神様の子育て日誌。ミーミョンはキミョカワイイ。
最初から全て。
そそくさと逃げ出すように4番と7番が姿を消した後、素零もバツが悪いと感じたのか挨拶もそこそこに星の中枢から去っていった。
オレは玉座に腰掛けている。その膝の上では世界を壊す名もなき少女が小さな寝息を立てて眠っていた。
「あの……えっと」
伏目がちにオレを見つめながらサラが小さく声を出す。
「ん?」
「私のことを庇ってくれて、ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。サラはいつもオレを支えてくれるから。
少しはオレも神らしくなれたかな?」
「素敵でした、──すごく」
寝ている少女を起こさぬよう配慮して二人がやり取りを終えると、玉座の間を静寂が支配する。静寂の中、オレは黙考している。
4番と7番の来訪、素零の襲来。何もかもが出来すぎている。
仮に世界を操れるものがいたとしたら、それは神でしか有り得ない。しかし今度ばかりは事情が違う。
謀られているのが神なのだから。
「──11番の力を引き継いだってのは初耳だったな」
「はい。私もです」
オレの問いかけにサラは即答する。
「私もって、自分の事がわからないってこと?」
「貴方には正直に話します。
確かに今、私は死後覚醒を果たした11番の力を持っています。
ですが何故継承しているのか覚えがないのです」
「……そっか。サラの言う事なら信じるよ。
それに、オレにも似たような覚えがあるんだ」
「それは知りませんでした。本当なのですか?」
「ああ。オレは3番の力を持っている。
ある朝、突然に継承していたんだ。まるで意味がわからない。
ずっと疑問に思っているけど、理由は今でもわからない」
「私達は自分でも気づかない間に誰かに利用されている? だとしたら、何時から……。
……考えても仕様がありませんね。話を変えましょうか」
「この子の名前、決めないとな。
オレみたいにいつまでも名無しってのも考えものだ」
オレが話題を変えるために少女の事を口に出す。
「瞳の色が特徴的なので紫苑などはいかがですか」
「そうだな。いいと思う。
この子、教えれば力を制御できるようになるかな。
今のままでは、あまりにも不憫だと思うから」
オレが少女の頭を撫でると、少女は心地の良さそうな寝顔を浮かべる。
「……可能性はあると思います。
ありきたりですが、動物の世話を通じて生命の尊さを学ばせるというのはどうですか? 破壊の力を抑制できるかもしれません」
「なるほどな。サラ、動物はどこに行けば見つかるかな」
「10番街には多様な生命が息づいています。
ペガサスや不死鳥、ガルーダに飛竜。
ですがこの子はまだ幼いので小動物がいいかと思います」
「わかった! 探してくるよ!」
オレは紫苑をサラに託すと、暗黒の運河に飛び込み、星の中枢を後にした。
──数分後。
「ミョ?」
星の中枢へと帰還したオレの掌の上には、謎の生命体が鎮座している。
サラは怪訝な顔で謎の生物を見つめていた。
「なんですか、その毛玉は。顔……はありますね。生き物?」
「戦隊ヒーローのマスコット、ミーミョンだ。
レッドに事情を説明して借りてきた。
こいつなら会話もできるし、子供向けだから完璧だろ?」
ミーミョンは可愛さと奇妙さが絶妙に混ざり合った形容し難い容姿をしている。
そのキミョカワイイ生物は、キョロキョロと周囲を見渡し、サラの顔を注視する。
「オイラになんのようだミョ?」
「毛玉が……喋った……」
毛玉に問いかけられたサラが愕然としている。
まさか口が聞けるとは露にも思っていなかったのであろう。
「面白いだろ? 地球じゃこんな奇妙な生物見たことない。
ミーミョン。今からある女の子の友達になってあげてくれ」
「そんなことかミョ! ならオイラに任せるミョ!
ちびっ子との触れ合いなら慣れてるミョー!」
ミーミョンはモフモフの体毛の中から小さな手を出して自らの胸と思わしき部分をポンと叩いた。
身体の構造が複雑怪奇。謎の生命体。得てして妙である。
「ただし」
「ミョ?」
「場合によっては死んでしまうかもしれない」
「リスクが高すぎるミョー!!
オイラまだ死にたくないミョー!!!」
ミーミョンは逃げ出した。
「あっ、毛玉が逃げました!」
玉座の間から飛び出していくミーミョンを指差しながらサラが叫ぶ。
「くそ、疾いな……雷命延尽!」
生命の危機を感じたからか、ミーミョンの飛行速度は弾丸のように速かった。オレは無駄に雷命延尽を発動し、神速で毛玉を捕獲する。
「やだミョー! 死にたくないミョー!」
ミーミョンはオレの手の中で暴れ狂っている。
動く度にフサフサの体毛が揺れ、バニラエッセンスのような香りが広がる。どこまでも妙な生き物である。
「大丈夫だって、子供に夢を与えるのがヒーローの役目だろ?」
「死んだら夢を与えられないミョ! ふざけないでミョ!」
「──アナタの名前は今日から紫苑ですよ。
新しいお友達が来てくれましたからね」
オレとミーミョンが口論していると、サラが別室で待機していた紫苑を抱き抱えて連れてくる。
「サラー? 私、シオン? ……お友達? だれ?」
紫苑はまだ眠いのか、目をしょぼしょぼとさせている。
「あの子は今まで一人きりで生きてきたんだ。
オレもミーミョンを死なせないように努力するから、友達になってあげてほしい、頼む」
オレが紫苑を指差しながら言うと、少女を見たミーミョンは観念したのか抵抗することをやめる。
「ミョ……わかったミョ。オイラ頑張るミョ」
オレはミーミョンを手放して一人、紫苑のもとへと向かう。
「オレー?」
「紫苑はオレとサラが死んだら悲しいか?」
「……うん。シオンのせいで死んでほしくない」
紫苑はオレとサラの顔を交互に見た後、悲しげな表情を見せた。
「あっちに飛んでいる変な……。いや、ミーミョンも紫苑の仲間だ。キミと友達になりたいと本気で思っているんだ。だから、一生懸命、仲良くしたいって考えてごらん? いいね?」
「うん。やって……みる」
紫苑が頷くとオレは笑顔を見せ、ミーミョンを迎えにいく。
「素直な普通の女の子ミョ。本当に生命を殺してしまうのかミョ?」
「大丈夫だ。オレを信じてくれ。オレも紫苑を信じているから」
オレはミーミョンを手に乗せて、ゆっくりと歩みを進める。
「──ダメ! ……死んじゃう、から」
唐突に紫苑が叫んだ。
玉座の間の明かりが明滅し、室内に疾風が吹き荒ぶ。
前触れもなしに家具が次々と倒れ、世界の一部になるかのようにして融解していく。
「頑張って。負の感情に屈してはいけません。
貴女ならできます。紫苑は強い子でしょう?」
紫苑は目をキュッと閉じ、懸命に不可視の力に抗っているようであった。
サラは紫苑の耳元で優しく囁きながら背中をさすっている。
オレは躊躇なく歩みを進め、紫苑の肩にミーミョンを乗せる。
「ミョミョ!? オイラ生きてるミョ! 紫苑はすごいんだミョ!」
「良かった……ミーミョン……」
肩の上で跳びはねているミーミョンを見て安堵したのか、紫苑はその場に崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
地面に倒れ込むすんでのところで、オレが紫苑を抱き上げる。
「紫苑、頑張りましたね。本当に良い子……」
サラは子を慈しむ母のような表情で紫苑の頭を撫でている。
「サラ。オレさ……」
「わかっています。私も同意見ですから。
一緒に頑張りましょう」
「ああ。ありがとう」
「オイラも協力するミョー! 紫苑の成長を見守るミョ!」
三人は紫苑の天使のような寝顔を黙って眺めている。
星の中枢には穏やかな時間が流れていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。