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8.ハンナ視点

 

「ハンナ……私、生きてていいのかな……」

「何を言うんだい!? 生きるのに誰の許可もいらんよ!」

「でも、何も、出来ないの、やだ…………」


 泣きながら弱音を吐くクリスタの背を撫でた。もう何年も前から、クリスタのお願いで素の状態で接している。

 クリスタの中で、ハンナが一番信頼されているからだろう。



 その相手に、こういった自己否定の話をする事が多くなった。

 クリスタは限界だ。何かいい方法がないかと仕事の傍らで探していると、答えはすぐ近くにあった。



 クリスタの心情を考えて、ハンナは帰省を控えている。代わりに、手紙で家族と繋がっていた。

 二十五歳になったリックに、恋人ができたらしい。花屋で働いているという女性は草花に詳しく、村に生えている草の一種が珍しいと言うのだ。

 桃茶の畑に生える雑草だと思っていたソレは、特殊な臭いを放って獣を遠ざける効果があるようだ。

 



 言われてみれば、あの村で獣の被害にあったという話は聞かない。その草のお陰だろう。

 同時に、獣人が村を訪れたことも無いと思い出した。ならば、クリスタも安全に過ごせるのではないか。




 そう考えついたハンナは早速行動に移した。

 自他ともに認める辺鄙な村だが、少しでも快適に過ごしてもらいたい。手紙で相談すれば、良い策があると告げてくれた。

 村からほんの少しだけ離れた所に、村長所有の空いた土地がある。そこに一軒家を建てるというのだ。

 そこを、クリスタの避難地として過ごしてもらう。旦那経由で事情を知る村人達も快く引き受けてくれたらしい。

 想像以上に事が上手く進む。あとは、クリスタの説得だけだ。これも、そう難しくなかった。


「お嬢様。あたしの実家に行きませんか?」

「ハンナの、実家?」

「ええ! 獣避けの草が生えてるってんで、普通の獣も獣人も近寄らない村だ。なぁーんにもないとこだけど、ゆっくりできると思うんだよ」

「本当? 獣人がいない? それなら、凄く嬉しい……! ハンナの実家、私も行ってみたい……!」


 久しぶりに嬉しさを表に出すクリスタ。それだけで、ハンナは胸がいっぱいになった。

 かなりの急ピッチで進めたようで、家ができたと一ヶ月後に手紙が届いた。

 村人達もハンナ経由でクリスタを心配している。それを伝えると、クリスタはますます嬉しそうに笑った。


「お父様も、一緒に行けるかな……?」

「そうさねぇ……聞いてみようか、お嬢様」

「うん!」


 クリスタにとっては、久しぶりの旅行だ。肉親である男爵と行きたいと思って当然である。


 今回の話は、他の使用人経由で男爵の許可は得ている。

 最近、男爵は家にいることが多くなった。それでも昔からの習慣ゆえか、食事は一人でさっさと取って部屋に戻ってしまう。迷惑をかけている罪悪感で、クリスタからは誘いにくい状況だ。今回の件が話すきっかけとなれば、昔の様に仲のいい親子になる。

 ハンナはそう思い、クリスタも同じだったと思う。

 勇気を出し、男爵の執務室へ向かうクリスタ。物珍しい視線を隠しもしない使用人達を睨みつけながら、ハンナが後を追う。

 ふと、不躾な視線の中にも、なにか物言いたげな視線が混じっていた。首を傾げつつ、本当に伝えるべき事があるなら向こうから来るはずだとそのままにしておいた。






 この使用人達は皆、主の心配よりも自分の好奇心を優先したのだ。質の悪さが仇となった。






 クリスタの希望は、最悪な場面で出迎えられたのである。



「お、とう……さ…………」

「いけません!」


 呆然とするクリスタの目を塞ぐが、もう遅い。執務室から変な声がすると、心配したクリスタはノックも忘れて扉を開けた。






 まさか、執務室で男爵が若い娘とまぐわっているとは、予想できる訳が無い。







 両腕と尾を男爵に絡め、頭にピンと立った耳を生やす猫の獣人。クリスタの獣人嫌いを知っているはずの男爵は、猫の獣人を抱えたまま笑顔をクリスタに向けた。


「丁度良かった、クリスタ。そろそろ彼女を紹介したいと思っていたんだ」

「旦那様!? お嬢様が獣人にされてきた数々をお忘れですか!?」

「ハンナ。見方を変えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ。クリスタのお陰で、ペルに会えた。ペルは私が番だと言ってくれて、ペルがいる今を心から充実しているんだ。()()()()だよ、クリスタ」


 にへらにへらと笑う男爵。昔と違い、おぞましい笑顔だ。

 言葉の一つ一つがクリスタに突き刺さる。耳を塞ぎたいが手が足りない。

 ペルという猫の獣人は恍惚の表情で男爵にすがりついている。その頭を撫でながら、男爵は言い放った。




「クリスタ。ペルのお腹には、お前の()()()()()()んだ。()()()()()()()()()()()()

「いやぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!」




 クリスタの心情をわかった上で、最低な言葉がかけられる。クリスタの心は限界を迎えた。

 喉から悲鳴を迸るクリスタをその場から連れ、慰めながら自室へと戻った。






 いつの間にか、ハンナの知る男爵は消えていた。






 ようやく落ち着いたクリスタの表情は、無そのもの。


「…………もう、こんな所、いられない」

「お嬢様……」

「…………あんな、酷い、家族、いらない…………ハンナが、家族なら、よかったのに」


 それだけ呟き、黙々と荷造りを始めた。旅行ではなく、引越しの荷造りである。ハンナは何も言わずにそれを手伝う。



 娘に寄り添うよりも、獣人の番を選んだ男爵。

 それを咎めず、ハンナ達に何も言わず、ただ笑ってみていた使用人達。



 ここにいたら、いつまで経ってもクリスタに安らぐ日は来ない。



 三日後、クリスタとハンナは荷物を持って静かに屋敷を出た。



最後、父を失った

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