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村は本当にすぐそこだった。
高い草木に囲まれた道を進んで一分足らずである。畑が広がり、子供達が駆け回って遊ぶ。簡素な村だ。
ハンナは村長家の者らしい。周りよりも少し大きな家に迷いなく入る。
「戻ったよ!」
「ハンナ! 無事か!?」
「無事じゃなきゃあこんな声出さんだろ!」
挨拶来た途端、中にいた同じ歳くらいの男性がハンナに涙目で抱きついた。その奥のテーブルには、男女二人が座っている。
男女二人のはずだ。
男性は旦那らしい人に似た、優しそうな人だ。
その対面に二メートルを優に越していそうな、強面の女性がいた。鍛え上げられた筋肉はどこもかしこも盛り上がり、肉体美をさらけ出している。
気配は人間だが、見た目のインパクトに一瞬、立ち止まってしまった。ジャピタに至っては、喉の奥からか細い声を漏らしている。
その三人が、イオ達を見て顔を顰めた。女性が立ち上がり、拳の骨を鳴らしながら近づいてくる。それをハンナが止めてくれた。
「タッド、リック、ベアルさん。この人達は獣人だけど客人だ。悪いんだけど、秘密の話があるから少し席を外してくれないかい?」
「駄目だよハンナ! 危ないよ!」
「そうだよ母さん! 何をされるか……!」
男性陣が止める。
実際、ここに来るまでに出会った村人は皆、怪訝な顔で遠巻きに見ていた。村全体で獣人を警戒しているようだ。
だが、ベアルと呼ばれた女性は違った。じっとハンナの顔を見た後、男性陣の片手で首根っこを掴み二人を持ち上げた。
「お義母さん、本気。自分達、言う事、聞く。正しい」
「すまないねぇ、ベアルさん」
「ご武運を」
そう言うと、暴れる男性陣を掴んだまま、一歩一歩を踏みしめて出ていった。武人の様な女性だ。
見た目に反して声域の高さに驚いたが、成人男性を片手で持ち上げられる筋力も凄まじい。
「…………ツヨイ、コワイ……」
「ベアルさんかい? 怖くないよ。心優しい花屋の店員さんでね、一人息子のリックが一目惚れして口説いたんだよ」
「花屋? あの筋肉量で花屋?」
「そっさぁ。一緒にいたのがあたしの旦那、村長のタッドだよ。村の方で何かあったらいかんから、三人は留守番なんさ、さ、適当に腰掛けてくれ」
そう言い、奥の料理場へハンナは行ってしまう。言葉に甘えて椅子に座って暫くすると、湯気の立つ湯呑みを三つ乗せたトレーを運んで戻ってきた。
湯呑みをイオ達の前に丁寧に置いた。ほんのりとピンク色のお茶からは、確かに桃の香りをしている。向かいの席に座ったハンナが、改めて口を開いた。
「待たせたね。それで、あんた達の用件ってのは何だい?」
「復讐だよ」
「イオ!?」
ジャピタが驚きの声を上げる。ハンナは目を見開き、驚きを隠していない。その裏に、悲しみよりも喜びが見えている。
誰も発しない中で、イオは続ける。
「家の中から強い復讐心を感じ、それを求めてここへ来た。そしたら、龍人と修羅場中だったから、邪魔者には帰ってもらったよ。アタシらの目的は、復讐を手助けする見返りに負の感情をもらう事だ」
「復讐の……手助け…………」
「リックとやらが一人息子ってことは、あの女性は実子ではないだろ? でも、保護者替わりという立場だけで命かけられるか? そう考えた結果、都合のいい可能性が出てきた」
「……なんだってんだい」
「アンタ自身も憎しみを持つ程に、獣人から理不尽な事をされた。だから、アンタは自分の村であの女性を匿って守ってる。違うか?」
イオの問いに、ハンナは目を瞑る。乾いた口を潤すべく、熱い茶を少し啜り、吐息をついた。
「よくわかったね。大体がそんな感じだよ。最も……アンタみたいなのを引き寄せるくらい、お嬢様の怨みが強いって事は、慰めきれなかったんかねぇ?」
「そう簡単に、感情の整理は出来ないものだ。お嬢様というのは、あの家の女性か?」
「そうだよ。クリスタ・ベイン様。この領地を治める、男爵家の一人娘さ。本当なら……こんな片隅の田舎で隠れ住むことなんざぁないのに……!」
高ぶった感情で、ハンナは机を強く叩いた。湯呑みが音を立てたが、倒れるまではいかない。
顔を覆い嘆くハンナ。イオは肩を撫でて落ち着かせる。
「貴族令嬢とはな……一体、何があった?」
「…………クリスタお嬢様が産まれるって事で、あたしは臨時の侍女として男爵家に勤めたんだ」
冷静さを取り戻し、ポツリとハンナは話を始める。イオは椅子に座り直し、傾聴の姿勢に変えた。
次回、過去編