのに賊は悲鳴を上げながら落龍し、地面を転げ回っていく。
人も龍も、大地をのたうち回って、もがき苦しみながら消えていく。
数分もしないうちに龍騎兵の軍勢は世界から消失した。
「この力は……紫苑?」
目の前の異常な光景をオレは静かに眺めている。
「やっと会えたわ! パパ!」
少女が一人、駆けてくる。
「紫苑? いや、違う」
「あたしは死蔭よ! パパ、愛しているわ」
少女は歓喜の声を出し、オレの体に飛びついてくる。
色白の肌、整った顔立ち、幼いながらに意思のある桔梗色の瞳。
目の前にいる少女は紫苑のようで、そうではない。
「どういうことだ。まさか夢で見た……いや、そんなはずは」
少女はオレに頬擦りし、額にキスをすると大地に降りる。
「アハ! 困った顔も素敵! あたしの秘密、知りたぁい?」
「ああ、教えてくれ」
「パパ、じゃあね? 死蔭の質問にも答えてほしいの!」
少女は手を後ろで組み、悪戯な笑みを浮かべてぶりっ子のように質問する。
「何が聞きたいのかな」
「パパはママだけを愛しているのよね? サラはとーっても綺麗で、宇宙一の女性よ。パパは絶対に裏切ったりなんかしないわ」
少女はオレをパパと呼び、サラをママとして認識している。
だとしたら、やはり紫苑でしかあり得ないのだが、オレはどうしても違和感が拭えなかった。
「ああ。オレはサラを選んだ。サラと紫苑が大切だよ」
「アハ! それなら、5番を殺しても構わないわよね?」
「殺す? 命を簡単に消してはいけない。ミーミョンと一緒に学んだろ? 優しい気持ちになれば、誰とでも友達になれるんだよ」
目の前の少女を紫苑だと仮定してオレは言葉を投げた。
「ダメよ! パパはアレスティラの呪縛を断ち切っていないわ!
あたしはパパとママが大好きよ。だから、パパとママの愛を阻む者は誰一人として許さない! 皆んな殺してやるんだから!」
少女も紫苑として反応しているようだった。
少女は唐突にオレの手を取り、空間を斬り裂いて暗黒の運河に飛び込んだ。
転移した先は見知らぬ空間。
目の前に佇むのは金髪の美少女アレスティラ。
「アハ! みつけたわよ、アレスティラ!
あなたがいるとあたし、とーっても嫌な気持ちになるの!
パパとママの恋路を邪魔する害虫女! 死んじゃうの?」
少女はアレスティラを指差しながら蔑む。
その様子をアレは怪訝な顔をするでもなく静観している。
「……親に向かって何という口を聞くのですか、アナタは」
アレスティラは間違いなく少女に対して言葉を放った。
オレと少女が同時に疑念の表情を浮かべる。
「ハァ? あたしのママはママだけよ。
そんなに死ぬのが悔しぃーい? でも無駄よ、殺すから」
「アレスティラ、どういうことだ。説明してくれ」
オレと少女は同時に質問する。
アレスティラはしばらく沈黙してから口を開いた。
「……わかりました。白状します。その娘は紫苑ではありません。
本名は零奈。アナタとワタシの子供です」
世界が止まったかと錯覚するような衝撃的な告白。
オレも少女も言葉を失う。
「え……嘘、ウソよ……あたしのママは、サラ……なんだから」
「紫苑が零奈で、オレとアレの娘? なら、サラは……」
オレと零奈は親子のように同じ表情で、思考を整理していた。
「安心してください。ちゃんとサラとの愛の結晶も存在します。
サラとオレの子供は素零です。生意気な所が女狐にそっくりですね。ワタシ達の子供は双子、サラとの子供も双子。
数奇な運命ですね」
「……イヤッ! あたしのママがアレスティラなんて絶対にイヤなの! あたしのママはサラ、サラだけよ、そんなの絶対にイヤァァッ……!」
半狂乱状態で零奈が叫ぶ。
オレも心中穏やかではなかったが、零奈のために平静を装う。
「落ち着け紫苑。いや、零奈か。オレはアレスティラと関係を持っていない。誓ってもいい。オレ達を惑わそうとしているだけだ」
「パパ……。あたし、パパを信じるわ。
あたしのパパはオレで、ママはサラ。アンタなんか絶対に信じないから……絶対に、嘘よ……」
「……まさかここまで我が娘に否定されるとは、さすがに悲しくなりますね。わかりました、見せましょうか? 証拠」
アレスティラの深紅の瞳が妖しい光を放った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。