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テンプレについて触れておりますが、あくまでこの作品の世界におけるイオの考えになります。
予めご了承ください
「なるほどねぇ」
ティガルの話を聞き終えたイオは、ブルーノの方へ目を向ける。とても興味深そうに目を輝かせていた。
悪魔従属をメインにおく学院と言うからには、その辺りの歴史も学んでいるはずだ。だが、どうせ人間が正義であるように改悪した代物だろう。
協会が行っていた悪魔狩りについては闇に屠られており、悪魔が突然侵略してきたように書かれているに違いない。
「アンタや多くの悪魔は魔王への忠義の為、一部は自分の命の為に従っていると」
「如何にも」
「それで、魔王はブルーノの魂の中にいるにも関わらず、周りは信じていないと」
問いかけではなく確認の言葉に、ティガルは息を飲んだ。
分からないとでも思ったのだろうか。内容と現状を合わせれば、簡単に推測できる事実だ。
綻びが生まれているという話と、嘲笑の的であるブルーノから感じる悪魔の気配。イオの中でその二つが簡単に結び付いた。
誰もが持て囃す、賞賛する。嘘をつく程度でそれが手に入るならと、歴史を重んじない人間なら易々と行うだろう。
気にかかるとすれば、ブルーノが嘘だと断言されている理由だ。問いかけようと振り向けば、目が合ったブルーノがまた微笑を浮かべる。
「タナカ侯爵家の嫡男、ガッサーが先に言いふらし始めたのですよ。自分こそが偉大なる先祖、イチロー・タナカの生まれ変わりだと。いやはや、先祖と同じく欲深い人です」
「え、それだけか? アイツら、根拠もなしにアンタを迫害しているのか?」
「残念ながら、それだけタナカ侯爵家の力は強いのです。私が意識した時が丁度、国中の貴族が集められて周知されている時でした。帰ってきた両親に急いで伝えた結果、罵声と暴力を浴びせられましたよ。その話を人伝に聞いたガッサー・タナカは、私を孤立させるように仕向けました」
「マワリ、サイテー」
「正しくその通りです。おかげで、早々に諦めがつきましたよ。この人達には何を言っても無駄、だから無視して過ごしていました」
何でもない様に話すが、精神的負担は大きいはずだろう。そうでなければ、イオ達を呼び出せないはずだ。
しかし、ブルーノから餌となる負の感情が見えない。本人の言う通り、怒りや悲しみを抱く事さえ諦めているようだ。
他に取引相手となる人物がいるにしては、召喚されるタイミングで引き寄せられた理由が分からない。
チグハグな状況に腕を組み考える。情報が足りないが、この二人以外から好意的に聞き出せる気がしない。
脅してもいいが、主とされているブルーノへの迫害が増してしまう。折角、用意された居場所を失うには惜しいものだ。
今はできるだけ、この二人から情報を聞き出そう。
「悪魔側は、ブルーノが生まれ変わりと把握しているのか?」
「勿論」
「静観はアンタらの意思で? それとも、主の命令で?」
「表向きは後者だ。だが、奴らが偽物を崇める事でクレゾントの復活が近づくのだ。皆、内心は喜んでいる」
「ブルーノは封印の緩みとかは感じているか?」
「それが、よく分かりません。そもそも、イチロー・タナカ自身がこの魔法について詳しく知らなかったようで、まともな文献が残っていません。正直、解放や消滅を命じられても出来る気はせず、誰もその方法を知らないでしょうね」
「だろうな。やっぱり異世界召喚なんて方法、どこか狂ってるだろ……」
「え?」
「何かご存知なのか?」
厄介事しかないと、イオは深くため息をついた。思わず吐き捨てた言葉だが、ブルーノとティガルが食いつく。
イオは昔を思い返し、痛む頭を抑えて簡潔に説明を始めた。
「異世界召喚は悪魔達との召喚とは違う。それは分かるな?」
「存じている。イチロー・タナカは地界の者達と気配から違っていた」
「『守護神の御身元にて、高貴な魔術師が心血注いで呼び寄せた異なる世界の英雄』。歴史書ではそう書かれておりますね」
「どちらも正解だ」
最低限の前提知識はあるようだ。説明がしやすくて助かる。
二人の言う通り、異世界から呼び寄せた種が異世界召喚者である。
言葉にすれば簡単だが、時空間という高エネルギーの中、別の世界から何かを呼び寄せるなど神の力がいくらあっても足りない。
それでも、自分が見守る世界のバランスの為、自分への信仰の為、その世界の者に方法を教えて手助けする神は一定数いる。
使用する神力の量や呼び寄せる魂の質、世界間の距離にエネルギーの流れ。全てを考慮して、確率は五分五分と言った所だろうか。
失敗すれば途中で魂は消滅。だからか、死ぬ直前や死んだ直後が狙われやすい。
逆に成功すれば、神力の影響も受けて強い存在が現れやすい。特に、固有魔法や固有スキルなど、凄まじい力を持つ者がほとんどだ。
しかし、その強大な力をきちんと理解していない所が問題である。時空間の高エネルギーを受けて変質するらしく、本人どころか神さえも詳しくは知らない場合がある。
世界の命運を賭けた博打。そうとしかイオは認識できない。
「異世界召喚者が世界を救ってはい終わり。その世界の中で完結する話だったのさ。少し前まではな……」
「つ、疲れ切っておられる……!?」
「いろいろとあったようですね……」
「そう、いろいろとな。事の始まりは、異世界召喚者が救った世界から漂流者が出た事だ」
思い返すだけでため息が漏れる。
漂流者とは、ごく稀に発生する自然現象だ。
魂が何らかの理由で時空間に乗り、運良く異世界に流れ着いてその世界で生まれ変わる。こちらは転生という扱いになるだろう。
特に変わりないが、唐突に記憶が蘇る事がある。漂流者はその知識を使い文明を発展させたり、物語として語り継いだりしていた。
事の発端は、文明が高い世界へ流れた漂流者が、異世界召喚者が世界を救った話を物語として綴った事だ。
物語は瞬く間に評判を呼び、本として販売されて人気となり、誰もが憧れる話となった。
ここまでなら良い話で済む。だが、その世界の住人は神々や漂流者が予想しない方向へ考えを向けた。
「『異世界転生したら最強スキルで無敵生活』みたいな夢を持つ奴が増えてな……実際に召喚された人物が、その力にあぐらをかいて横暴の限りを尽くすようになったのさ」
時間の流れは世界によって異なる。また、平和な世界では人間の寿命も長い。
その中で、漂流者の物語は褪せるどころか似た設定の話が大量に増え、社会現象にまでなっている。
つまり、物語に感化されて暴れ尽くす異世界召喚者が大いに増えた。酷い場合だと、異世界召喚者が世界を征服したり、やりたい放題で荒らしたりするのだ。
その世界に住む者からすれば、世界を救ってくれずに暴虐を繰り返す異世界召喚者に憤りと憎しみと怒りが募る。
要は、復讐対象者になりやすいのだ。
「……そういう奴らが堕ちる様が好きとはいえ、流石にずっと同じ物が続くとなぁ……あの時は三回目で数えなくなったが、その後も続いていたから何回だ? いや、思い出したくない。続くにしても、もう少し捻りが欲しいというか、せめて台詞くらい変えて欲しいというか……」
頂点にいる間は自画自賛、状況が悪くなり始めたら責任転換、底辺ギリギリ辺りで情けない上辺だけ謝罪。
そういったマニュアルでもあるのか思うばかりに、同じ行動しかしない。
流石に飽きた。未だにそういった餌に遭遇するのだから、どれだけ多いのだと文句を言いたくなる。
疲れた顔をするイオに、ジャピタが尾で頭を撫でてくる。ジャピタなりの励ましだ。それを受けつつ、再び大きくため息をついた。
異世界転生にいい人もいるけど、イオの行動指針的にそういうタイプに出会えない