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「やむを得ない」

山田省吾は極度の心配性であり、不器用な男である。

係長に昇進して2年。

不器用さ故に同期からかなり遅れての昇進である。


人材不足の中、市役所は忙しい。

多忙さ故に眠りが浅い日があることに山田は悩んでいる。

ショートの作業依頼が多く、コロナに感染した部下の療養手続きの際は急遽、課長に呼び出され、大変だった。

既に体調を崩し始めており、よく眠れない日は仕事の効率に影響を与えている。


金曜日の終業後。山田は心療内科を受診した。

医師からは「睡眠導入剤を2週間分処方するので飲んでみてください。」といわれ、処方された。


山田と妻は共働きで、一人息子はまだ小さい。

しかも、自宅は遠いため、山田独り、単身赴任である。

会えるのは一週間に一度、日曜日のみ。


山田は今日はしっかり寝て、明日はどうしても妻と子どもの前で元気な姿を見せたいと思っていた。


帰宅後、何気なく処方せんを読んでいると「寝る前にできるだけ用事は済ませておきましょう」とある。

薬でぐっすり眠るためであろう。


山田の平均的な入眠時間は23時だ。健康な時は朝5時までぐっすりと眠っていた。


…こうして山田の眠るまでの長い夜が始まった…。


19時。

帰宅。シャワーを浴びる。

その後、共働きの妻と連絡をとる。

苦情対応でしんどい思いをしたようだが、

山田は男らしく「共働きでなくとも俺が全部、面倒をみれるんだぞ」と妻の前では堂々とした態度をとる。

妻や子どもを心配させたくない。

やむを得ない。


20時。

夕食。カップラーメンのみだが、ここは単身赴任の身。

明日、妻と子どもと会うことを楽しみにしつつ、カップラーメンをすする。

味気ない。妻の手料理が恋しい。

やむを得ない。


21時。

いつもより一足早くベッドに横になった。

すると、いつも22時以降にやっているテレビ番組がきちんと録画されているか気になった。

ここは一度起きて録画予約を確認だ。

やむを得ない。


録画予約はきちんとできていた。


22時。

うとうとしていると、加湿器から警告音が鳴った。

水を補給しないとカサカサな肌でまだ小さい子どもの肌を触ることになる。

ここは水の補給だ。

やむを得ない。


23時。

変なタイミングで起きて目が冴えてしまった。

やむを得ない。


0時。

まだ眠れない。

睡眠導入剤を使おう。

できれば自然に眠りにつきたかったが…。

やむを得ない。


1時。

まだ、眠れない。

このまま朝まで眠れないのではないか、疲れた表情で妻と子どもに会うことになるのではないか。

心配が募る。なぜなら彼は極度の心配性なのだから。


深夜1時ではあるが、妻に電話をかけた。

妻からは「辛い苦情対応の積み重ねが我が子のミルクになるから、私は大丈夫。だからゆっくり休んでね。」と言われ、その一言が山田を安心させた。


自宅のローンがあり、共働きで日曜日にしか会えない妻と子どもにどれだけ迷惑をかけてきたか。

もっと自分の昇進が早ければ、給料も昇格していただろう…。

情けない気持ちになった。


その上で、山田は「辛い苦情対応の積み重ねが我が子のミルクになるから」という頼もしい妻の言葉に安心感を抱いた。


今日、ゆっくり眠りにつけば、明日は妻と子どもに会える。

買い物に行ったら何かおねだりされるかもしれないと考えた。

やむを得ない。


心配性で不器用な自分に、こんなにも安心感を与えてくれる妻と子どもに日頃の感謝を伝えたいからだ。


山田の「夜、眠るまでの特別な時間」が過ぎていき、気がつけば眠りについていた。

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