暁闇の悪夢。死蔭。
悪夢。
闇の中、國裂信長は自身の身長の半分以下にも満たない程の小柄な少女相手に劣勢を強いられている。
袈裟斬り、突き、一文字斬り、薙ぎ払い。
攻撃のリズムを変え、手を替え品を替え攻め続けるが、少女の俊敏な動きに対応できず、苛立ちを声にして獣のように吼えたてる。
「なんだっツーんだよ! コイツはァッ!!」
息を整え、姿勢を正し、攻撃速度を上げるために片手で乱雑に振り回していた刀の柄を両の手で握りしめる。
「遊びは終わりだ。覚悟しろや、ガキがァッッ!」
鬼神が如き迫力で繰り出す無慈悲の斬撃。
渾身の力を込めた全霊の一撃が虚しく空を切った。
「……それが全力? あなた、とーっても、弱いのね!」
少女は振り下ろされた刀を眺めながら妖しく微笑む。
「──テメッ……」
信長が睨みつけると少女は飛び上がり、足蹴での痛烈な一撃を顔面に叩き込んだ。
2メートル近くはある信長の巨躯が容易く吹き飛ぶ。
「アハ! あたし、今、とーっても、機嫌がいいの!
素敵な名前を貰えて、愛されて、とーっても、幸せよ!」
「誰も聞いてねぇっツーの……完全に狂ってやがる……」
信長は刀を杖代わりに起き上がり、憎々しげに呟く。
「あなたもあたしの名前が気になるのかしら! やっぱりィ?
あたしは死蔭! 全てを壊して、その先に行くの!」
「だからよ、聞いてねーんだよ! 死ねやァァ!」
気迫と共に繰り出した信長の斬撃が少女の首筋に触れた途端、真紅の刀が光の粒子となって霧散する。
「アハッ! ムダよムダムダ、無駄なのぉ! あたしはとーっても、強いんだから! そろそろあなたも死んじゃうのかしら?」
幼き体に殺気を滲ませ、少女がゆっくりと歩み寄る。
信長は歯軋りする。死を覚悟し、笑みを浮かべた。
死蔭は手刀を作り、信長の首に向けて真っ直ぐに振り下ろす。
「──獄炎弾」
闇の中に声が響いて極熱の弾丸が飛来する。
死蔭は信長への攻撃を中断し、右手を翳すと、燃え盛る弾丸は掌に吸い込まれるようにして消滅した。
「余計な真似をするな、氷のエニグマ。このガキ、何者だ」
信長は舌打ちをする。
隣に並び立つ男に命を救われた事が我慢ならなかったからだ。
「俺に聞くな信長。少なくとも同胞ではないな」
「そーかよ。完全に化け物なのにエニグマじゃないのかよ。新人類でもないな。……素零はどうした」
信長に質問された氷駕は諦めたように嘆息する。
「美唯子を探しに出かけた。しばらくは戻らないだろうな」
「あら、お友達? あたしにもいるの! とーっても、キュートでふわっふわなお友達よ! だけど残念! 紹介はできないわ! だって、あなた達……二人揃って死んじゃうからぁ!」
死陰の瞳が桔梗色の閃光を放つ。
少女の身体から溢れ出る光が世界を侵し、漆黒の闇が紫色に染まっていく。信長と氷駕はその光景をただ黙って見ていることしかできない。
「コイツは……この眼は……」
「なんだよ氷の、何か知ってんのかよ」
「言えることは一つ。勝利は諦めろ。俺達では絶対に勝てない相手だ。対抗できる者がいるとするならば1番か……6番」
氷駕は冷徹な表情で淡々と言い切った。
信長は肩を竦めた後、血の混じった唾を吐き捨てる。
「あー、そうかよ。できれば聞きたくなかったよ。
生憎だが宇宙野郎は自分の星でノンビリしてるだろうさ。でもよ、やるしかないよな」
「ああ。俺にもプライドがあるからな。
死蔭と言ったな、最後に聞かせろ。お前の目的はなんだ」
「アハッ! 気になるぅ? そうね、教えてあげるわ!
あたしの大切なママがね、昔、色々あったらしいの。もちろんママを疑ったりなんかしてないわ。
ママはパパだけを愛してる。御伽話の王子様とお姫様みたいでとーっても、素敵でしょ? だからね、昔の男の面影をこの世から完全に消したいの! この意味がわかる?」
「そうか、目的は17番の力だな。ならば侍は関係ない。逃げろ」
「ハッ! ふざけろ。俺はこのガキを斬り殺す。そう決めた」
「……好きにしろ。どちらにしても俺達は終わりだ」
信長と氷駕が同時に構えるのを見た死蔭は嘲笑する。
「フフ! 満足した? それじゃあ、これでフィナーレね?」
死陰が一際眩い閃光を両手に集め、天に向かって撃ち放つ。
闇も、氷駕も、信長も、全てが紫耀に包まれていく。
◇ ◇ ◇ ◇
「──18番ッ!!?」
叫びながらオレが玉座から飛び上がる。
それから数分もしない間に玉座の間の扉が開かれ、物音を聞いたサラが何事かとオレのそばまで駆けてくる。
「玉座に腰掛けたまま眠ってしまったのですね。
……玉のような汗。何があったのですか?」
サラがハンカチでオレの額を拭いながら言う。
「サラ、紫苑は今どこにいる」
「寝室で毛玉と一緒に寝ていますが、紫苑に何か問題が?」
「……そうか。いや、何でもない。素零と連絡は取れるかな」
「それは難しいかと。
元々が神出鬼没で先日除名もされたので、暗黒の運河を利用できないはずですから、こちらから連絡をする手段がないのです」
サラは優しい手付きでオレの背中を摩りながら答える。
「そうか、ありがとう。恐ろしい夢を見た。肝が冷えたよ」
「我々は滅多に夢を見ないのですが、珍しい事もあるのですね」
「完全なる悪夢だ。二度と見たくない……」
「疲れが溜まっているのですね。寝室でゆっくり休みましょう」
「いや、今日はとても眠れそうにない。このまま起きているよ」
「まだ夜明け前ですが……。私もご一緒してもいいですか?」
「ありがとう、サラ。キミがいてくれて本当に良かった。
昼になったら約束通り三人で出かけよう」
サラはオレの瞳を見つめて黙って頷く。
10番街、夜明け前の空は紫色に染まっていた。
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