早くダンジョン攻略しろよ。惑わされし乙女と邪悪なる素零。
地面に落下した後、オレとクラリスは折り重なるようにして倒れていた。
「──ん? えッ! あの、ごご、ゴメンッ!」
先に意識を取り戻したクラリスが謝罪しながら立ち上がる。
体についた土埃を払い、長く大きく深呼吸している。
その様子を素零はニヤついた表情で眺めていた。
「なんだい、その顔は。僕を馬鹿にしているのか!」
「いやぁ、二人とも闇に対してかなりの抵抗力があるはずなのに、好き勝手されてたなぁーって思ってさぁ。
もしかしてキミも彼のこと満更でもないのかなぁ?」
「……まだやっているのか、あまりクラストスをイジメるなよ。
あれだけ唐突に捕縛されたら、誰だってパニックに陥るさ」
クラリスに続いて起き上がったオレが素零を嗜める。
素零はつまらなそうに小石を足で蹴飛ばした。
「えっと……あの……」
クラリスがオレの正面に歩み寄り、伏し目がちに何か言いたそうにしていた。
「ん? どうかしたか」
「正体もバレてしまったし、その、クラリスって呼んでも……いい、……よ?」
自分で言って恥ずかしいのか、クラリスは赤面している。
その顔を見た素零は邪悪な笑みを浮かべている。
「んふふ! んふふふ……なんてイジリがいがあるんだ。
嗜虐心が治らないよ。楽しいなぁ、なんて楽しいんだろう」
素零は邪悪な笑みのままオレの足元に駆け寄り、勢いよく抱きつく。
「ねぇ、パパ! クラリスもそう言ってるんだし、少しは仲良くしてあげたら? クラリスは子持ちの異性も恋愛の対象になるぅ?」
天性の才能を持つ悪魔が純粋無垢な子供を演じている。
その理由はクラリスの反応を楽しむためであろうが、効果は覿面だったようだ。
「え! やっぱり、結婚……してるんだ、そっか、そうだよね。
でも奥さんはいないみたいだし、まさか姉様、ではないよね。
僕も15になったばかりの子供だけど、彼とならきっと……」
「この女、ガチだね。話が突飛しすぎているよ。
今まで女の部分を殺していた分、姉への対抗意識も相まって抑圧されていた感情が爆発したのか。これ以上は危険だなぁ……。
もう、早くフォローしなよ、鈍い男だなぁ……」
邪悪な面を全開にした素零がブツブツと呟きながらオレの足を肘で小突く。
「素零はオレの子供じゃない。一応、仲間……かな。
性格は悪いし、口も悪いけど、根は悪い奴じゃないから」
一間遅れてからフォローを入れるオレを見て素零は嘆息する。
「そーゆーこと! これからもよろしくねー!
これ以上キミをイジって勝手な妄想とかされても困るし、大人しく撤退するから安心してねー!」
「え? あ、うん。よろしく頼むよ」
「はいはーい!」
クラリスの返答を軽く流した素零が今度はオレの耳元で囁く
「彼女、ダイブ痛いタイプだから、扱いには気をつけてね。
間違っても優しくしないように。ヤンデレ化するかもよ。
やっぱりキミにはアレスティラか刹那をオススメするよ」
「さっきからお前は何を言っているんだ!
強くなりに来たんだろ? 早くダンジョンを攻略しろよ!」
「はいは〜い!」
オレに怒鳴られた素零は洞窟内を足早に駆けていった。
「とても元気な子供だね。それに何か邪悪なものを感じるよ」
オレの隣に立ったクラリスが困惑の表情を浮かべながら言う。
「まぁ、基本的には悪魔かな。敵に回したらアイツほど怖い奴はいないと思う。場を支配するし、人の感情を逆撫でするのも上手い。
オレもキミもマンマと流されただろ? 特異な状況を作るのが上手いんだ。今までの発言も気にしなくていいから。
とりあえず、改めてやり直そうか」
「確かにね。あの子からは絶対的な蠱惑の力を感じたよ。
人の本質を引き出す才能があるらしいね。
場をかき乱すという意味では天才的だと僕も思うよ。
まるで幻術を掛けられたかのような気分だったし」
「何度も言うけど、悪い奴ではないんだよ。
とりあえず、オレのことはオレと呼んでくれ。
キミの姉さんもそう呼んでいたから」
「うん。僕のことはクラリスでいいよ。
落ち着いたら一度、姉様の話を聞かせてくれるかな?」
オレが頷くとクラリスも頷く。
「……疲れたな。さっさとボスを倒して退散するとしよう」
「そうだね。なんだか僕もどっと疲れてしまったよ。
あの子供には今後も悩まされることになりそうだ」
オレとクラリスは嘆息し、同時に肩を落とした。
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