まさか死のダンジョンで運命の出会い。伝説の勇者は白銀乙女。
暗黒物質の無駄遣いですね。
洞窟の中はガランとしており、岩肌が剥き出しの自然の状態そのままで、人が手入れたしたような形跡はみられない。
侵入者は足を踏み入れた瞬間に問答無用で即死するようなので、手を加える方法がないが正しいだろう。
洞窟内は闇一色で、一寸先も見えないような状態であったが、勇者クラストスの使用した光魔法、世界を照らす白の効力により、真昼のように明るくなったダンジョンを何不自由なく探索することが出来ている。
三人は周囲を注意深く探ったが、拍子抜けするほどに何もない。特殊な罠が仕掛けられているわけでもなく、分岐路が設けられているわけでもない。多少の起伏があるだけの道をオレ達はひたすら奥へ奥へ向かって進んでいくしかない。
「つまんなーい! ホントにこれが最難関なのぉ!?」
退屈したのか素零が不服そうに叫び出す。
「並の存在はこの洞窟内で活動することすら許されないからね。
僕のスキルは唯一無二だし、本来ならこうして探索できている事自体が有り得ないのだと思う。このダンジョンの最奥にいるであろうボスとしても無駄な労を費やすまでもないと考えたのだろう」
クラストスが語るには即死耐性+++を持つものはこの世に自分ただ1人。つまり、エニグマである素零を除き、常人が死絶のダンジョン攻略に望むならば、クラストスのパーティに参加し、即死耐性の付与を受けなければならない。
星の数ほどに人がいれば、当然ギルドの数も膨大となる。
腕の立つ冒険者が死絶のダンジョンの存在に気づいたとして、攻略のための適正スキルを持つクラストスを探し当てる可能性は奇跡的な確率となるだろう。
「へぇ。つまり色んな条件が噛み合わないと攻略すら出来ないから最難関ってわけかぁ。ならせめてボスくらいは強いといいな。
あっ! やっとなんか来たよ! どんな敵かなー!」
素零の希望に応じるように、前方から青白く輝く神秘的な球体が飛来する。
「どうやらこのダンジョンは生命を死に至らしめることに特化しているようだね。入り口の光は即死属性の範囲攻撃だし、あの球体は死という概念そのものだ。あれは即死耐性でも防げないな……」
言いながらクラストスは飛び出そうとしている素零を左腕で制し、右腕に魔力を集める。
クラストスの右手人差し指に白銀色の閃光が収束していく。
「──白の弾丸!」
クラストスが放った白銀の弾丸が球体に直撃すると、弾丸が触れた部分から光が広がり球体は一瞬にして弾けて消える。
「僕の力には浄化の作用がある。呪術や闇、死や負のエネルギー全般には滅法強いんだ。今のは死が形取っていたエネルギー体だ。触れたり攻撃を受けたら当然即死するから気をつけるんだよ」
「へー。人間のクセに結構やるね。伝説の勇者って名乗るだけのことはあるわけだ。やっぱりそうだったかー……運命、ねぇ……」
「当然だよ! 僕は生まれた瞬間から勇者だったからね。
幼くして武を極め、人に仇なす神々を滅し、──えっ?」
オレは素零とクラストスが会話している中に割って入り、クラストスの腕を取ると壁際へと追いやる。
そして両手で壁に手をつき退路を封じ、息がかかるほどの距離まで顔を近づけた。
「きゅ、急にどうしたんだい? 距離が近いよ。
こんなの恥ずかしい……じゃなくて! 無礼だな、君は!」
「恥ずかしい? 男同士だろ。
お前に一つ聞きたい。血縁者に刹那という女性はいないか? 黒髪の女勇者でオレの師匠で、大切な人なんだ」
オレが真剣な表情で質問すると、なぜかクラストスは顔を赤らめながら目を逸らしてしまう。
「ごめんねー? 彼は漆黒の勇者に振られてからご執心なんだ。そういえば、キミのさっきの技、黒の弾丸に似てるなー!
どことなく雰囲気も似てるかなぁ? あの女勇者にね」
芝居がかった口調で素零が言う。
「茶化すな素零。オレは別に告白したわけでもないし、振られてもいない。今はただ、距離を置いているだけだ」
「んふふ! それって振られた男がよく言う言い訳だよねー?」
オレが素零を軽く睨むが、素零はこの状況を楽しんでいるのか満面の笑みを浮かべている。
「へ、へぇ。姉様……じゃない、残念ながら、その刹那という女性を僕は知らないよ。ホントに近いって、一体何が目的なの?」
「いや、刹那の肉親だとしたら、さっきぶっ飛ばした事を心から謝罪したい。オレが悪かった、許してくれ」
「だから、違う……。そんなに真っ直ぐに見つめないで……」
クラストスはオレから距離を取りたいようだが退路は塞がれている。顔をさらに紅潮させ、心なしか呼吸も荒くなってきているようだった。
「アハハ! よっぽど男性に対して免疫がないんだねぇ!
そういえば黒の女勇者も僕に吹っ飛ばされてたっけ! キミ達姉妹って素零達にぶっ飛ばされる運命なのかもね! 面白いなぁ!」
ケラケラと笑いながら素零が言う。
オレは素零の発言に反応を示す。
「姉妹? クラストスは男だろ」
「あれ? 気付いてなかったの? やっすい変身魔法だよ。
最初からなーんか怪しいと思って疑ってたんだよねー!
ギルドで会ったとき、一目見た瞬間からね。素零が大人しかったのは、この女の正体に勘づいていたからだよ。
見てて、今化けの皮を剥いであげるからさ!」
素零が闇の塊を飛ばすとクラストスの体が暗黒物質に包まれていく。
「──キャア!」
辺り一面を満たすような量の暗黒物質が消え去った時、そこには腰の位置まで届く美しい金髪の見目麗しい少女が尻餅をついていた。
「……嘘だろ、刹那にそっくりだ。女性……だったんだな。
白銀の鎧に白鞘の刀……瓜二つだ、本当に……」
「なんで男のフリをしていたの? まさか素零達を騙そうとしていたのかなぁ?」
素零がクラストスだった少女に詰め寄る。
「本当に、乱暴で無礼だな君達は。……この世界は男性優位だからね。女勇者なんてのは存在すら許されないんだよ。
僕の本名はクラリス。ご明察の通り刹那の妹だよ。
幼い時に色々あって、お互い異世界に飛ばされたんだ」
クラリスと名乗る少女の全身をオレは静かに見つめる。
「どうしたの? 固まってるけど、もしかして意識しちゃってる? 仕方ないと言えば仕方ないけどねぇ。アレと女勇者はキミにとって特別な存在だからねぇ。その二人が混ざったような感じだもんねー!」
「だから違うって、マジで茶化すなよ素零」
「最初に言っておくけど、僕を女扱いしないでほしいな。
僕は勇者だ、とっくに女を捨てている」
「刹那と同じ顔で同じセリフを言うんだな……。
考えないようにしてたのに、やめてくれよ」
「やっぱり! 意識しまくりじゃん! とりあえず向かい合って話したら? ほらさ、遠慮しないで〜」
素零がオレとクラリスの四肢を暗黒物質で包み込み、宙へと持ち上げる。
二人は強制的に向かい合い、互いを見つめ合う状態になってしまう。
「あの……デコピンして、ごめんな。
女の子に手を出したオレは最低だ」
澄み切った青空のようなクラリスの碧眼を見つめてオレが言う。
「へっ? いや、僕が悪かったんだよ。子供を大切にしない親が許せなくて、あんな小さな子をギルドに参加させるなんて絶対に止めたくて……その、嫌な思いをさせてごめんなさい……」
クラリスもオレの黒い瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
互いにしばらく見つめ合った後、二人は同時に顔を伏せる。
「あーヤダヤダ! 冗談で言ったのに甘ったるい空気出しちゃってさ! ついでだからサービスしてあげますか!」
素零が腕を薙ぐと、宙に浮いているオレとクラリスの顔が急接近する。
「おい、マジでやめろ素零、いい加減に……ッ──」
「え、あのッ! ちょっと待って、僕達まだ……ん」
互いの唇が触れようとした刹那、二人を拘束していた暗黒物質がパッと消え去る。
オレとクラリスは同時に地面に落下した。
「んふふふふ! あー面白かったぁ!!
後でこの事、サラにも美唯子にもアレスティラにも、当然あの女勇者にもチクッてやろーっと!! 楽しみだなー!!」
心底楽しそうな表情で、素零は一人笑っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。