12
龍人の国
緑色が一転、黄土色に変わる。
切り立った山の岩肌に、同じ材質の家がくっつき並ぶ。イオ達がいる場所が一番低く、店らしき建物が多い。
賑わう声は全て獣人であり、種類や人と獣の比率はまちまちだが楽しそうだ。
高さで階級が決まっているのか、高い位置になるほどに家が屋敷となり、豪華になって数が少ない。
最上部には立派な城が鎮座しており、その周りを龍人らしき影が幾つか飛んでいた。
珍しい光景に、思わず感嘆する。
「スゴーイ」
「そうだな。それよりも、クリスタ。ハンナへの言葉は」
真意を確かめるべく、クリスタに目を向けるイオ。だが、その姿に問いかけは続かなかった。
顔色が悪い。
背を丸め、胸を抑え必死に呼吸している。だが、聞こえる呼吸音はまともに息が吸えていないと示していた。
過呼吸。外出の抵抗感と獣人への恐怖が限界を超えてしまったようだ。
その可能性を考えつかなかった自分に舌打ちし、イオは収納魔法から椅子を取り出した。
クリスタを座らせ、その背をゆっくりと押す。
「ゆっくりでいい。息を吸って、しっかりと吐け」
「は…………い……………………」
「ジャピタは野次馬を静かにさせろ!」
「エェ!? ダイジョウブー。シズガー。オネガーイ」
往来で具合の悪い人が居れば、目に止まり何事かと近づく。それが滅多に見ない人間なら尚更だろう。そうして集まった獣人達は、クリスタの過呼吸を悪化させてしまう。
ジャピタの拙い指示に戸惑いながらも、周りのざわめきが静まっていく。好奇心よりも心配が勝ってくれたようだ。
暫くすれば、クリスタの呼吸が安定してくる。イオは安堵の息を吐いた。こちらがした事で死なれてはいい気分にはならない上、餌の食いっぱぐれが確定する。
デメリットが多すぎだ。
「イオー。ツヨイ、クル」
「……奴か?」
「チガウ。ニテル」
ジャピタの言葉を後押しするように、野次馬の後方が騒がしくなった。その声がどんどん近づいてきて、クリスタの身体が強ばる。
「安心しろ。アタシらが近くに居る」
「は、い……」
クリスタの背を撫で、近づいてくる人物へ睨みを効かせる。
野次馬を掻き分け、現れた龍人にクリスタが小さく悲鳴を上げる。
ジャピタの探知通り、ナルヒェントに似ている龍人だ。
まだ幼さが顔に残っているが、ナルヒェントよりも誠実そうな印象を受ける。目の色が金ではなく黄褐色な点も違う。
その後ろで鎧に身を包んだ騎士らしい龍人達が、野次馬達を丁寧に散らしていく。
全員移動させると、騎士達は後ろで整列した。それを見届けてから、龍人は冷酷な目でこちらを見下ろす。
「魚の獣人に、人間。それと見知らぬ生物ですか。貴女方は何者で、何処から入り、何が目的ですか?」
「答えるにしても、まずはソッチが名乗るべきじゃないか?」
質問をぶった切り逆に問いかければ、龍人は眉を顰めた。殺気立つ騎士達を制しつつ、訝しげにイオを見る。
その右眼に魔力が集まっており、目を介した魔法を展開しているようだ。見た目には変化がない為、他に気づいている人はいない。
偽証を見抜くか、心を覗くか、そういう類の魔法だろう。
「この国において、僕を知らない者はいません。嘘を付かないでいただけませんか?」
「嘘では無い。アタシらはナルヒェントについて調べに来たばかりで、アンタが身内だろうと考えている所だよ」
「兄上を……!?」
余程、魔法に自信があるらしい。イオ達の発言が真実という事に動揺し、口を滑らせた。
ナルヒェントの弟。つまり、二イロン帝国における第二以降の皇子になる。それならば、誰もが自分を認知していると思って当然だ。
クリスタの硬直が強くなった。それを落ち着かせながら、話の主導権を奪うべく言葉を続ける。
「率直に言おう。ナルヒェントが付きまとっている所為で、この子の周辺が憤慨している。それでもこの子は原因が知りたいと、怯えながらもここまで付いてきた。知っている事を話してもらおうか?」
「付きまとい? 兄上が? 有り得ない……」
「何故だ? ご自慢の魔法で、アタシは事実しか話していないと分かっているだろ?」
イオの指摘に、弟は咄嗟に手で右眼を隠した。だが、左半分からはありありと驚きを浮かばせる。後ろの騎士達も、主の魔法が見抜かれた事にざわめく。
やがて、弟は決心したようだ。緊張から喉を大きく鳴らし、唾を飲み込む。そのまま手を降ろし、軽く頭を下げた。
「……どうやら、貴女とは格が違うようです。不遜な態度、謝罪します」
「そう固くなるな。これ位、どうってことはない」
むしろ、頭の回転が速いと感心した。イオが格上だと判断し、即座に態度を改められる点もいい。
王族で自分の力を過信せず、きちんと非を受け入れ頭を下げられる人物など殆ど居ない。
王座につけば、さぞ名のある賢王になれるだろう。
声を上げる騎士を制止する弟を見ながら、イオはしみじみと考える。ナルヒェントと正反対だ。正直、皇太子の座を変えた方がいい。
最も、そう思うだけで現王に進言する気はない。行動する旨味が感じられないからだ。
ようやく騎士達の説得が終わるが、皇子の姿に通行人が見ていると気づいたようだ。辺りを見渡しながら、弟が小声で提案してくる。
「ここでは人目につきます。宜しければ、貴族用の個室があるレストランへ案内いたしますが」
「移動は賛成だが、個室は遠慮したい。出来れば、アンタの後ろの騎士達も下がって欲しい」
強ばらせて何も発しないクリスタの姿に、納得したのだろう。騎士達を仕事に戻らせて案内を初める。クリスタはイオが抱えあげた。
水魔法で補助して抱き上げた身体は、一般的な成人女性よりも軽い。この細身で、話に聞いた仕打ちよく耐えれたものだ。
道から外れて歩くと、すぐに人通りがなくなった。一応は整備されているが、ゴツゴツとした地面で建物が立たないようだ。
「申し遅れました。僕は第二皇子で、オーフェントと言います。洞察龍と名乗らせていただいています。今回は警備隊で仕事をしており、通報で駆けつけた先で貴女方にお会いしました」
「ドーサツ?」
「はい。王族クラスの龍人は皆、固有の魔法やスキルを持って産まれます。その力への畏怖と敬意から、いつしか二つ名で民に呼ばれるようになりました。その二つ名通り、僕は魔力を目に纏わせることで、相手の真偽を全て確かめられます。見た目の変化はなく、使用中だと気づかれた事はありませんでしたよ。今までは」
そう言って苦笑する。オーフェントの自信は、産まれ持った才能と積み重ねた実績から築かれていたようだ。
逆に言えば、邪神でなければ気づかれない。かなり強力な魔法だ。
ふと、クリスタがイオの手をギュッと握った。何事かと視線を移すと、青ざめ震えながらも声を出そうとしていた。
「あ…………あ、の………………………………」
「まだ怖いだろ? 無理にオーフェントに話しかけなくてもいい。アタシが間に入る。それで、何が聞きたい?」
「あ、あの人、『天運龍』と、言ってた……」
「そういえばそうだな。オーフェント、天運龍はどういう力を持っている?」
「……天運、つまりは運命です。生きている以上、何気ない選択が運命を大きく変えたり、偉業を成し遂げてもさほど変わりなかったりします。兄上の固有魔法は、その運命をある程度まで固定してしまうのです」
オーフェントは忌々しげに告げた。僅かだが顔を顰めており、ナルヒェントの力が気に入らないとはっきりわかる。