15.ナルヒェント視点
「番よ。お前の友人に、番が出来ないと聞いたが真か?」
「どうしたの? ナル様とあたくしが特別で、普通はそんなものよ?」
「否。我は番に寿命と、周りの者が番と出会える運命を与えたのだ」
そう言えば、番は目を丸くした。
「え……? なぁに、それ…………あたくしの財力を上げてくれたんじゃないの……?」
「金よりも番と出会うが運命だろう」
「っざけんじゃねぇ!」
豹変する番に、一瞬ナルヒェントは戸惑う。それでも番を押し倒す力は緩めず、番は凄まじい形相で藻掻くしかない。
「はぁ!? 番と出会える運命ぇ? そんなんいらねぇよ! 金、金、金! 普通、番が功績上げたいって言うなら、仕事の成功とかで金稼がすもんだろ!?」
「その暴れ様……もしやとは思うが、皇太子たる我に番惑香を使ったか?」
「あったり前じゃん! てめぇみたいな自分勝手野郎の番なんて冗談じゃ」
「黙れ」
番、否、番を装った愚者の首を掴んで目一杯力を込める。骨の碎ける音が響き、愚者は大人しくなった。
そのまま持ち上げ、ベッド横に叩きつける。勢いでどこか破裂したか、耳障りな音がする。
ナルヒェントを騙すなど、怒りが収まらない。視界に入れないようにしなければ、屋敷への損害を忘れて暴れ狂いそうだ。
「ユヌ、アグーニ。これを片付けよ」
魔道具越しに指示を出し、窓の外を見やる。
王族が騙されるなど、言語道断。隠し通さなければならない。
ならば、するべき事は一つ。本物の番を見つけ、何事も無かったかのようにこの屋敷に住まわせる。
誰にもバレてはならない。内密な行動は大の嫌いだが、この失態を取り上げられて馬鹿にされる事はもっと嫌いだ。
翌日から、ユヌとアグーニを連れて国外を探し始めた。この国にいるとしたら、アレが増長する前に名乗り出るはずだ。
すると、まことしやかに囁かれている噂があった。
人間の国に、心通わせれば番と出会わせてくれる令嬢がいる。
今は小さな村にいるらしいが、その周りに獣人が嫌う臭いが漂っていて近づけない。
天運はやはり自分にある。自分に向いた流れに、ニヤリと笑う。念の為、その人間が作ったという布を入手した。
貧乏臭い布からは、薄らと愚者から漂っていた香りと同じ物を感じ取った。
今度こそ間違いない。そう思い迎えに行ったが、その後が上手くいっていない。
忌々しい。そうとしか思えない。
また苛立ちが募り出したが、今は帰国が優先だ。
速さを増して飛べば、すぐに見慣れた景色が視界に映った。
いずれ、自分が手にする国だ。そう思うと自然と笑みが浮かぶ。
刹那、脳内に映像が流れ込んだ。
大切な人物が、次々と自分の前から消えていく。
悲しみ、困惑、諦め、様々な感情が波のように襲いかかってくる。
味わったことの無い絶望が身を焦がす。
強すぎる感情が痛みとなって心を傷つけていく。
「か、はっ」
「く…………」
「っ、でぇ……!」
意味もわからず、ただ与えられる苦痛に呻く。
映像が終わった後も痛みが続いている感覚がして、頭を押さえる。同時にふつふつと怒りが込み上げる。
「何奴だ!? 我、皇太子たるナルヒェントぞ! このような所業、死刑に値する愚行なり!」
「愚行は、あなたの、方」
ナルヒェントの怒声に返事が来た。目の前で言われた様な近い声。その相手が元凶だと、辺りを確認する。
「おいおいおい! 何で皆睨んでんだ!?」
下を見てアグーニが驚く。
ナルヒェントも見下ろせば、いつも賑やかな通りにいる民達が立ち止まり、こちらを睨んでいた。友人や家族とこちらを冷ややかに見ながら、陰口を叩いている。
不敬極まる行為に、一瞬で頭に血が上った。
咎めるべく叫ぼうとした瞬間、ユヌが一方向を指差す。
「殿下! あそこに、番がおります!」
「なぬ!?」
慌ててユヌが示す方を向く。通りから少し離れ、まだ整地しきっていない地点。切り立った岩が伸びる中、一番高い岩の上に人が立っている。
風に運ばれてくる匂いは間違いなく、番だと認識できる。だが、遠くにいるはずの番の顔は目前に見え、歪に笑っていた。
「苦しかった? 悲しかった? でも、あれ、私の人生。あなたの、所為で、めちゃくちゃ。わかる?」
「馬鹿を吐かすな! あんなモノ、我が与えた運命ではない!」
「この国なら、あなたの近くなら、そうだったと、思う。でも、人間の国で、何も知らなくて、ああだった」
笑っている番の言葉は、心に刺さる様に冷たい。何故だ。確かに愚者に騙されたが、すぐに迎えに行った。
ほんの二十年、三千年の寿命すれば短い期間だ。
何をここまで怒り狂う必要があるのか。
ナルヒェントには分からない。
番は、ナルヒェントの理解などいらないとばかりに話を続ける。
「人の世界で、二十年は、長い。ずっと、寂しかった。その間、私を、絶望させた、あなたは、偽物と、ずっと一緒」
「何故それを!?」
「気づいて、私を、探して、穴埋め、したくて。ただ、プライドを、傷つけない、為の、モノ扱い。馬鹿にしないで。あなたなんか、嫌い。嫌い、嫌い、大嫌い」
「戯言だ! 番は獣人の傍に居てこそ、最高の幸せを得る!」
ナルヒェントの言葉に、番は更に笑みを深めた。
蠱惑的な笑みで、ナルヒェントに問いかける。
「じゃあ、私の、名前、言ってみて」
名前。ナルヒェントは初めて、その考えに思い至った。
番は獣人の傍で、従順に過ごし、最高の幸せを与える存在。
だから、名前というごく当たり前の概念が抜けていた。思い返せば、愚者の名前も知らない。
何も知らない。知ろうともしていない。口を閉じたナルヒェントを、番が楽しそうに嘲笑う。
「やっぱり。だから、あなたが、憎い。私の、人生。あなたの、事情。全部、この国の人に、見せた」
「何だと!?」
「邪神様が、復讐、してくれる。これが、私が、できる、唯一の事」
途端、顔から一切の表情が消えた。
感情のない声が、はっきりと告げる。
「あなたは二度と、番を得られない」
言い終わると共に、番の身体が前に進んだ。