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見てはいけない。世界を壊す謎の少女を救いたい。


 数ある神への手紙の中からオレは興味深い依頼を発見していた。

 オレが指定された場所へ移動すると小太りの中年男性がお世辞にも爽やかとは言えない笑顔を浮かべながら立っていた。


「やぁ、来てくれてありがとう。手紙を出したモガノフリです」


 右手を差し出してモガノフリが握手を求める。

 オレが応じるとモガノフリは細い目を更に細めながら微笑む。


「手紙に書いてある男を壊す女って、どういう意味だ?」


「神様としても、やはり気になるでしょうね。

 実はこの先にある封鎖された坑道に一人の少女が住み着いているらしいのですが、何でも一目見るだけで余りの美しさに昇天してしまうのだとか。眉唾な話ですが、真偽を確かめたくてね」


 モガノフリは脂ぎった顔でネチャリと笑う。


「確かめてどうするんだよ。

 実在したとしても、関わらない方がいいんじゃないか?」


「いやぁ、噂が事実だとしたら、私の妻にしたいんですよぉ」


 モガノフリの鼻息は荒い。

 オレは思わず身震いした。


「……う。オレはアンタの方が気味悪いよ。

 事情はわかった。とりあえず坑道の中を見てくるから」


「報酬は弾みますから、くれぐれもよろしくお願いしますよ。

 私の妻になる気はあるのかを強調して聞いてくださいねぇ」


 迫力のある低音ボイスで猫撫で声を出すモガノフリ。

 オレは足早にその場を去る。

 深い森のさらに奥。草木を掻き分け、獣道を進むと、モガノフリの証言通りに坑道を発見する。

 坑道の周囲にはかつて人々が発掘作業をしていたであろう名残りがあった。

 打ち捨てられたツルハシやトロッコの残骸を横目に流しながらオレは坑道内を探索する。


「……誰?」


 不意に坑道内に少女の声が響く。

 オレは声がした方へと歩みを進める。


「えっと、この星の神って言って通じるのかな。

 キミはこんな所で何をしているんだ?」


「それ以上は近づかないで! 死んじゃう……から……」


 少女の声が接近することを明確に拒絶する。


「大丈夫だよ。オレは死なないから。……多分な」


 オレは声の主を突き止める。

 年端もいかない可憐な少女だ。

 オレは少女に近づくと頭に手を軽く乗せる。


「お兄さんは死なないの? なぜ?」


「何故って……エニグマだから? とにかく死なないよ」


「私に関わるものは全部死ぬの。人も物も星も全部……」


 少女は不思議そうな顔でオレをじっと見つめている。

 少女の特徴的な桔梗色の瞳が神秘的な輝きを放っていた。


「まだ子供だな。こんな子を妻にするなんて、アイツは異常者だな。そこにいてくれよ。すぐに戻るから」


 少女がコクンと小さく頷くのを確認するとオレはもと来た道を引き返していく。

 坑道の外まで出るとモガノフリがオレを待ち構えていた。


「それで!? どうでしたか!」


「ああ、いたよ? いたけどさ……」


「実在するんだな!? 本当に!?」


「ああ、そうだけど」


「アンタは死んでない! つまり、少女は存在するが死の噂は偽物だったんだ! それさえわかればアンタ用済みだ、帰っていいよ」


「あっ! おい、ちょっと……」


 モガノフリは猛烈な勢いで坑道内へと突き進んでいった。

 オレは後を追うがモガノフリは体格の割に機敏な動きを見せ、中々追いつくことが出来ない。


「なんと美しい! この世のものとは思えな……ウッ!」


 少女の姿を一目見たモガノフリは死んでしまった。


「本当に死ぬのか……このオッサンの場合、自業自得だけどな」


「やっぱり、死んじゃうよ。お兄さんも、もう帰って……?」


「でもさ、こんな所に一人でいたら寂しいだろ?

 ちょっと待っててくれ。専門家を連れてくるから」


 オレは再度坑道を出ると暗黒の運河へと飛び込む。

 そして街で買い物をしていたクラリスを森の中へと連れてきた。


「突然どうしたのさ! 僕は新しいドレスを……」


「クラリスは即死耐性とかの能力があるんだろ?

 この坑道の中に不思議な子供がいるんだよ、見てくれないか」


「──ああ、ダメだ。この距離でもわかる」


 坑道内に広がる漆黒の闇を見つめながらクラリスは呟いた。


「ダメ?」


「この先にいるのは死なんて生易しいものじゃない。

 世界そのものを消せる程の力を感じる。

 人間の手には負えないよ。僕の即死耐性+++なんて軽く貫通して死んでしまうだろうね。死絶のダンジョンでは危うかったのにキミはどうして平気なの?」


「……わからない。とりあえず、どうしたらいい?」


「キミがエニグマだから平気なのか、キミだから問題ないのかも調べないとね。従者のサラさんも呼んでみたら?」


「ああ、わかった。サラ」


 オレが一声呼びかけると暗黒の運河を通じてサラが瞬時に姿を現した。


「ものすごく、便利なんだね。エニグマって」


「まあな。どうだ、サラ。何かわかるかな」


 事情を聞いたサラがクラリスと同様に坑道の中を見つめる。


「……はい。この先にいる者を解き放ったら、世界にとって素零の終の螺旋と同等クラスの脅威となります。10番街にこのような場所が存在するとは盲点でした。この坑道は完全に封鎖します」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! それしか方法がないのか?」

 

「封鎖するのが最善かと。この先には何がいるのですか?」


「女の子」


 短く言ってオレは沈黙する。

 サラはそんなオレを見つめながら嘆息する。


「貴方の考えはわかります。情が移ったと言うのでしょう?」


「さすが、サラはオレの事をよくわかってるな」


「従者として当然です。そしてその先の発言もわかります。

 自己責任で、他者に迷惑をかけないようにして下さいね」


「わかった。そうする」


「待ってよ! 君達がツーカーすぎて僕一人だけ置いてきぼりなんだけど!?」


 クラリスが一人慌てている様子をサラは静かに眺めていた。


「……私のご主人様は心優しいので、この先にいる少女を連れて帰るそうです。ですよね?」


「ああ」


「イイッ!? 本気なの? 下手したら皆んな死んじゃうよ」


「だから、オレがなんとか方法を考えるよ。

 サラ、悪いけど中にいる少女を連れてきてくれ」


「はい。承知しました」


 サラは従順に坑道内へと入っていく。

 オレはクラリスと向き合った。


「クラリスはこのまま帰ってくれ。しばらくはオレの部屋で様子を見ることにするけど、神の居城でも気を抜かないようにな」


「了解したよ。まだ死にたくはないからね。

 僕は買い物の続きをしてから帰るから、少し遅くなるよ!」


 クラリスが去り、しばらくすると少女を抱き抱えたサラが坑道内から出てくる。道中で打ち解けたのか少女はサラの身体にしっかりと抱きついていた。

 少女が森へと出た途端、草木は枯れ果て、小川の水分が蒸発し、鳥や昆虫の死骸が空からボトボトと落ちてくる。

 少女の世界を壊す能力は広範囲に渡り影響を及ぼすらしい。


「お姉さんも死なないの? なぜ?」


「……私もオレさんも、貴女の味方だからですよ」


「そっかぁ……なら、嬉しい!」

 

 少女はサラの頬をペタペタと手で触りながら、太陽のような笑顔を見せた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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