13
「アンタはナルヒェントの力が気に入らないのか?」
「……はい。より良い未来を掴む為に必死に生きている人々を、嘲笑っている感覚がします。持ち主が兄上だから、余計にそう思いますね」
「アイツの性格上、自分の為にしか使わない気がするな」
「その通りで、兄上はもう既に使っています。自分の欲望の為…………尚且つ、貴女方を疑った理由でもあります」
唐突な話に繋がりが見えない。首を傾げるイオに対し、オーフェントは言いにくそうに目をさ迷わせて口ごもる。
そして、深呼吸をしてから一気に言葉にした。
「兄上は自分の番に同じ寿命と、傍にいる者が番を見つけられる運命を与えました。そして、この国で囲っています」
「…………は?」
思わず低い声が出たが、致し方ない。何せ、オーフェントの言葉に想定外の内容が混ざっているのだ。
力の付与は、まさにクリスタが陥っている現状だ。寿命に関しては初耳だが、本人は何かしら感じ取っているかもしれない。
大抵、龍人は長命だ。それと同じ寿命だとすれば、人のいる場所に長くいては不審がられるだろう。
ハンナにかけた最後の言葉は、このままどこかに去るという意味合いだったかもしれない。
それよりも問題は、番を匿っているという事実だ。クリスタは囲われるどころか放置されていた。話が合わない。
「番の事について詳しく」
「詳しくと言われましても……実は、僕どころか両親も会った事がありません」
「はぁ!?」
「わかる限りで、ご説明します」
軽く一礼をし、オーフェントは話を始める。
ナルヒェントが番を見つけたと両親に報告をしたのが、約二十年前。
すぐに連れてくるようにと両親は告げたが、ナルヒェントは拒否したという。国を総べる相手に恐れ多いと謙遜しているらしいが、特にオーフェントに会いにくいとほざいていた時点で怪しい。
オーフェントの二つ名を知る者からすれば、避ける事は何らかの嘘をついているという証だ。
その点を指摘したが、浮かれたナルヒェントは聞き入れない。その上で、固有魔法を番に対して使ったと豪語していた。
両親が取り繕う事なく唖然としており、ナルヒェントのやらかしに腹と頭をそれぞれ痛めていたようだ。
自分の所有する土地に豪勢な屋敷を立て、そこに番を住まわせる。番は贅沢が好きらしく、ナルヒェントは高価な物を買い与えていた。そこもまた、オーフェントの不信感を買う。
その生活が暫く続いていたが、ある日を境に高価な物の要求がなくなった。
ナルヒェントが番の良さを力説しなくなり、側近二人とコソコソと出かけるようになった。
それが凡そ一年前だという。
「…………番は見つけにくいものだろ? 子供が見つけてきたなら、親は普通は喜ぶはずでは?」
「通常ならそうですが……ちょうどその時、恥ずかしながらこの国で『番惑香』という代物が出回ってまして……」
「名前からして嫌な予感しかしないが、どういう物だ?」
「嗅覚から番だと誤認させる、獣人の国で危険薬物と指定されている香水です……」
オーフェントも察したらしく、口を閉じる。イオも同様で、何も言えない。
ナルヒェントが番を見つけた時期、隠れて外に出始めた時期。誰も見た事がない番と、止まった贅沢に番惑香。
最悪の想像しか頭を過ぎらない。重い空気に、ジャピタも分からないなりに俯いている。
クリスタも、簡単に想像できているはずだ。何も言わないままクリスタの表情を伺い、イオは釘付けになった。
口元に大きく弧を描いている。
「ふふっ」
耐えきれないとばかりに、笑い声が漏れた。次の瞬間、クリスタは大声で笑い始めた。
突然の奇行にオーフェントは驚き後ずさる。ジャピタも驚いたらしく、瞬く間に腕からよじ登って首に巻きついた。
震えるジャピタの肌を撫で、イオは冷静に笑い続けるクリスタを眺める。響く笑い声の意味を、理解している。
負の感情が渦巻き合い、抑えられる容量を超えてしまった。
だが、ぐちゃぐちゃに混ざった感情を表す方法が見つからず、狂気を含んだ笑い声を上げるしか出来ないのだ。
どこも映さない瞳がより一層哀れである。
「やっぱり! やっぱり! あの人、自分勝手! 嫌い! 嫌い! 私の人生! 返してよ! 許さない!」
高笑いの合間に、憎悪の言葉が混ざる。下手に刺激したくない為、ただ落ち着くまで眺めるだけだ。
その時はすぐに訪れた。
仰け反っていたクリスタが急に動きを止める。糸が切れた操り人形の様に物静かになり、逆に不気味である。
上体を俊敏に起こし、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
小さく悲鳴を上げるオーフェントを他所に、クリスタはイオの手を掴んで近づいてきた。ギリギリまで近づき、耳元で話しかけてくる。
親友同士が行うような内緒話の体で、クリスタが紡ぐ話は復讐方法とその対価かについてだ。
全てを伝え終えたクリスタがイオから離れる。足取りは軽やかで、どこか楽しそうで、壊れたと思わざるを得ない。
「ねぇ、今の、お願い、できる?」
「……復讐後も、対価でお釣りがでる程だから問題ない。だが……アンタは本当にそれでいいか?」
「はい! 邪神様、早く、取引、ふふっ」
虚ろに目を輝かせるクリスタ。意思は固いようだ。
邪神という単語で凝視してくるオーフェントの前で、イオは力を解放した。元の姿に戻ったイオに、クリスタは食いつくように叫んだ。
「お願い! ジャンス:ピール:カブター様!」
歌う様に復讐を願うクリスタがあまりにも不安定で、イオは取引成立だと微笑みその頭を撫でた。
獣人は嫌い
あの人はもっと嫌い
絶対に、許さない