ある貴婦人からの投稿
天運番、その後の話になります。
先にそちらをお読みください。
新しく割り込み投稿しました
拝啓、こちらを読まれている皆様。
この手紙が記事になっているなら、私の拙い作戦が上手く行ったことでしょう。
その事実にまずは感謝を致します。
恐らく、記者様の補足が入っているでしょうが、私自身からも説明をさせていただきます。
私は、一年半前にこの世を去ったクリスタの実母です。
このご時世で、クリスタの名を知らない人は居ないかと思います。
何せ、龍人の皇帝自ら頭を下げた娘ですもの。
龍人の皇太子によって人生を台無しにされ、命を絶った私の可愛い娘。
全ての経緯を皇帝は包み隠さず話したと聞きます。
ですから、私が幼き娘を残して連れ帰られたと存じているかと思います。
今更、母親面で何を言うかと怒る方もいらっしゃるでしょう。
お恥ずかしながら、私は弱い母親でした。
血塗れで泣きじゃくる我が子から無理やり引き離され、馬車に乗せられた以降の記憶がありません。
それまで、私は花畑の中にいました。
愛する夫と、はしゃぐ娘を見ながら編み物をする。
同じ場所にいるのに、花々は勝手に四季折々の大輪を開かせていました。
幸せな時間でした。
現実には、つい数ヶ月前に戻ったようです。
景色が一変して驚きました。広い部屋の中で、ロッキングチェアに座っておりました。
壁一面には私が知らない写真の数々が貼られており、床一面には私が編んだだろう編み物がいくつも置いてありました。
様子がおかしい私に、侍女から侍女頭へ伝わり、執事と共に現れました。
お二人共、獅子の耳や尾を持つ獣人です。私に同情しており、詳しく話してくださいました。
私は二十年近く、夢の世界にいたらしいです。
その間、現実の私は虚ろな目で何も話さず、自主的に行うは編み物だけ。
明らかに様子がおかしいにも関わらず、私を攫ったあの男は気にも止めてないらしいです。
壁にある写真で分かりました。家族写真です。あの男に無理やり孕まされ、産まされたであろう子供が三人。
そういう節目に撮ったであろう写真で、私は異常に映りました。他の方はそう思わないのでしょうか。不思議です。
それでも、無意識に逃げようとはしたようです。右足がひしゃげて動きません。窓には格子もあります。
獅子の愛はこういうものかと嫌悪しましたが、執事や侍女頭の話ではこの国でも極わずからしいです。
ただ、リーダー格がこの国の王族の為、強く言える人がいないとか。本来なら、番の幸せを願うか一緒に叶えるかが普通らしいです。
だから、屋敷の使用人はあの男に不信感を抱いているそうです。皆様、私の味方で現実に戻った事も内緒にしてくださいました。
改めて聞いた話で、最愛の娘の死を知りました。ショックで仕方ありません。涙が止まりません。
どうやら、クリスタが番である獣人が色々とした所為らしいですね。おかげで、あの男は肩身が狭く酒に逃げる日が多くなったようです。
しかし、その理由は『龍人の番を傷つけた』から。論点がズレています。
それは、侍女が持ってきたこの国と他国の雑誌でわかりました。
他国では『獣人の番への対応』が大きな問題となり、騒がれています。
対して、この国では記事自体も大きくありません。問題視していないようです。反吐が出ました。
とある記事では、あの男がつけた傷が、よりにもよって顔に残ったと書かれていました。最後に見たあの姿が思い浮かびます。
傷の所為で、友人も失ったとの事です。
番が幼いから本能の脅えを抑えられず、それを見た友人候補の親が無理やり縁を引きちぎったと。
その親は後ろ指を刺されながら田舎に隠居、友人になるはずだった兄妹と相手の獣人は墓参りによく行っているそうです。
墓の場所は獣人には苦痛が伴うらしいですが、それも自身達への罰としているそうです。
なんて立派な人達でしょう。それに比べて、あの男は罪悪感も何も持っておりません。
クリスタを傷つけた事も、本能がなどと言い訳しているそうです。
許せません。
許してはいけません。
クリスタが番の相手を憎んだように。
私もあの男が憎くて仕方ありません。
娘の命懸けの訴えも効いていないなら、私が後を継ぎましょう。それが、何も出来なかった母の、唯一の助力です。
番を失うと、獣人は酷く辛いそうですね、
クリスタは邪神の協力の元、相手から永遠に番を消し去ったと聞きます。
残念ながら、私はそこまでの力はありません。ですから、せめて、大きな傷を残します。
あの男の手で、殺されましょう。
使用人達にお願いして、酔ったあの男を私の部屋まで誘導してもらいます。
あの男は虚ろな私にも愛を囁くようです。酔っていても、同じ事をするでしょう。
そこでハッキリと拒絶してやります。
貴方の愛など微塵も受け取っていなかったと。記憶がないけれど、考えると不快でしかないと。
あの男の沸点が低い事は、使用人達の話でわかっています。怒りの衝動のまま、クリスタを殺そうとした時のように私に手を上げるでしょう。
まともに食事も運動もしていない人間を、獅子の獣人が理性なく手を出すのです。確実に死ぬと思います。
酔いを覚ましたあの男は、狂乱するでしょう。
絶望するでしょう。
直にその顔を拝見できない点だけが残念ですが、仕方ありませんね。
今後、新たな番を得たとしても、自分の手で私を殺した感触は消えません。これが、あの男に私が渡す最初で最後の贈り物です。
そこにこの手紙が公表されれば、あの男も含めた恐ろしい考えの持ち主は一掃されるはずです。
願わくば、私や娘のような犠牲者が二度と出ませんように。
敬具。
この記事は多くの人に読まれ、話題となった。
龍人の皇帝は事態を重く見て、自ら事態収束へと乗り出した。
獅子獣人に賛同していた者は掌を返したが、時すでに遅し。
全員が格上である龍人の皇族によって罰せられ、獣人至上主義者は次第に数を減らしていき、間もなく消えていった。