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戻って現代

 

「そっからはずっと、この村にいるんさ。お嬢様は気に入ってくれたよ。村人達と交流までは時間が掛かったけど、優しくしてもいなくなんないってわかったからね」

「壮絶だな……」

「そっさ! お嬢様は幸せになるべきなのに!」


 ハンナは叩き付けるように湯呑みを置いた。

 それだけで鬱憤が晴れる訳はなく、むしろ話す間に詳細を思い出して目を吊り上げている。



 その様子を眺めながら、イオは聞いた話を整理する。



 番を求める獣人、或いは番を夢見る人間にとって、クリスタは絶好の手段なようだ。魅力的なあまり、クリスタの心情を置き去りにしている。

 小さな男爵家という高くない地位が、向こうが欲を優先する後押しとなっている気がする。

 ある程度の理不尽は、貴族という枠組みの中に組み込まれている。しかしクリスタの場合、理不尽を飲み込める理性が出来るより先に、大きな理不尽が連続で襲いかかってきた。



 人生の大半を狂わされ続けているならば、獣人を毛嫌いして当たり前だ。



 湯呑みの縁で茶の温度を計る。熱さですぐに手を離し、ハンナへ続きを促した。


「八年前にこの村に来て、番騒動は落ち着いていたようだな」

「ああ。この村で余所者と言やぁ商人くらいだ。そこのやり取りはあたしがしてるから、お嬢様は村人しか関わんない。んで、村の外にはほとんど行かないから、番とか関係ないんさ」

「クリスタも村に引き篭っていた様子だな。なら、あの龍人達は?」


 尋ねると、ハンナの額に青スジが浮かんだ。余程、怒りを溜め込んでいるらしい。

 悔しそうにテーブルを叩き、歯を食いしばる。


「あんっのくそ野郎が……!」

「……かなり、腹に据えている様だが」

「当たり前だろ! 折角、お嬢様が普通の生活してたんに!」


 怒りのあまり、ハンナは拳を血管が浮き出る程に握りしめられている。落ち着かせながら、少しずつ話を進めさせた。


「何年か前から、お嬢様は暮らしの為に小物を作り始めたんだ。押し花と刺繍を入れた洒落た布でな? そこそこ売れてたんだよ」


 そう言い、一つの家具を指で示す。


 そちらを見れば、タスペトリーが木の壁を飾っている。数種類の押し花が使われ、それぞれを刺繍が繋ぎ合わせて調和が取れていた。温和な雰囲気を醸し出すタスペトリーである。

 作り手(クリスタ)の人生とは逆で、憧れが込められている様に見える。これなら、平民から伯爵家までなら家に飾っていても違和感はない。


「なかなかいいセンスだな」

「そりゃそうさ! お嬢様の作品だからね!」


 素直に感想を述べれば、ハンナは表情を一転させて満面の笑みとなった。だが、すぐに顔を曇らせてため息をつく。


「だけど、人気がありすきたんだろうねぇ。あのクソ馬鹿野郎の目に止まったとかで、突然来たと思ったらこう言ったんだ。『コレを作った者から我の番の気配がする! 現れよ! そして、二イロン帝国皇太子、ナルヒェントの番であることに感涙するがいい!』だと!もう、村人全員怒り狂ってたわ! それぞれ農具持って追い回したさぁ!」

「よく無事だったな?」


 最初から抱いていた疑問だ。獣人の頂点に立つ龍人相手に、訓練もしてないただの村民が太刀打ちできる訳が無い。

 村人が多かったとはいえ、差は数人だけだ。龍人一人が軽く力を出せば、誰か判別できない細切れの肉片になるだろう。


 龍人一人に対して、訓練を受けた兵士が万を超えていてやっと対等になるか否か。

 世界が違えど、大まかには変わりないはずだ。


 ハンナも質問を予想していたらしく、即座に返した。


「獣避けのお陰さ! 龍人は近寄れても、すっかり弱ってくれてな!」

「あー……一応は効いていたのか」

「そう! だから、あたしら一般人でも何とか追い払えてんだよ。ただ、しつこいのなんの!」


 再び怒りが着火し、今度は掌でテーブルをバンバンと叩く。この態度や言い方から、あの小競り合いは何度も行われているようだ。

 だからこそ、イオには疑念が浮かんだ。


「ナルヒェントは何時から、何度来ている?」

「そうだねぇ……かれこれ、一年は経ってるはずだよ。最初に来た時から獣避けを増やし始めて、農家の獣避けに商品化されたのがついこの前さ。あいつが来る頻度はもう、こっちが嫌になる位だよ! 酷い時なんざぁ、お天道様が出た時に帰らせたら次はお月様が出た時さ! 阿呆が!」


 痰でも吐き捨てる勢いでハンナは話す。

 少しの間だけでも、ナルヒェント達が自己中心的で諦めが悪いと理解した。あれを日に二回も相手にするのは、考えただけで疲れそうだ。

 しかし、イオはそこよりも時期に注目する。一年前からずっと小競り合いが続いているとなれば、奇妙だった。


「あいつ、いつも赤青の二人しか連れてきていないだろ」

「そうだけど……よく分かったねぇ」

「恐らく、というよりほぼ確定だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……どういう事だい?」


 感情のままに暴れていたハンナは、イオの言葉に真剣な眼差しに変えて見つめてきた。

 切り替えが早い。その点を褒める代わりに口笛を吹き、話を続けた。


「そのままの意味だよ。そうでなければ、アンタらと年単位で小競り合いするはずない」

「そりゃあ、獣避けが……」

「獣避けで弱っているから? 違うな。その程度、すぐに対策が取れるだろ」


 例えば、従者を増やす。これが一番単純である。村人もそう多くは無いのだから、従者に相手をさせれば簡単にクリスタの所まで行けるはずだ。

 獣避けが邪魔だというなら、金や権力で適当な人間に除去を命じればいい。

 村人を騙そうが強行しようが、獣避けさえなくなれば元の力が出せるのだ。邪魔立てする村人達は道の小石以下になる。



 そもそも、あれだけ番を欲している割には、誘拐という手段を用いない点もおかしい。



 獅子の獣人が誘拐した際にも、人間側は泣き寝入りに近い状態だった。なら、その上位に当たる龍人が同じ行為をしても、お咎めはないだろう。

 自分本位のナルヒェントなら、相手の気持ちを無視して真っ先にその方法を手に取るはずだ。にも関わらず、まだるっこしい交流という、穏便な方法を取っている。


 そう考えると、ナルヒェントは極力、騒ぎを小さくしたいように見えるのだ。


 誘拐や強行をすれば、ハンナ達は騒ぎ立てて権力者へ訴えるに違いない。

 それは国王の耳に入り、国同士の話になるだろう。それを避けたいように思える。

 イオの憶測に、ハンナは目を丸くした。だが、すぐに飲み込んで納得を首を縦に何度も振って示す。

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