14.ナルヒェント視点
ざまぁパート始まります
『兄上。至急、国に戻れとの王命です』
魔道具越しに聞こえる弟の第二皇子の指示に、ナルヒェントは舌打ちした。
こちらの用件はまだ終わっていない。皇太子の自分に指図するなと怒鳴りたかったが、現皇帝である父の命では逆らえない。それがまた、ナルヒェントを苛立たせた。
「致し方ありません、殿下。皇帝の機嫌を損ねては、それこそ弟君の思う壺です」
「そーですよ! さっさと終わらせて、また番の所に行きましょう!」
「うむ。それもそうだな」
翼を広げ、悠々自適に空を駆けるナルヒェント。一歩下がったところで同じように飛行するは、ナルヒェントが最も信頼を置く二人だ。
水魔法が得意なユヌ、火魔法が得意なアグーニ。
ナルヒェントに絶対の忠誠を誓っており、今の様に内密の行動にも無言で付き従う。
有能な手足だ。
「クソっ!」
ナルヒェントの苛立ちは止まらない。全て、己の番が悪い。
獣人の頂点に立つ龍人、その更に上に立つ王族。
次期皇帝たるナルヒェントがわざわざ番を迎えに行ったというのに、泣いて喜ぶどころか避ける日々。おまけに、羽虫の如き人間が立ち塞がる。
何とも腹ただしい。かれこれ一年は経つ。元々、気が短いナルヒェントは怒りに満ちていた。
無理矢理連れ去り、さっさと自分の立場を分からせてやりたい。だが、残った羽虫共が喚きたてるだろう。耳障りな音を立てれば、現皇帝の耳に入るかもしれない。
それだと困る。何せ、番は別の人物だと思っているからだ。
思い返すも忌々しい。
二十年程前。選ばれた自分に番は必須。その必然を天も理解しており、ナルヒェントの前に番を寄越したのだ。
「ナルヒェント様……それって、この国の皇太子様よね? 噂で聞くよりも素敵だわァ」
アグーニが見つけたバーでウェイトレスをしていた、豹の獣人。肉感的な身体は色気漂う制服で更に魅力的になり、男なら誰もが生唾を飲む美貌だ。
その彼女の香りを嗅いだ瞬間、脳天から雷が落ちた感覚に陥った。番だ、間違いない。
他の客に呼ばれた番の手を掴み、その事実を叫ぶ。途端、番は頬を赤らめて潤んだ瞳をナルヒェントに向けた。
「あたくしが皇太子様の番だなんて……光栄だわァ」
嬉しそうに胸に抱きつく番に、ナルヒェントは誇らしげに笑った。なんと従順で物分りのいい番だ。
気分の良くなったナルヒェントは、その場にいる客全員の支払いと番の身請けとして多額の金を支払った。
ユヌが手配した高級宿に番を滞在させ、ナルヒェントは両親へ報告することにした。
番を見せびらかしたかったが、本人は乗り気では無い。訳を聞けば、言いにくそうにしながらも口を開く。
「あたくしはただの平民……ナル様に合わないと、反対されるのではないかと不安なの。特に、第二皇子様が……そこを付いて、ナル様を陥れたらと思うと……とても怖いわァ……!」
「おお! そこまで我の事を思うておるとは! 流石、我の番だ!」
「だからァ…………お会いするまでに、あたくしは納得していただけるような功績を……そう、財力などを手に入れなくては……」
「うむ、うむ! 分かっておるぞ、我の番!」
頭がいいが、そこを表に出さずに男を立てる。正に理想の番そのものだ。素晴らしい番を抱きしめ、ナルヒェントは笑みが止まらない。
両親を納得させる功績。番は財力と言ったが、それ以上のものがある。
全ての獣人が番を得る。それこそが正しい姿であり、誰もなし得なかった事だ。
番の熱を感じながら、ナルヒェントは固有魔法を使った。
己の番に、龍人並の寿命と親しい相手に番が得られる運命を定めた。
これで暫くすれば、番がナルヒェントの隣に立つに相応しい存在になるだろう。
それまで待っていられない為、両親の報告はナルヒェント一人で行った。
何故か苦々しい顔でナルヒェントを見ている。賞賛されるとばかり思っていたナルヒェントは首を傾げていると、オーフェントが話に入ってきた。
「兄上。最近、番惑香が流通している事はご存知ですよね?」
「うむ。偽の番で満足するなぞ、全くもって理解出来ん」
「…………兄上の番が現れたタイミングと、僕に会いたくない理由が、腑に落ちなくて」
「我の番を疑うておるのか!? 有り得ぬ! 我の固有魔法はちゃんと発動したわ! 相手がいなければそうならぬ!」
「固有魔法を使ったんですか!?」
「うむ! 我と同じ寿命と、傍にいる者が番を手にする運命を定めた! この功績さえあれば、番は堂々と我の横で立てるのだ!」
そう言ってオーフェントを嘲笑えば、顔を青ざめさせた。番の言う通り、オーフェントはナルヒェントを陥れようとしたようだ。それが失敗して顔色を失っている。
間抜けだと鼻で笑う。何故か両親が頭と腹を抑えていたが、報告は済んだからすぐに番の元へ戻った。
番の為に豪華絢爛な屋敷を建て、引っ越したその夜に肌を重ねた。
「ねぇ? あたくし、ナル様の為に、とても相応しい格好になりたいわァ」
ベッドでしなだれ掛かる番に、ナルヒェントは満足気に頷く。その願い通り、ナルヒェントは様々な物を屋敷へと送った。
両親や弟が口出してくるが、番の願いと言えば引き下がる。
甘美な日々を送っていたが、水を指したのはユヌの疑念だった。
「殿下。親しい者が番を見つけられる、素晴らしい運命を番に授けたと言っておりましたね?」
「うむ。もしや、何かあったのか?」
「逆です。何もありません」
「どういう意味だ?」
「番に会いに何人か訪れましたが、その後を調べた所、誰一人として番と出会っていないようです」
「有り得ぬ!」
否定と共に机を強く叩いた。王城の執務室で、強く叩いた所為でインクが僅かに零れる。
ユヌの疑念に追随するように、アグーニも疑問を口にした。
「そーいえば……あの番、最近すっげー不機嫌なんだよ。あたくしの金は何で増えないのって」
「金?」
「そう。なんか投資がどうのこうのって」
それについてはナルヒェントも知っている。知名度は低いが腕の良さそうな商人へ金銭援助をし、見返りを貰う予定らしい。
だが、その内の一人が模造品販売で牢屋行きのはずだ。
番の人を見る目はあまりないと、投資を止めるように指示しようと思っていたところだ。
そして、ナルヒェントもまた疑念を抱いていた。
番から漂う香りが、以前に比べて薄い。その所為か、年々と熱が冷めていくようだった。
おかしい。獣人にとっての番は、永遠に獣人を湧き上がらせるモノだ。気持ちが冷めるなどありえない。
疑問を持ったまま生活など、ナルヒェントには考えられない。その夜、ナルヒェントは番をベッドに押し倒して尋ねた。