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予想と違った事が気に食わないのか、手をヒラヒラ振って合図を出す。近くにいた生徒が膝をついて籠を差し出すと、その中から骨付き揚げ鶏を取り出してムシャムシャと食べ始めた。
食べ方が汚い。脂や食べカスをボロボロ零し、骨をポイと投げ捨てる。あっという間に五個も食べ、大きなゲップを吐き出した。汚い。
「ふんっ! 嘘つきブルーノが召喚ひぃただけありまひゅね! まともな悪魔も呼べないなんて、馬鹿馬鹿ひぃい! ざまぁみろでひゅ! でも、ボクちんは優ひいでしゅからね! かわいひょーなブルーノを置いてやりまひゅ! 感謝ひゅるのでしゅ!」
「その通りだな!」
「ガッサー様はお優しいわぁ!」
既に聞いた台詞だ。それ位は察して欲しい所だが、周りの持ち上げ具合から無駄な要求だと理解する。
太鼓持ちの薄い褒め言葉でもいいらしく、ただでさえ大きな鼻の穴を更に膨らませている。
金を貰っても観たくない三文芝居だ。こういう相手は、プライドを傷つけられれば怒ってその場から去るはずだ。
そう考え、イオはガッサーが抱える秘密に軽く口にした。
「ここ、悪魔従属が主目的の学校だろ? アンタが使役する悪魔は何処だ?」
途端、ガッサーは細い目を限界まで開き、顔全体を赤くした。やはり、素質が全くない事を自覚しているようだ。
だからこそ、嘘をついてその地位を守ろうとしている。
「な、な、な!? き、気が悪ひぃでひゅ! ろくでもなひぃ奴! ボクちん、こひぃつ嫌ひぃでひゅ! 二度とボクちんの前に出てくるな、でひゅ!」
丸太に近い腕を振り回し、近くの生徒に声をかける。数人の生徒が悪魔に指示を出し、ガッサーを持ち上げてその場から去っていった。
周りの生徒も悪態を捨て台詞に、次々とガッサーの後を追う。挙句、教師までティガルを呼び寄せて行ってしまった。
残されたイオは、隣で苦笑しているブルーノをじっと眺める。
あれだけ超え太った男のどこに魅力があるか、さっぱり分からない。
幼少期はまだしも、現在の姿と態度で嘘つきがどちらか分からないものだろうか。
相変わらず笑顔の仮面を貼り付け、ブルーノは全員を見送っていた。先程の茶番に何の反応もない。本心から見限っていると察せられる。
「……茶番に付き合わせて申しわけないです。今後、こういう日々になってしまうでしょう」
「周りが愚かだと大変だな」
「全くです。とりあえず、学園に戻ります。どうぞ、こちらになります」
そう言うブルーノの表情は、先程よりも笑みが柔らかい気がする。心許してくれていると、言葉にするよりもしっかりと伝わってきた。
イオ達がいた場所は召喚場と呼ばれる、学園が所有する広場のような所らしい。
校舎や中庭がある学園までは、馬車で数分。
ただ、ブルーノは学園の馬車が使用できない為、徒歩での移動となった。
「徹底的に貶められてるな……」
「ガッサーは小物ですから。嘘が露見する隙を残しておきたくないようです。ガッサーは馬車がないと辛いみたいですが、私はこの程度の距離なら歩いても問題ありません」
「それもそうだな」
ガッサーは太り過ぎだ。少しの距離どころか、一歩も動けない様だった。
荷物運搬にしか思えない移動を思い返していると、ブルーノは声を潜めて問いかけてきた。
「邪神様。本当に、ガッサーに悪魔使役の力はないのでしょうか」
「ああ。欠片もない」
「そうですか……通りで、のらりくらりと召喚を避けているかと思いましたが」
「過去の生まれ変わり達は違ったようだな?」
イオの疑問にブルーノは頷く。
過去、生まれ変わり達は他の人と何ら変わらなかったらしい。強いて言えば、悪魔召喚と従属は得意だったという。
だが、ガッサーは魔王封印に力を割いているから、他の悪魔など呼ばないと名言しているようだ。
事情を知れば苦し紛れの言い逃れであるが、それでも疑う者がいないというからタナカ侯爵の地位は凄まじいものである。
「ここ数代の生まれ変わりは、イチロー・タナカの血筋外の者でした。自尊心の高いかの英雄一族は、さぞかし血涙を流していたでしょうね」
「そこに来て、ガッサーの嘘。大袈裟に褒め称えるには十分な理由だな」
「私もそう思います。その分、真実が明らかになった際の反動は大きいです。だから、目に届く所で私を支配下に置くべく、学園入学を許可したようです」
「そもそも、学園はどういうものだ?」
「簡単に言えば、悪魔を下僕として使い潰す方法を教える、胸糞悪い学び舎です」
笑顔のまま舌打ちという高度な事をして、ブルーノは説明を続ける。
期間は十五歳から十八歳までの三年。
入学条件は、悪魔を召喚し使役する力がある事。その判断は平民貴族問わず、国で公平に行われる。
そのはずだが、ガッサーは権力と嘘で乗り越えたらしい。全くもって屑である。
最初の一ヶ月で召喚の手筈を教わり、召喚した後は悪魔を使いこなす為の方法が八割、役立つ知識が二割といった授業内容だそうだ。
使役した悪魔は余程の例外を除いて、こちらの世界に居させ続ける。
だが、内容を聞かれてはいけないと、授業中は隔離するらしい。
農家の物置小屋のような建物に、全学生と教師陣の悪魔を詰め込んで外から鍵をかけるという。
全悪魔の命を握っているから出来る所業だ。それが跳ね返らないと根拠もなく信じている。
恐ろしい慢心だ。
「掃き溜め、屑置き場……自分達がそうしているというのに、酷いあだ名で嘲笑っていますね。私からしたら、校舎の方がその呼び名が相応しい所です」
「確かにな」
「イオー、ヤダー」
「分かってる。アタシも過密空間は御免だ。ブルーノ。あたしらが姿を消す魔法を使ったとして、見破れそうな奴はいそうか?」
「いないですね。悪魔頼りの怠惰な人間達ばかりですから、邪神様の高度な魔法は認知すら難しいでしょう」
きっぱりと言い切るブルーノに、先程の人間達を思い浮かべて納得した。
それなら、学園の噂話を盗み聞きできるだろう。真偽はどうあれ、情報は多いに越したことはない。
やかて、校舎と思しき建物が見えてきた。かなり高さがある。窓の位置から、五階はありそうだ。
オシャレな外観で、貴族も通う気が出てくるデザインになっている。
コンクリートの門を潜ると、庭師が手入れしたらしい花々が更に見た目を良くしている。
端の方に粗末な木製の小屋があり、あれが悪魔を詰め込む場所だと予想が着く。
そして、中にいた生徒がこちらを見て顰め面に変える。
「やだ、ホントに悪魔じゃないの召喚したの?」
「きもーい。召喚ミスなんて、信じられなーい」
「さっさと消えろよ、目障りが」
「格下のクズでも救済の余地があるって、ガッサー様の慈悲らしいぜ。マジ尊敬するわ」
悪意がたっぷり込められた、くだらない陰口。
わざと聞かせて、ブルーノが落ち込む様を眺めたいようだ。ガッサーに感化され、変に傲慢な奴しかいない。
対して、ブルーノは無反応。
召喚の時といい、長期間に渡る冷遇に慣れてしまっている。感覚の麻痺ともいえるだろう。
聞いた話から、ブルーノはまだ十五歳。何時から冷遇されているかは不明だが、微笑が処世術とは悲しい成長である。
「……キョーシツ、イク、ゼッタイ?」
「残念ながら強制でして。授業より図書室の本の方が有意義ではありますが、誰かに見張らせておかないとガッサーは気が置けないらしいです」
「小物臭全開だったからな、アイツ。無理はするなよ」
そう言って頭を撫でると、ブルーノは唖然と口を開けた。そして、ふんわりとはにかむ。
「そのお言葉だけで、何でも耐えられそうです。五の刻に門の前でお待ちしております」
小さく頭を下げ、ブルーノは校舎へと歩いていった。
あれだけの声援で喜ぶとは、当人が思う以上に神経がすり減っているのだろう。
「ジャピタ。小屋に入る振りをするから、直前で偽装でアタシらを透明に」
「ハーイ」
何人もの不躾な視線を感じ、不快さが込み上げてくる。さっさと風景と擬態してしまおう。
すぐに移動し、小屋の扉の前でジャピタは魔法を展開する。人間の視線がなくなり、一息ついた。
当たり前になった異常に、気を払う人はいない。