歴史を変えて宇宙を救え。見出した答えは対の螺旋。
──死絶の洞窟、最奥。
素零と神代永斗が対峙し、オレとクラリスはその様子を見守っている。
「──僕の目に映っているのは姉様だ。
いい趣味しているよ。どう足掻いたって勝てる気がしないもの。君の目には何が見えているんだい?」
「よし! 戻った!」
「え? 戻るって……急にどうしたの?」
唐突に叫んだオレを見たクラリスが怪訝な顔を見せる。
「頭上注意だ。爆発が起きるぞ」
オレが言った直後、洞窟内に爆音が響き渡った。
8番に臆した素零が闇雲に零の螺旋を乱射したのである。
「スゴイな君は! 危険予知のスキルを持っているんだね!」
頭上から降り注ぐ土砂を防御魔法で振り払いながらクラリスが感嘆の声を漏らす。
「一度見たからな。説明は後だ。とりあえず8番を倒してくる。……素零に終の螺旋を発動させないように、でも8番を倒させて自信を取り戻させる。難しいけど、やるしかない」
クラリスに告げた後、オレは体に紫電を纏って姿を消した。
「だからよぉ? 俺様に零の螺旋は効かねーんだよなぁッ!」
8番が姿勢を低くし、迫り来る光の螺旋を掻い潜りながら素零に接近する。素零の間合いまで距離を詰めた8番はガラ空きとなっている腹部に強烈なボディブローを叩き込むため拳を振り上げる。
8番の拳が素零の体に打ち込まれようとした瞬間、両者の間を迅雷が駆け抜けた。
「……させるかよ」
「──ガッ……ハァぁ!?」
閃光のような一撃を腹部に受けた8番の身体は強烈なパンチの衝撃で勢いよく飛び上がり天井に激突する。
間もなくして8番が地面に落下してきた所を待ち構えていたオレが雷を纏った右脚で蹴り飛ばした。
8番の身体は洞窟の壁面に衝突し、地面に崩れ落ちる。
「スゴイ……。一方的だ。人間離れした疾さをしている……」
8番を瞬間的に無力化させたオレを見て、クラリスは静かに呟いていた。
「素零、大丈夫か? 苦手な相手によく立ち向かったな。
どれだけ強い存在にも弱点はある。そのために仲間がいる。
お前は一人じゃない。困ったときはオレを頼れ」
「んふふ。カッコつけちゃってさ。でもありがとう!
あれだけ怖かったのに、今はもうなんともないや」
地面に倒れていた8番が頭を抑え苛立ちの顔で起き上がる。
その光景を見ても素零は動じない。
素零の目から恐怖は消えていた。
「クソがァッ! 雑魚が群れて調子に乗りやがるぜ!
俺様には奥の手があるんだよ、零の螺旋【捌式】ィ!!」
8番の身体全体から煙のように瘴気が溢れ出し、ドス黒い閃光が右腕に収束していく。
8番の掛け声と共に零の螺旋【捌式】がオレと素零の命を消し去るために発射された。
「見ててね、今度は素零がオレを守るよ」
素零が右腕に光を集め、零の螺旋を発射する。
白の閃光と黒き閃光が衝突する。
白が黒を黒は白を飲み込もうと互いに鬩ぎ合う。
実力は拮抗しているかのように思われた。
しかし徐々に【捌式】に素零の零の螺旋が押されていく。
「ハッハァ! 弱い、弱すぎんだよぉ!!」
8番がトドメとばかりに零の螺旋【捌式】のエネルギー放射量を加速させる。
素零が放った零の螺旋は黒の閃光に飲み込まれ風前の灯だ。
迫り来る螺旋が素零の体を飲み込もうとしたまさにその瞬間。
「言っただろ? オレを頼れ。一人で無理するんじゃない」
素零の右腕にオレがそっと腕を重ねる。
「ありがとう。大好きだよ、10番。──対の螺旋──」
素零とオレの腕が重なり一つとなった時、それは邪悪を滅する光輝となった。
「なんだコレ、クソがよぉ……なんで押されてんだよぉ……。
行け! 即死蝙蝠ォ! 奴等の命を刈り取りやがれぇ!」
8番の指示で蝙蝠の姿を形取った無数のエネルギー生命体が空を舞い、オレと素零に襲いかかる。
触れれば即死。だが対の螺旋に集中している二人には迎撃する余裕はない。
神代永斗は勝利を確信したのか不敵な笑みを浮かべる。
「僕がいることを忘れてないかな?
仲間を支えて助け合う。それがパーティの醍醐味さ!
──白の弾丸!」
クラリスの放った白の弾丸が蝙蝠の群れを一掃する。
「アアッ! イライラするぜぇ、どうして何も上手くいかないんだよぉっ!」
8番は舌打ちをしながら地団駄を踏んでいた。
「素零。たまには人と協力するのも悪くないだろ?」
「んふふ。そうかもね! 初めてただの人間に感謝するよ!」
オレと素零は息を合わせて力を送り、対の螺旋を増幅させる。
「クソがクソがクソがァァッ──!!!」
勢いが遥かに増した対の螺旋が零の螺旋【捌式】を消し去り、神代永斗をこの世から完全に消滅させ、勢い余って死絶の洞窟の壁や天井をぶち破り、空に向かって飛んでいく。
今回はそれでとどまった。行き場をなくしたエネルギーの残滓は段々と尻すぼみになっていき、空の途中で消滅する。
オレはしっかりと対の螺旋が消滅するのを見届けてから素零を抱き上げた。
「よくやったぞ素零! 8番を倒したな! お前の勝ちだ!」
オレに褒められた素零が気恥ずかしそうにしていると、クラリスがゆっくりと二人に歩み寄る。
「おめでとう。ミッションクリアだね。僕はこれで失礼するよ」
「待ってくれ! これはキミのものだ。オレ達には必要ない」
その場を去ろうとするクラリスをオレは引き留め、ギルドで受け取った死絶のダンジョン攻略依頼書を手渡す。
ボスの討伐の欄には魔力印字で【達成済み】と記載されていた。
「これで勇者として再起できるだろ? っておい! 何するんだよ」
クラリスは攻略依頼書をビリビリに破り捨ててしまった。
「勇者として再起? 男として? ごめんだね。
今回君達と行動を共にしてわかったんだ。
ありのままの自分を受け入れてくれる人もいるってね。
もう自分を偽って生きるのには疲れたよ。
僕はこのまま旅に出ようと思う。自分だけの居場所を探しに」
クラリスは澄んだ瞳で言い切ると、二人に背を向け歩き出す。
「──おい、待てよ」
オレは再度クラリスを引き留めた。
クラリスは背を向けたまま「何かな」と答える。
「もし良かったらオレの10番街にこないか?
何でもありで混沌としてるけど誰にも縛られることはない。それに、治安が悪化していて性別問わず勇者募集中だ。
居場所がないなら、オレが居場所になってやる」
クラリスがスッと振り返る。
三人は言葉を交わさない。
ただ穏やかな春の日差しが三人の顔を明るく染めていた。
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