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6.ハンナ視点

 

 クリスタを見れば、恥ずかしそうにしながらも口角は上がっている。こくりと頷き小さく縦に首を振ると、令嬢が手を引いて別のテーブルへ移動した。オススメの菓子があるらしい。

 その後ろを歩く令息は、微笑ましい様子で先を行った二人を眺めている。


 クリスタに友人が出来た。その事実に涙腺が緩み、今にも涙が零れそうだ。

 必死で留めながら、ハンナもクリスタの後を追う。



 綺麗で美味しい茶菓子、甘い飲み物、公爵家兄妹の優しさ。



 少しずつ、クリスタに笑顔が戻り始めた。

 その度に、公爵子息は顔を赤らめてそっぽを向き、公爵令嬢は嬉しそうにはしゃぐ。

 その光景に、一度は止めたはずの涙が溢れ出てきた。

 周りの人々は驚いていたが、クリスタと公爵家兄妹のやり取りを見て納得する。それ程、ベイン男爵令嬢が不憫だと知っている貴族が多いということだ。


 それから、ベイン男爵の方へ訝しげな視線を向ける。当の本人は友人と言い張る男爵、子爵と談笑していた。

 娘を放置する父親。貴族達はそう認識し、また噂話として社交界を駆け巡るだろう。

 庇う気にはなれなかった。






「ハンナ、あの、ね。お手紙、書きあいましょうて」

「素晴らしいですね、お嬢様」

「うん!」


 パーティーが終わり、帰路の馬車でクリスタは嬉しそうにはにかんだ。話が弾み、二人と文通を始める旨になったようだ。

 昔の様な明るさが戻りつつある。クリスタの笑顔に、ハンナも破顔する。


 このまま立ち直れば、社交界に出ても恥じない令嬢となるだろう。そうすれば、公爵家兄妹をきっかけに様々な人々と知り合える。

 それに、公爵子息はクリスタに気があるように見えた。地位の差はあるが、もしかしたらという希望は持てる。

 クリスタの明るい未来を思い描き、ハンナは心暖かくなる。





 しかし、それはまた崩れた。





 パーティーから数ヶ月が経つ。未だに、どちらからも手紙は届いていない。

 毎朝、郵便の仕分けをする使用人まで期待した様子で駆けつけては、手紙がないと落ち込んで部屋に戻るクリスタ。

 貴族社会では、地位が高い方が何事においても優先される。だから、公爵家の二人から先に手紙が送ると約束したらしい。


 それでも手紙は来ない。初めての交流で心待ちにしていた分、反動の不安が大きかった。


 ハンナはなるべくクリスタの傍にいたが、男爵からの言いつけや使用人同士の用事などで離れる時もある。

 その時に入ったばかりの使用人が、クリスタを焚き付けた。

 貴族社会についてまだ知らない少女は、クリスタから手紙を送ればいいと簡単に言いのけた。不安な毎日を過ごしていたクリスタには、妙案に思えたのだろう。




 ハンナや男爵、他の使用人がその事実を知ったのは、それから四日後だった。




 べスタリー公爵本人から手紙が来たのだ。それも、怒りで書き殴った文章がつらつらと連なっている。

 そこには、手紙が来なかった理由も記されていた。




 二人はクリスタへ送るレターセットを探しに街に出て、専門店に入った所で獣人に見初められたという。


 子息を運命の番だという相手は、同い歳の馬の獣人。大きな瞳が特徴の愛らしい顔立ちで、柔らかそうな耳と尻尾を持った馬の国の伯爵令嬢。

 令嬢を運命の番だという相手は、やはり同い歳の羊の獣人。垂れ目がちで温和な雰囲気を醸し出し、角とふわふわとした髪質を持った羊の国の侯爵子息。


 種族は違うが、数世代前に人間を挟んだ親戚だという。受け持ちの事業でこの店に品質のいい紙を卸しており、たまたま旅行感覚で来ていたようだ。

 自国よりも地位のある獣人、それも二国同時に繋がりができ、公爵は諸手を挙げて準備中だという。


 息子の嫁を迎える準備と、娘の嫁入りの準備。その最中にクリスタの手紙が届いた。よりにもよって、伯爵令嬢が邸を訪れている時だ。


 侯爵令嬢は送り主の名を見た瞬間、顔色を悪くしてその場に倒れ込んでしまったらしい。それが公爵を激怒させている最もな原因のようだ。



 番を()()()()()獅子の獣人を怒らせ、その傷が未だに残っている怖いもの知らず。

 雑食や草食の獣人間では、そう噂されているようだ。



 草食の獣人は本能で、肉食の獣人を恐れている。馬と羊、公爵家の相手方にとってクリスタは不要だ。

 だからこそ、手紙には二度と接触してくるなと何度も記載されている。

 その時点でクリスタは怯えていたが、公爵は更に衝撃の事実を記していた。




『息子も娘も、御相手様を大切にしている。もっと友人に相応しい奴など何処にでもいる。わざわざお前なんぞに構わなくても問題ない』

『獣人様に選ばれるとは光栄な事なんだ。お前の母親とて、子宝に恵まれて幸せに暮らしているらしいからな。くれぐれも、母親の時のような邪魔をするなよ!』




 知らなかった奥方のその後。公爵の情報網と相手の獣人情報から得たのだろう。

 奥方は幸せに暮らしている。残された家族が、どのような思いで過ごしているか知らないに違いない。

 知っていて何もしていないとしたら最悪だ。

 クリスタもその想像ができてしまったらしく、つぶらな瞳からぼろぼろと大粒の涙を零していく。手紙を握りしめるクリスタの涙を、ハンナが代わりにハンカチで拭った。


二人目三人目、友人を失った

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