8
生々しい描写注意
まずは現在時刻を知ろうと、辺りを探索する。真っ直ぐ立った時計は、十二の刻を示していた。
「五時間か……学園を一通り調べられるか」
「チョウサ!」
学園の探索は、ジャピタの冒険心を擽ったらしい。好奇心から来る高揚を全身をくねらせる事で表現している。
その動作が微笑ましく、ジャピタの頭を撫でた。顔を蕩けさせるジャピタに苦笑しつつ、改めて学園を調べにかかった。
結論として、まともな情報がなかった。
学生も教師も、口を開けばガッサーの賞賛かブルーノの批判。
ちらりと覗いた授業も、悪魔を使役するメリットという下衆な内容。
極めつけは、ガッサーの性交場面を発見してしまった事だろう。豊満な身体の教師や女子生徒が挙って奉仕する様を、下衆な笑顔で悦ぶガッサー。
あまりにも生々しくおぞましい光景に吐きかけた。ジャピタは吐いた。
その前に防音の魔法を展開した点は褒める所である。
背中を摩り、落ち着いてから水を手渡す。好奇心に輝かせていた瞳が光を失っていた。
「……ココ、キライ」
「うん、そうだな。さっさと片付けてここから出ようか」
「カタヅケ。アレ、ケス」
「人じゃない。吐瀉物の片付けだ。気持ちはわかるが、下手に手出ししたら食いっぱぐれるぞ」
「……ハーイ……」
イオの説得に渋々という様子で返事をするジャピタ。正直、イオも滅したい気持ちが強い。
だが、ガッサーが復讐相手である可能性が高く、ここで滅してしまえば取引ができなくなる。
わざわざ引き寄せられた世界だ。きちんと食べさせてもらわないと困る。
素早く片付け、その場から一目散に逃げた。
まだ見てない所をざっと見たが、どこも似たり寄ったりで調べる気力が湧かない。まだ時間はあるが、門の前で待つ事にした。
吐瀉で疲れたジャピタを首に巻いたまま、イオは取引相手を考える。
ブルーノではない。まだ会って数時間だが、そう思える。
ブルーノには、怒りや悲しみといった感情が見当たらない。悪意を向ける周囲に対して、微笑の仮面を盾に無を貫いている。
見切りをつけていると言ってもいい。ブルーノにとって、周囲は復讐という大きな感情をもたらす存在ですらなくなっているのだ。
ティガルも話した限り、違う気がする。
人間に対する憤りを募らせているが、それは千年以上も前からだ。今更、呼び出すとは思えない。
そもそも、イオ達をこの世界に呼び寄せた奴がいる。そいつが取引相手だろうが、召喚者はブルーノ。
結局、堂々巡りだ。重要な情報が足りていない。後でティガルと交信した際に、得られる情報に期待するしかない。
その時、鐘の音色が音階を奏で響いた。時計を見ると、五の刻を指している。
玄関と思われる所から続々と生徒が出てきては、小屋から悪魔を連れて門を通って行く。
どの悪魔も不満そうな様子を隠していない。生徒は気づいていないのか、わざとなのか、無視して自慢話を繰り広げていた。
大抵がブルーノの召喚失敗を嘲笑う中身だ。イオの前を通る悪魔が、申し訳なさそうに頭を下げている。
無能な主に仕えなければならない、そのストレスは計り知れないだろう。
暫くして、ブルーノが急いでやって来た。ジャピタに声をかけ、擬態を解く。
急に現れたイオ達に、周りの生徒達が間抜け面で驚く姿が面白い。
「お待たせして申し訳ありません!」
「いや、アタシらが先に来すぎてたから問題ない。そっちは問題なかったか?」
「いつも通りの捻りのない悪口と、宿題の押しつけくらいですね。嘘つき男に学習の教材を渡すなど、出鱈目を書けと言うことでしょうね」
「その通りだな」
互いに顔を合わせ、クスクスと笑う。普段の扱いからすれば、出鱈目を書く位なら可愛い反撃だ。
気づいて問い詰めれば、自分がやらなかったという怠惰の証。
それで気づかないなら、可哀想な頭脳という証明である。
どちらに転んでも面白い。
歩き出すブルーノと共に移動する。徒歩移動する生徒は他にもいるが、大抵が馬車のようだ。恐らく、貴族と平民の違いだろう。
「家まで歩くのか?」
「私はそうです。平民や遠方の貴族の為の寮がありますが、学園側から却下されました。両親は私を見たくなかったので、寮に入れられなかった事に憤慨していましたよ」
「それもタナカ侯爵家の力か?」
「正確には、その力を恐れた学園側の過剰な差別ですね」
「なるほど……徹底してアンタを貶めて、自分達は侯爵家の味方アピールという訳か」
「コモノ、コモノ」
「全くもってその通りです」
呆れた様にため息をつくブルーノ。
真実を知る身としては、大の大人が揃って権力者の嘘に踊り狂っている。
見ないようにしているにも関わらず、わざわざ見せつけてくるのだ。呆れ返るしか他ない。
それからもひたすら歩く。
男爵、子爵の家らしい小さめの屋敷がぽつぽつと見え始めた。更に歩き、一つの屋敷の前で止まる。慣れた手つきで門を開け、中を静かに歩いていく。
近くの家と同格に見える屋敷。使用人がちらっと見ては無視して自分の仕事に戻った。
雇い主の命令だけでなく、自分の意思でブルーノを無視しているようだ。
ブルーノもまた、視線を無視して庭の端へと進む。そこには、悪魔を入れていた小屋よりも更に狭い小屋があった。
そこの扉を開けると、テーブルと椅子が真っ先に目に入る。生活必需品が何とか整理されて置いてあり、壁に扉が二つ付いていた。
「アンタ、ずっとここで……?」
「はい。住めば都と言いますか、暴言罵倒がない分、下手に使用人がいるよりはマシです」
そう微笑むブルーノに、イオは何も言えなかった。
長年の仕打ちは、人の感覚を麻痺させるには十分である