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大元の答え合わせ
『ハッピーキャッスル』。イルティパークの中央に存在する、名前の通り城だ。
他のアトラクションよりは大きいが、城として考えるには小さく張りぼてのようなものだ。
門は全開、中に入ってステンドグラスの煌めきを、二階で望遠鏡から遠くの景色を眺める施設である。
一見、サーカスと関わりがないとアトラクションだが、このパークが国王が余興でサーカス団を呼んだという設定らしい。
実際、ロクーラにとって大きな分岐点となった出来事だ。わざわざ合わせたようだ。
その辺はさておき、イオとジャピタは城の中へと入る。他の客が何組かいて、スタッフも忙しなく動く。この状態から、どう合流すればいいだろうか。
総支配人のやけに耳に残る笑い声を思い出していると、ピエロスタッフの一人が揉み手で近づいてきた。
「総支配人の観客様ですね?」
「観客……まぁ、用事はあるな。何か聞いているか?」
「はい! 動く椅子に座られた淑女とサポートされる紳士の二人が現れたら、案内するように仰せつかっています!」
こちらへとピエロスタッフに誘導され、その方向へと移動する。珍しい組み合わせだから、ピエロスタッフも確信を持って話しかけてくれたのだろう。
人気がない通路へ入り、一つの部屋へと案内された。小さな部屋の中央に、脚の長いテーブルがあるだけだ。
「テーブルの上に集めた物を置いてほしい、との言付けです。では、自分はこれにて失礼します!」
「助かったよ」
「アリガトー」
案内後はすぐに持ち場に戻るよう、指示を出していたようだ。
ピエロスタッフは一礼した後、来た道をスタスタと戻っていく。その背が見えなくなってから、イオは扉を閉めて変装を解いた。
同じ様に解除したジャピタの外見を収納し、代わりに三枚の紙と一冊の本を取り出す。それをテーブルに置くと同時に、再び転位魔法が発動された。
そして、視界に広がる光景に思わず声が出た。
「おおう……」
「ウワーオ」
「お待ちしておりましたわ、邪神様方!」
先程会った時と同じ、むしろそれ以上に機嫌のいいロクーラの声が響く。
それが景色と合っておらず、より狂気さを表していた。
広い室内に、大樹がそびえ立っている。
白い樹皮に赤黒い血管が網状に広がり、脈打つように一定の音を鳴らし続けている。
根元に大きな瘤があり、歪につけられた二つの目が別々に視線をさ迷わせていた。
無数に伸びた枝は葉をつけず、壁や床へ放射状に伸び引っ付いていた。枝先から根を張っているとも見える。
その間に、果実代わりの物がいくつも垂れ下がっていた。
逆さまで固定され、手足は体に癒着して動かせない。
全身を樹皮同様に血管の糸で彩られた、苦悶の表情と小さな呻き声を上げる人間だ。
その数は数十個。カイロスサーカスの団員数と一致する。どうやら、これが魔力を生み出す動力源らしい。
「思っていたよりも趣味がいいな……」
予想以上に邪悪な物だった。イオの動揺を感じたらしく、ロクーラは小さく笑う。
「素敵でしょう? 捕らえた獲物に栄養を与え、外内の傷も癒やしてくれますのよ。代わりに神経に苦痛を与えて、悶える様を魔力として抽出しますの」
クスクスと愉しそうに微笑む。イルティを冤罪で追い出した人々が、イルティの夢の為に苦しんでいる。
ふと、不可解な点に気がついた。
悪魔は召喚者の指示に従うが、ここまで大がかりな事まで大人しく協力しないだろう。
あまりにも、ロクーラの思い通りに事が進んでいる気がする。
その理由を考え、とある可能性にたどり着いた。普通は有り得ないが、イルティの為にと狂ったロクーラならしても可笑しくない。
このパークは百周年を迎えたというが、どう見てもロクーラは三十を超えていない。それが余計、その可能性を示唆していた。
「ロクーラ、アンタ……悪魔をその身に宿したか?」
「そうですわ。悪魔の力、全てもらいましたの」
あっさりと暴露された内容に驚愕するしかなく、イオもジャピタも開いた口が塞がらない。
力の受け渡しというのは、そう簡単には行われない。
ジャピタがイオに行ったように、眷属や下僕を作る際に行うが、力の一部だけだ。
全ての力を与えたとなれば、経緯はどうであれ、それは後継者への継承となる。
つまり、人の身に力を得て、ロクーラは悪魔と化したのだ。
「最初はイルティに会いたい、それだけでしたの」
ロクーラは過去を思い出し、しみじみと語り出す。そこに、先程までの笑顔は消えていた。
「国に来たサーカス団を城に呼んだのに、イルティを追い出したなんて。すぐにイルティの行方を探ったけど、遅すぎましたわ」
「『亡骸情報』だな」
「そうですわ。私、信じられなくて、共同墓地の責任者に会いに来ましたわ。そこで、墓に入れられない遺品を見せていただいて、ボロボロになったイルティの付け鼻を見つけましたの。イルティはいない。そう思うと、復讐心と夢の継続の二つが折り重なっていましたわ」
スイッチを切ったように、一瞬で生気が消え失せた。それほど、イルティへの想いが強すぎる。
「国外追放なんて生温い。それ以上に、イルティの夢の実現が進まなくて。鬱々と日々を過ごす私の前に、その本は現れましたわ。その本を読んで、やっと理解しましたの。イルティの夢を叶える為には、この力が必要だと」
「それで、力を奪ったと」
「アクマ、フツー、シナイ」
「直球では言いませんわよ。一つ目の願いとして、条件をつけましたの。『私の願いが叶えられないとした時、貴方の力を全て私に渡しなさい』。不思議な顔をしていましたが、プライドを擽ったらすぐに約束してくれましたの。そして二つ目。『今すぐ、世界中の人々を、心の底から笑顔にして!』」
「「ムリ!」」
イオとジャピタの否定が重なった。
人の深い情は、時に人外の想像を凌駕する