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7.ハンナ視点

ほぼ地の文

 

 それからまた、クリスタは部屋に閉じこもる様になった。


 ようやく出来た友人を、一瞬で失ったのだ。原因はまたもや獣人。繰り返された不幸は、立ち直りかけていた心をズタズタに引き裂くには充分過ぎた。


 それに加え、男爵も変わってしまった。

 妻の行方を知り、吹っ切れたのだろうか。頻繁に社交界に出ては、今回や前回を笑い話として話のタネにしている。男爵の自虐は目新しい噂だと、多くの貴族が食いついた。

 そこにクリスタへの配慮はない。これだけ話題の中心になれば、小さな茶会だろうと注目の的になる。

 公爵に睨まれた事もあり、クリスタを社交界に出す気はないようだ。




 しかし、噂はいつの間にか別の方向へ変わっていた。




 獣人の寿命は種族によって異なる。一番短くて、人間と同じ位だと言われる。それだけ長い時間を費やしても、番を見つけられずに死を迎える者が殆どだ。

 だが、十にも満たないクリスタの周りで、番が三人も見つかった。驚異的な確率だ。


『クリスタ・ベイン男爵令嬢と仲良くなると、獣人の番として見初められる』。

『クリスタ・ベイン男爵令嬢と仲良くなれば、自分の番を見つけられる』。


 そう言った類の噂が駆け回り、男爵家には多くの手紙が届くようになった。

 自国の貴族に留まらず、他国、果ては獣人の国王までもが、番を求めて筆を取ったのだ。


 クリスタにとっては、獣人は大切な人を次々と奪った種族だ。そいつらの為に動く気などサラサラない。


 手紙もお近付きになりたいのでやれ茶会だパーティーだ、やれ招待だのといったクリスタの意志を無視している。

 男爵に至っては良い機会だと参加させようとして、使用人全員が雷を落とした。同じ事をなぜ繰り返そうとするのか、ハンナは主人ということを忘れて殴る所だった。止めてくれた同僚には感謝しかない。


 男爵も交えてお断りの手紙を書くが、届く手紙は減らない。


 使用人の怒りが伝わったか、男爵も社交界で娘の話題を避けた。しかし、地位の差ではっきりと拒絶できない。

 伝手で手紙を預かったり、屋敷まで連れて来て直接会ったり。それでも、クリスタが心から心寄せなかった為、手応えを感じなかった相手が潮を引くようにすぐに消えた。




 それで諦めてくれれば良かったが、番への欲求はそう簡単ではないようだ。




 一年ほどの膠着状態に業を煮やした獣人は、事前の許可なしに屋敷まで訪れる様になった。

 自分の欲しか考えていない連中。それらが建物の外とはいえ、間近にいるのだ。クリスタには恐怖でしかない。

 ハンナを含む使用人一同にとって、獣人の地位云々は関係ない。大切なお嬢様(クリスタ)を傷つける敵だ。

 皆、武器を片手に獣人を追い払う。文句を言う者、権力で脅す者、いろいろといたが問答無用だ。


 これで何も無ければ、突撃してくる獣人も次第に減っていなくなっただろう。けれども、そう上手くはいかなかった。


 追い払うべく出てきた使用人が己の番だと、改めて求婚する獣人がいたのだ。

 最初は目を吊り上げていても、相手の為人を知れば絆されていく。そして、獣人を受け入れて屋敷から去っていく。

 それが一、二年に一度の頻度で起きた。噂に拍車をかけ、手紙も直撃も減らない。




 クリスタが決して表に出ない事も、様々な憶測を呼んで話題が尽きない。


 聞こえてくる噂に、ハンナは腹が立って仕方ない。誰の所為でクリスタは引きこもっていると思っているのだ。

 獣人が番だと言って連れていく使用人は、決まってクリスタが懐いている相手だ。

 申し訳なさそうに屋敷を出ていくが、獣人が大切な人を連れて行ったという事実は変わらない。

 心の傷が癒える暇などありはしない。

 減った分は新たに募集して人数は補えるが、そうやって入った使用人も番狙いだ。下心丸見えでクリスタに近づこうとして、古株に遠ざけられている。





 クリスタが十五歳になる頃、古株かつクリスタが心許せる使用人は、ハンナだけになっていた。





「侍女長はおじょーさまと仲良いのに、いつまで経っても迎えこないわよねー」

「でもでも、あの人怖いからしょうがないよー」


 人目を避けて無駄話を叩く新人に、真顔で近づく。気がついた二人がハンナの真顔に悲鳴を上げ、持ち場へ戻って行った。


 使用人の入れ替わりが激しい所為で、質が悪い。ここ最近はより顕著になっている。


 男爵は外面の繕いに必死、クリスタの心は癒える気がない。

 どうしようもなく、ハンナはため息をついた。

 新人達の疑問も最もだが、誰にも言っていないだけで理由は既に判明している。




 クリスタを守るべく、獣人について事細かく調べてある。番を求める本能というのは、獣人の血が濃くなければ出てこないらしい。


 獣人同士の子は勿論、獣人と他種族の子は番を求める。だが、獣人を片親に持つ子が他種族と結ばれると、その子供には番の本能は受け継がれない。

 どういう理屈かは知らないが、そういうものだそうだ。



 ただ稀にだが、何世代か後に番の本能だけが薄く出ることがあるようだ。

 思い出すのは、旦那のテッドに初めて出会った時。全身が痺れ、この人と結ばれたいと強く願った。幸いにもテッドも好意的で、順調に結ばれたものだ。

 それと、母親から聞いた昔話。母の曽祖父は鳥の獣人で、美しい羽根を持っていたという。


 ハンナに番の本能が若干あり、テッドが番で結ばれているから、クリスタの側にいても何も起きない。

 限りなく低い確率だが、現状からそう判断するしか無かった。



元は異世界恋愛中編にする予定だったからか、他の話より長めです

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