異世界の大衆食堂にて絶品の木星丼を食す。宇宙に咲いた友情の華・オレとレッドとミーミョンと。
──10番街、大衆食堂、我螺覇乃十河史。
店の最大の売りは異常なまでの安さと品揃えの豊富さにある。
オレに好意的な下位層エニグマが暗黒の運河を通じて、四六時中、宇宙に存在するあらゆる食材を瞬時に、文字通り産地直送で仕入れてくる事が可能だからである。
オレが地球の出身であることを知っているサラの計らいで、店主はあらゆるニーズに応えることが出来るように教育されていた。
日本料理、中華料理、異世界料理、宇宙料理、世界の食の全てがこの場所に集結していると言っても過言ではない。
食事の約束をしていたオレとレッドは店の前で待ち合わせ、ミーミョンも連れて入店するとカウンター席に腰掛けた。
ミーミョンは椅子に座るとその小ささから食事をすることができないため、カウンターの上に紙ナプキンを敷いて座っている。
「えーと、オレは普通のラーメンでいい」
「俺は聖樹の根増し明星爆発激辛銀河麺だ。それと木星丼」
「オイラは山盛りのシナチクにナルトを二枚乗っけて、その上にケチャップとシロップとザラメを大量にかけた物をくださいミョ」
二人と一匹は手際よく注文をする。
ミーミョンが行儀良くお辞儀をすると、愛想の欠片もない店主は声を出さずに静かに頷いた。
「レッド、木星丼ってなんだよ」
「豆ご飯にグリーンカレーがかかっていて、その上に甘辛いソースで炒めたブロッコリーが親の仇ほどに乗っている食べ物だ」
「へぇ。前に見たが、木星って緑じゃなかったけどな。
食べてみようかな。大将、オレも木星丼もらうよ」
オレが追加注文を頼むと店主はまたも無言で頷く。
「わかりやすいイメージだよ。俺も神様に聞くまで親子丼なんてものは想像もつかなかったし。なんの親子だよって普通は考える」
「まぁ、そんなものか。サラが気を利かせてくれて、この店も大分地球の料理を扱ってくれるようになったからな。感謝しかない」
「その……神様がよく名前を出すサラってのは何者なんだ」
「サラは神様の従者だミョ。冷静ですんごい綺麗だミョ。
側から見ると二人は恋人みたいだミョ。以心伝心ミョ。
何故かオイラには冷たいミョ。必ず毛玉と呼ばれるんだミョ」
オレに代わってミーミョンがレッドに答えている。
「確かに見た目は毛の生えたボールだからな。仕方ないさ」
「よくないミョ! ちゃんとミーミョンと呼んで欲しいミョ!」
「──我覇螺」
会話が弾んできた所で、店主の言葉と共に料理が並べられる。
オレの注文したラーメンは安心と信頼の醤油ベースのダシ、中太麺、色彩豊かな薬味やチャーシューが乗っている。一般的な拉麺そのもので、特筆すべきことはない。問題なのは、
「おい、なんだよそれは。水銀か?」
レッドの目の前の料理である。
ドンブリの中で銀色の液体がトプトプと揺れ、時折気泡が浮かんではプスンと弾ける。
「銀河麺だよ。一度食べれば癖になる味だ」
「どうみても体に悪そうだけどな……」
「食わず嫌いはよくない。神様も早く食べろよ。冷めてしまう」
促されたオレは木星丼に目を移す。見事な緑色。
まるで山の一角を切り取って持ってきたようでもある。
スプーンを手に取り、掘削作業をするかのようにして木星丼を口へと運ぶ。
「……ヤバ! かなり美味い! 甘くて辛くて、香ばしい。それにこのソース! これならボウルに一杯でも食べれるよ」
目を見開きながら木星丼を絶賛すると、その後もオレはパクパクと緑の塊を口の中に放り込み、あっという間に平らげた。
「そうだろう。秘伝の甘辛ソース入りだからな。
これを食べれば色証ワクモンに遭遇しやすくなるぞ」
「……何を言っているんだ?」
「レッドはオタク気質がタマに出るミョ。気にしたらダメミョ」
「そうなのか? 覚えておくよ」
「休日なんて寝る間も惜しんでゲームとアニメ三昧ミョ!
いただきまーすミョ! うぅぅ! 美味だミョーのミョー!」
ミーミョンは甘味料でドロドロになったシナチクを口に入れて恍惚の表情を浮かべた。
食事が終わるとレッドが真剣な眼差しでオレに話があると告げ、店主の了承を得てテーブル席へと移動する。
「神様に頼まれていた例の坑道を調べてきた」
例の坑道とは紫苑を発見した現場のことである。
少女の世界を壊す力について少しでも情報を得られればと、オレはレッドに調査を依頼していた。
「……どうだった」
「坑道内に遺体は存在しなかった。人が倒れていたような痕跡もない。それと、付近を捜索していて興味深い事実が判明したんだ」
「興味深い? 死んだオッサンと何か関係があることなのか」
「大アリだよ。山間部に消えてしまった男が住んでいたと思われる邸宅があったハズなんだが、土地だけを残して建物が完全に消失していた」
レッドが胸元から写真を取り出し、指でトントンと叩く。
衛星からの映像を抜き出したのか、山を真上から見下ろす形で撮影されている。証言通り、山の一部が不自然に禿げ上がっていた。
「嘘だろ? そんな御伽話みたいな事は信じられない」
「それだけじゃない。男がこの世に存在していたという判断材料そのものが、完全に世界から消えてしまっている。
親兄弟、戸籍証明、使用人含めて何もかもだ。俺が調べていた段階ではまだ近隣住民の記憶にも男の存在は微かに残っていたようだが、今は間違いなく忘れさられているだろう」
「待ってくれ。だとしたらレッドはどうして覚えているんだ?」
当然の疑問をオレが投げかけると、レッドは自らのこめかみに人差し指を当てる。
「俺や仲間の会話内容や行動記録は、逐一、銀河基地にあるデータベースに保存されていく。
データは脳内で連動しているから忘れることはない。
それに銀河基地は先代の神、10番の加護によって外部からの干渉を一切寄せ付けない。俺達の記憶には永遠に残り続けるんだ」
反論の余地もない程に完璧な証明であった。
「そうか。なら、間違いのない事実なんだな。
それが本当だとしたら、紫苑の能力は」
「その少女の力にかかった者は、他を巻き込んで存在全てが世界から完全に除外、もしくは抹消されてしまうと考えるのが妥当だと思う。過去に例がないほどの有害な破壊兵器。世界の脅威だ。
何か一つでも間違いがあれば世界に終わりがくるかもな」
「レッド! 紫苑は生きているんだミョ! いくらなんでも、そのいい方は失礼だミョ! でもオイラも少し不安なんだミョ……」
ミーミョンが飛び跳ねながらレッドを非難する。
「すまない。だが事実なんだ。正直言って震えたよ」
「零の螺旋だ……」
「神様?」
「零の螺旋に酷似している。他者を巻き込むことはないが、無機質、有機物、存在しないモノまで全てを完全に消し去ることが出来るんだ。最終的にはオレ達が生きている宇宙までも……な」
エニグマ最上位、宇宙の全てと、その先までも統べる者。
1番が生み出した究極の攻撃手段、零の螺旋。
その力と紫苑の能力にオレは近しいものを感じ取っていた。
「だが神様やサラさんに害はないのだろう?
だとしたら、別の力とも考えられるが」
「少なくとも、今はな……。
零の螺旋は終の螺旋に進化した。
どうしたら……。すまない、オレは先に帰るよ」
テーブルを叩いて、オレは立ち上がる。
「オイラも一緒に帰るミョ!」
「ミーミョン? 今の話を聞いてたろ。怖くないのか」
「聞いたミョ。でもオイラ、紫苑の友達だから!
友達は仲間を見捨てて逃げたりしないミョ。怖くないミョ!」
オレが逡巡していると、レッドも席を立ち上がり、オレの右肩に手を乗せる。
「神様、ミーミョンも宇宙を守る平和の戦士なんだ。
連れて行ってやってくれ。きっと力になってくれるから」
「……ああ。ありがとう。紫苑には最高の友達が出来たんだな」
「当然だミョ! さぁ、早く帰って紫苑を安心させるんだミョ」
「──神様。アンタはこんな俺を見捨てなかった。
心から尊敬しているし、かけがえのない友だと思っている。
アンタが本気で少女を救いたいと言うのなら、俺は絶対に止めはしない。頑張れ。またいつでも力になるよ」
「ああ! レッドもミーミョンも、オレの大切な友達だ!」
オレとレッドとミーミョンは、決意と友情を誓い合うように拳を合わせた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。