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男性の方、注意
イオとジャピタがいた所は、修羅場から少し離れているが丁度中間の位置。
そこから移動し、気風の良さそうな中年女性の隣に立つ。
「アタシの用はこっちみたいでな。早く済ませたいから、アンタらは帰ってくれないか?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!? 我に逆らう気か無礼者!」
「喘ぎ声みたいな声出すなよ。笑い声と言い、独特だな」
「ブフッ!」
思った事を口にすれば、隣の女性がまたもや吹き出した。
ナルヒェントはといえば、見てわかるほどに青筋を浮かべている。地位と傲慢さから、煽られ慣れていないようだ。
怒りに震えるナルヒェントを、従者が宥める。それを眺めつつ、イオは水球で自身を包んだ。
驚きの視線を受け流し、邪神の力を解放して左脛の鎖を引き抜く。勢いよく鞭を取り出し、また力を隠し水球を解除した。
傍から見れば、水球に包まれた人魚が鞭を取り出した。そういう状況だ。
わざわざ武器を使わなくても、水魔法で三人を吹き飛ばす方が簡単ではある。
だが、ナルヒェント達は生半端な攻撃では諦めないだろう。
おまけに、王族らしい。下手に大怪我を負わせて、因縁をかけられると面倒だ。
故に、精神攻撃をすることにした。
「もう一度言う、さっさと帰れ」
「この、魚風情が!」
煽りに負けたナルヒェントが、剣を抜いて駆け寄ってきた。村人が周りで悲鳴を上げる。イオは肩を竦めた後、地面に向けて鞭を叩きつけた。
しなる鞭が地面を叩き鳴らす。次の瞬間、イオの狙った位置に、土の柱が勢いよく伸びて行った。
ナルヒェントの足元、両足の間に生えた土の柱は、ナルヒェントの股間にめり込んだ。
ゴンッと鈍い音が、股間から辺りに響いた。敵味方問わず、男の息を飲む声が悲しく聞こえる。
柱が消えた途端、その場に倒れ込んで悶えるナルヒェント。股間を抑えてのたうち回る様は、あまりにも滑稽だ。
その内、暴れる元気もなくなったか、腰だけ上げた状態で痙攣している。隣の女性は大爆笑だ。
「で、殿下ぁぁぁ!?」
「おま、お前ぇ! なんって非道な事をするんだ!?」
我に返った従者がナルヒェントに駆け寄る。青い方が励まし、赤い方が抗議。
本当に手際がいいと、呆れつつ言葉を修正した。
「非道? むしろ、温情をかけたつもりだがな?」
「どういう事だ!?」
「円錐ではなく、円柱にしてやっただろ?」
円錐と円柱は、先が尖っているか否かで変わる。
ここでいう先というのは、地面から突き出す部分になる。
つまりは、股間に突き刺さるかめり込むかの違いとなる。
想像した従者達は硬直し、一斉に冷や汗を滴り始めた。
「それよりも、早く医者に診せたらどうだ? 貫通よりはマシだが、打撃も最悪の事態になりかねないだろ」
「最悪の事態……?」
「生殖機能の喪失」
「ヒィッ」
淡々と告げれば、限界を迎えた赤い方が股間を押さえて縮み上がる。青い方がナルヒェントを抱えながら叱責し、立ち上がると共にその場から急いで去った。
背中から翼を出し、家と真反対へ飛び去る従者達。独特な翼は、やはり龍人であると確信させた。
「鬼、鬼がおる……!」
「頼もしい味方じゃが……恐ろしや…………」
背後から震え上がった声がする。
顔だけ振り向けば、股間を押さえて内股の男数人。拝んでいる男数人。皆、青ざめている。
村人側は隣の女性以外が男だった為、ナルヒェントの痛みを想像出来てしまったようだ。
「こらぁ! 有難い味方になんて言い草なんだい!? すまないねぇ、不甲斐ない男連中で」
「いや、大丈夫だ」
「そうかい?」
気の置ける優しい笑顔を浮かべていた女性だが、本題に入ると真剣な表情に変わった。
「それで……あんた達は、あの子に何の用事があるんだい?」
「あまり大っぴらにしたくない内容だから、本人以外には言う気はない」
「そいつぁ無理な相談さ。何せ、あの子は獣人に人生狂わされてんだ。下手に獣人を合わせる訳にはいかないんだよ」
女性は忌々しく吐き捨てる。呼び方と言い、住人と仲がいいようだ。
それだけではない。重要な情報がさらりと口から出た。人生が狂う程なら、獣人を強く憎んでいると考えられる。
だとすれば、復讐者の対象は獣人全体の可能性が高い。
しかし、動くにしても情報が無さすぎる。本人から聞けないなら、目の前の人物から聞けばいい。
イオは方針を決め、女性に話しかける。
「なら、その理由をアンタが教えてくれないか? さっきの龍人達といい、事情を知らない事には動きが制限されてな?」
「…………本っ当に、あの子の事を知らないんか? 獣人達の間では知らない奴ぁいないって言うけど」
「ココ、キタ、サッキ!」
「あんた、番についてはどう思ってんだい?」
「興味無い。というより、恋愛そのものに興味無い」
「……ちょいと考えさせてくれ」
言うや否や、女性は考え込む。余程、大切な存在らしい。
家の中の存在と、番が何かしら関係あるようだ。イオの世界では番はなかった為に、恋焦がれる気持ちは分からない。
そもそも、邪神の眷属となったからか、自分を対象とした恋愛というものを想像できない。
育ちの環境も、幸せな家庭などを考えられない一因だろう。
恋愛感情自体は好ましいとは思っている。金と愛、その二つが復讐心を持つ要因であることが多いからだ。
女性の子供か、親族か。そう考えて家の方を見れば、カーテンが少し開いていた。
その隙間から、こちらを見る一人の女性。視線に気づいた瞬間、すぐにカーテンを閉められた。
パッと見て、二十代位の若い女性だ。本当に一瞬で、大きな眼鏡と長い髪しか認識できなかった。顔に傷跡らしきものがあった気がするが、それも曖昧である。
閉じたカーテンを眺めていると、女性が今後を決めたらしく声がかかった。
「あたしはあの子の保護者代わりだ。できれば穏便に済ませたいものだ。けど、あんたが本気出したら、束になってもあたし達は敵わない。あの子の事情を話してもいいが、あんたの要件を先に教えてくれんか? 誰にも話さないからさ」
はっきりと言う女性の瞳は、真剣そのものだ。
絶対的な力の前で、せめて最良の結果をと求めて足掻く。そういう人物はわりと好ましい分類に値する。
「それでいいよ。アタシはイオ、こっちはジャピタだ」
「有難いねぇ。イオさん、ジャピタさん。あたしはハンナ。すぐそこの村に住んでんだ。そこで茶でも入れようかね。桃茶っていう、桃の色と風味の名物茶があるんだよ」
暗に、ここでは話せないと言っている。長いのか、重いのか。恐らく両方だろう。
先を行くハンナの後を、イオとジャピタは追った。
円錐だったらよりアウト