17.エピローグ ハンナ視点
クリスタが亡くなった。
ナルヒェントの弟を名乗る龍人はハンナにそう告げた。
信じたくなかったが、部下らしき獣人達が運んできた棺は本物だった。棺の中のクリスタは綺麗に眠っており、何度も棺を揺すったが起きない。
何度も何度も繰り返している内に、タッドが辛そうな顔で止めた。後ろでリックが人目を憚らず泣いており、ベアルは無言で俯いている。
漸く、実感が沸いてきた。それと共に、どうしようもない感情が込み上げる。
「何で!? お嬢様が何をしたってんだい!? 神様の馬鹿野郎! クズ! うぅ……!」
怒り狂う内心とは逆に、涙がどんどん頬を伝っていく。衝動に任せ、棺にすがりついておいおいと泣いた。
目が真っ赤に腫れ、身体の水分が涙に変わって枯れた気分だ。
ハンナが泣き止んでから、弟は事情を話してくれた。
クリスタが苦しんでいた頃、あの獣人は偽物に騙されてのうのうと暮らしていたらしい。おまけに、嫌悪しか持てない相手によって、無理に寿命を長くさせられた。
それを知ったクリスタは、寿命と引き換えにナルヒェントの余生を呪った。
高所から落下し酷い有様の遺体は、葬送龍を名乗る皇妹が修復したという。
「番を喪失したまま生き長らえるというのは、獣人にとって何よりも恐ろしい事です。龍人の平均寿命は三千年。兄上は七百と数十歳でしたから、二千年以上は苦しみ続けます」
「そんなに苦しいんなら、皇太子ってのもあんたになったんかい?」
「その通りです。兄上は廃嫡され、側近二人と共に一生幽閉される事になりました。今、幽閉する為の塔を大急ぎで建てています」
「…………そうかい」
転落劇に多少は溜飲が下がったが、クリスタは帰ってこない。
後者の悲しみが強くて、素直にざまぁみろと笑えない。
気落ちするハンナに、帰っていく直前で弟が妙な事を話した。
「では後ほど、帝国側から正式に謝罪と詫びの品を贈らせていただきます。そうそう、彼女は邪神に一つ、願い事をしていました。邪神が言うには、すぐに叶えるそうです」
曰く、ナルヒェントが固有魔法でクリスタの寿命を伸ばした。その影響もあり、ナルヒェントから番の喪失を固定させて苦しませるのが楽だったらしい。
それでいて対価は多かったから、喜んで叶えさせる準備をしたという。
ハンナにはよく分からない。
それについて、暫く考える余裕もなかった。
まず、村人達にこの事を告げ、葬式を執り行う。誰もがクリスタに優しくしていたから、物言わぬ姿にみんな泣いた。
墓は、クリスタが住んでいた家の前にした。墓標を建て、寂しくないようにと周囲に種をまいた。今では色とりどりの花が咲き、華やかな墓である。
それから、三ヶ月ほど経った頃。窶れた男爵が村を訪れた。
風の噂で、クリスタの死を知ったらしい。
墓標へ行こうとする男爵を、ハンナ達は拒否した。
何せ、開口一番が酷い。
『どうして、今死んだ? あの子だけが頼りなのに……』
自分勝手な言葉だ。憤慨しながら聞けば、後妻との間に出来た娘が大変だという。
猫の特徴がある愛らしい八歳の娘は、自力で番を見つけた。
その相手が、加虐趣味で有名な豚の獣人。男爵よりも歳上で醜悪な見た目だが、商売は上手くかなりの大金持ちらしい。
後妻も男爵も娘本人も嫌悪しているが、本能から近づかずには居られないという。
番を惑わせるという禁止薬物が使われているに違いない。そこで、クリスタを使って本当の番を見つけたかったそうだ。
聞き終えたハンナは、箒片手に男爵を外まで追いかけ回した。村人達はハンナを止めるどころか、声援を送っていた。男爵は情けない姿で逃走し、それ以来現れていない。
どうなったかなど、もはや関係ない。それよりも重要な出来事があるからだ。
クリスタの葬式後、べアルの懐妊が分かったのだ。
初孫の存在は、クリスタを失った空虚を埋めてくれた。
それから、あっと言う間に時間が過ぎた。気づけば、もうべアルの出産時期だ。
先程まで農作業をしていたハンナとタッド。慌てた村人の話で、べアルの陣痛が始まったと知らされた。
家に帰ると、中からべアルの悲痛な声が響いてくる。既に産婆は中にいるらしく、リックと共に外で祈り待つしかない。
甲高い赤ん坊の泣き声が響き出した。
無事に産まれたと、その場で皆が歓喜に湧く。
さらに時間が経ち、ようやく中から産婆が扉を開けた。ハンナ達は急いでベアルの元へ駆け寄る。
「べアル!」
「リック。お義父さん、お義母さん。女の子です」
大粒の汗を滴らせながら、ベアルは微笑んだ。
べアルの横で、用意したベビーベッドに赤ん坊は寝ている。
初孫との初対面だ。心躍らせ、リックやタッドと共に赤ん坊を覗き込む。
瞬間、ハンナは目を丸くした。
ふっくらとした体、もちもちの肌。焦げ茶色の髪が薄らと生えている。
自分達に似た、可愛らしい赤ん坊。
だが、ハンナはそれ以外も感じとった。
「クリスタ、お嬢様…………?」
姿形は違うのに、どことなくクリスタを彷彿とさせる孫。
ハンナの独白に反応したように、ゆっくりと目を開けた。
くりくりの愛らしい目が、ハンナを捉える。途端、赤ん坊はきゃはっと楽しそうに笑った。
その無邪気な笑みは、幼い頃のクリスタと重なった。
「おじょ、お嬢様…………!」
様々な感情が混ざり合い、涙となって零れていく。顔を覆い泣くハンナの背を、タッドが優しく撫でた。
『ハンナが、家族だったら、良かったのに』
昔聞いたあの言葉が脳裏を過ぎる。
龍人が言っていたことはこの事だったのだと、改めて認識したハンナはそのまま泣き続けた。
最後の願いは切なく、少しだけ暖かい
これにて七話目完結となります。
花粉の攻撃による体調不良が酷い為、八話目は3/28より更新します。
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